チョコの木
チョコの木がある。
カカオの木、ではなくチョコの木だ。それは霊感がある私には視えるけどみんなには視えない木。バレンタインデーのあと数日ぐらい生えていて、いつの間にか消えている樹木。
チョコの木になるのは、"食べてもらえなかったバレンタインのチョコ"だ。アイドルに贈ったものとか、勇気がなくて渡せなかったチョコとか、そういうの。とにかくこれからも食べてもらえる可能性がゼロのチョコが生るのだ。
甘くて美味しくて栄養価も高いものが鈴なりになっているので、チョコの木はお化けや妖精さんにも人気がある。そんなチョコの木は三本ある。
一本は市販品のチョコの木。きれいにラッピングされていて安定して美味しいので一番人気の木だ。妖精さんたちやお化けたちが、我先にと大きい箱を奪い合っている。
もう一本は手作りチョコの木。ラッピングも差が激しく当たり外れが激しいのであんまり人気はない。けれど中にはとびきり美味しいものもあるときがあるので、妖精さんたちはじっくり吟味してから選んでいる。
もう一本も、手作りチョコの木には見えるが、ときどき市販品も生っている。でも誰も選んでいない。
「どうしてこの木は誰も選んでいないの?」
『それは愛の木だからだよ』
「愛の木?」
『そうそう。愛がとびきり強いのが生るんだ』
くひひ、と妖精さんは嗤っている。
『ラッピングをよお~く見てごらんよ。あの赤い箱の、お店で売ってそうなやつさ』
妖精さんに言われた通りによくよく箱を見てみる。よくよく注目してみると、包装が一回剥がされて、きれいに包み直された痕跡がある。愛の木に生る市販品のようなチョコには、みんなそんな痕跡があった。
『そして俺が持っているやつはさっき市販品のチョコの木からとってきたやつさ。こっちにはそんな痕ないだろう?』
「本当だね」
『売ってるものを一回剥がして、わざわざ包み直したなんて……さて、なにを仕込んだのかね。くひひ……』
「………………………」
『お店で売ってそうなやつですらそうなんだ。手作りっぽいのなんて手を出す気にはなれないね。あ、でも包装は欲しいな。暖炉の燃料になるかもしれない』
おういみんな、と妖精さんが仲間に呼び掛ける。
『包装を剥いで燃料にするのか。それはいいな』
『リボンはちょうだい! おしゃれに使えそう』
『箱も使えそうだなあ』
みんなあっという間に愛の木からチョコをとって中身を捨てて、箱と包装を持ち帰った。地面にころころと、誰にも食べられないチョコが転がっている。
その中の一つ、真っ黒いトリュフチョコから、刻んだような短い髪の毛が数本伸びていた。




