蜜搾りの妖精さん
妖精さんがお勉強会を開くらしい。
『桜が咲いたら、桜の木の根本でお勉強会を開くの』
「それは素敵だね」
私には霊感がある。だから妖精さんやお化けやよくわからないものともおしゃべりができる。だからこうやってたまに妖精さんとお茶会をしているのだ。
引っ越してきたばかりのアパートのベランダは、どうやら蜜を運ぶ妖精さんの休憩所になっていたようだ。蜜を運ぶ妖精さんはデフォルメされた蜂のような姿をしていて、日がのぼっている間は主に銅のバケツで食糧となる蜜を採取して運んでいるようだ。蜜は食糧と同時に国に納めてお金にもなるらしく、どちらにせよ大切な生命線だ。
『今日は助かったわ。急に雨が降るんだもの。雨が降った日は大変なの』
「ずぶ濡れになっちゃうところだったね」
雨宿りのためにベランダに避難していた妖精さんを中に入れて、クッキーとお茶を出してあげた。妖精さんは手のひらサイズなのでクッキー一枚でも大喜びしてくれた。
『お勉強会の日はこんな天気にならないといいわ。爽やかな青空の下でやりたいの』
「お勉強会って何をするの?」
『蜜の運び方のお勉強よ。バケツの持ち方とか休憩場所の選び方、いつ出発していつまでに帰れるように時間配分するか……私が研究した全てを何回かに分けたお勉強会という形でみんなと共有するの』
「それは役に立ちそうだね」
『数回の座学のあとは実際に蜜を搾って見て、効果を実感してもらうの。参加料は無料よ』
参加料。その響きになにか嫌なものを感じた。
「ねえ妖精さん」
『なあに?』
「その実践で搾った蜜は、誰のものになるの?」
『全て私のものよ』
ざあざあ ざあざあ
ざあざあ ざあざあ
雨の音が部屋に響く。
「…………………………」
『ああそんな目をしないで。ちゃあーんと最初にそのことは伝えているわ。それを承知した上でみんな参加してくれるの。同時にこうも伝えているわ。"私はこのやり方にしてから月に十倍の収入を得られるようになりました"と。つまり一回の蜜搾りの収入くらい、私のお勉強会で学んだことを活かせば簡単に回収できるということよ』
「怪しい……本当に稼げるの?」
『ええ本当よ。ただそうね、勉強会では蜜搾りの技術は三つほど教えるんだけど、一番多く、一番簡単に蜜を搾れる方法には多少の筋力が必要ね』
「筋力かあ……鍛えるのには時間がかかりそう」
『そこで別のお勉強会で簡単かつ効率的な体の鍛え方も教えているの。より早く鍛えられるように、グッズも発売しているわ。ちょっとお高いけれど私の教えを全て忠実に行えば投資分は全て回収できるわ』
「多分生徒のランク付けとかしてそう」
『よくご存知ね! ええ、A~Fに分けて、C以上の優秀な子には更に秘密のランク別に極秘特別レッスンを解放するとお伝えしているわ。有料だけどね。そしてAクラスの子は、独自に行っている蜜搾りマスター認定試験を任意で受けることができるようになるの。
そして……合格したら私のように蜜搾り勉強会で稼げるようになるの!』
「でも大半はできないんでしょ?」
『あら、どうして?』
「だってあなたのお客さんって、そういうコツコツやるのができないけどお手軽に成果が欲しい怠惰な妖精さんでしょ?」
だから、自分で研究しようとせずに"効率"とか"効果的"とか買おうとするのだ。そのために、勉強会に投資して、グッズに投資して、試験に投資して……。
回収分と投資分、どちらが多いのだろうか。
『あなたはきっと私のお客さんにはなれないわねえ……』
「お茶会だけで十分だよ。そうでしょ?」
『そうね。クッキーをもう一つ貰えるかしら?』
どこの世界にもあくどいのはいるなあ、とため息を一つついた。




