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社史編纂室

 うちの会社は日本人なら誰でも知っているくらいの大企業だ。


 そのせいか、一定数"絶望的に仕事ができない人"がいる。なんせ全世界で社員数ウン十万人もいるので、例え厳しい入社試験を課したとしてもある程度はそういう人も入社してしまうし、入社後にさまざまな事情で"ダメ"になってしまう人もいる。

 そういう人はどうなるかといえば、別部署に異動したり休職したり退職したりと様々だが、異動先の部署に一つ不思議な部署がある。

 社史編纂室。

 知ったときはそういうのって本当にあるんだなと思った。小難しい漢字が使われているが、要はやることがなく、一日中座っているしかない部署だ。あまりにもやることがないため自主退職していく魔の部署…………だと思っていた。

 しかし不思議なことに、社史編纂室に行ったあと、数ヶ月したらバリバリとやる気が溢れ、自信に満ち、前よりもはるかに行動力や判断力に優れ、"デキる人"になる。そうなったら社史編纂室から適当な部署に異動し、そこの主力となるのだ。

 通常の社員からは、いったいあそこでなにが起こっているのかと不思議がられているが、社史編纂室の社員は、現役だろうが元だろうが曖昧に笑うだけで教えてくれない。

 社に謎は多くあれど、あの部屋が一番の謎だった。


「なあ教えてくれよ、あの部屋に何があるんだ?」

「ん~……」

 最近仲良くなった同期に絡む。この同期はどうやってうちの会社に入社できたのかわからないほどオドオドとしていて失敗も多く、あっという間に社史編纂室行きになったが、数ヶ月後にはやはりなんでもできる素晴らしい社員となり、俺の部署に異動してきた。

「お前だけじゃなくてみ~んな変わっちゃうなんて気になるだろ」

「まあ、そうだろうけど……」

 しょうがないな、と同期は口を開く。

「お前には入社したときいろいろ気にかけてもらったし、教えるけど……」

「よしきた」

「あのさ……像があるんだよ」

「像?」

 社史編纂室のテーブルの上に、一つの像がある。それは夫婦が子どもに本の読み聞かせをしているという、幸せそうな陶器の像だ。

「その像をさ……拝むんだ」

「は?」

「毎日掃除して、毎朝拝めって言われるんだよ。上から絶対やれって言われるんだ。最初の頃なんてちゃんとやってるか毎日チェックされた」

「……?」

「するとさ、なんでかどんどん頭はスッキリするしなぜか自信がついてくるし、口も回るようになってくるんだ。そしてしばらくしたら、上から急にそろそろ大丈夫そうだから異動なって言われて……」

「おい、なんだそれ。なんなんだよその像」

「さあ、一切教えられないし聞いちゃいけない空気がして……変だとは思うけど俺もいつまでもできないやつって嫌だからさ……」

 からかってるのか? と思うが真面目な同期がそんな無茶なからかいかたをするとは思えない。

「気になるなら見てみろよ。あるからさ」

 同期とともに社史編纂室をこっそりと訪れる。今は誰もいないそこの中央部のテーブルには、たしかに像が設置されていた。

「由来とか調べたけど全くわからないんだ。オカルト的な何かだと思うけどさ……」

「大企業がオカルトかよ。いやなんか……効果はすごいけど……」

 部屋をあとにして、同期とともに廊下を歩く。

「さっきのアレ、やっぱ秘密にしたほうがいいのかな。いやでも頭が良くなるなら俺ちょっと興味あるかも」

「ダメだと思う。本当は誰にも言うなって言われてるんだよ。あそこの部署のやつじゃないとダメだって」

「へえーなんでだろうな」

「他の部署の人は、忘れちゃうからね」

 へ、となって、足を止める。なんだろう、頭が少しくらりとしたような。

 …………。

「……なんで俺ここにいるんだっけ?」

「……自販機でジュース買うんじゃなかったのか」

「ああそうだった」

 当初の目的通り自販機に硬貨を投入する俺を、同期はずいぶんと微妙そうな顔をしていた。



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