この世にないもの
ここは図書館だ。
図書館といってもお化けが運営している図書館だ。"この世にないもの"だけが収蔵されている。それはかつてこの世に存在したが様々な理由で消失したり、あるいは未来に作られるけどまだ作られていないものだったり。逆にこの世に存在しているものは収蔵されていないので、普通に本屋で売られているような図鑑や小説はここにはない。
「どうやってこんなものを集めたの?」
『ちょっと心臓頭に縁があってね……知ってるかい? 心臓頭。天から降りてきて、奇っ怪なものを作ってはばらまいている厄介な男だ。そいつから、失敗作を譲ってもらったんだ』
「失敗作?」
『"縁"や"可能性"を弄るアイテムを作ろうとしたらしいが、思った通りには作れなかったらしい。それでその失敗作を譲ってもらって、自分なりに改造を施して作ったのがこの図書館さ』
布の塊がふよふよと浮いているという見た目のお化け、ここの館長はそう語った。周囲には衛星のように独立した手が回っていて、館長の意の通りに動いている。
『失われたもの、あるいは未来に生まれるものだけを集めた図書館なんて、神秘的でいいだろう?』
「うん、なんだか素敵」
『そう言ってもらえると嬉しいねえ、ニンゲンのお嬢さん。実は僕は……』
図書館には他にも何人かお化けや妖精さんが本を読んでいる。
『ああ! 館長、館長! ここは本当に素晴らしいところだわ! 亡き母が遺したレシピノート……火事で焼失していたのに、また読めるようになるなんて!』
妖精さんがかけよって、涙を流しながらお礼を言っていた。
「へえ、そんな個人的なものもここに来るんだ」
『ああ、ここは元々本棚に入れてるものの他にも、望めばそういったものも引き寄せて閲覧できるんだ。貸し出しは不可だけどね。それでも予約は一年待ちだよ。
……おっと、そろそろ用事があるんだ。案内はできないが、ゆっくりしてくれよニンゲンのお嬢さん』
「ありがとう」
お礼を言って、館内をうろつく。さてどうしようか。どうやら漫画もあるようだが、絶版になった漫画とかもあったりするんだろうか。
『お、ニンゲンだ』
『ニンゲンだニンゲンだ』
何人かお化けや妖精さんが近づいてくる。お化けが運営する施設に人間がいるのは珍しいから目立つのだろう。
『ニンゲン、新入り、知ってるか? ここの図書館には秘密があるのさ』
「秘密?」
『館長しか入れない、秘密の部屋があるのさ』
「へえ、どんな部屋なんだろう」
『館長はその秘密の部屋に置いてある本を読みたいがばかりに、心臓頭と取引をして、対価として自分の体を差し出して"お化け"になってまで、縁を弄くるアイテムを貰ったそうだ。心臓頭は失敗作をばらまくのは嫌うからなあ。よく交渉できたな』
「そこまでして読みたい本……いや、秘密にするくらいなら、独占したい本ってなんだろう」
『気になるのは俺たちさ! 好奇心がうずうずする!
どうも館長は元々ニンゲンらしいんだよ。なあ、あんたニンゲンなら館長が独占したい本がどんな本か想像できないか?』
今日の業務を終えて、図書館を閉める。閉まったあとに行くのは"秘密の部屋"だ。それだけで気分が高揚する。あの部屋に行くだけで、優越感が泉のごとく湧いてくる。あの部屋に収められているものが読めるなら、人の体を捨てたって良かった。後悔は一切していないし、毎日楽しく暮らしている。
『さて、今日は……』
その部屋には無数の本、特に漫画が収められている。いずれも人間だったときに読んだことがある本と同じシリーズのものだ。
『これにするか』
そう呟いて、HUNTER×HUNTERの最終巻を手に取った。




