玉とか!ドキドキさん!
ちら、と"それ"を見る。"あの"心臓頭が販売と称した頒布を行っている、わけのわからない道具。
その鏡に姿を映すと、着ている服が欲しい服に変化するのだ。どんなボロ布を纏っていても、鏡に姿を映せば一点の染みのない白い服にも、祭礼に使う伝統衣装にも、宝石をたっぷり纏ったドレスにすることもできる。欠点は六時間の時間制限があることだろうか。六時間経てば元通りとはいえ、今日も鏡の前に幾人もの女が列を作っている。おかげで機織りは商売あがったりだと怒って別の村に行ってしまった。
鏡は"ドキドキさん"と名乗る、ニンゲンの体に作り物の心臓を乗っけた奇怪な巨人が持ってきたものだ。もっとも、巨人と感じるのは、向こうが妖精だか小人だか呼びたがるような、あちらに比べたら小さい種族だからだ。心臓頭自身は普通のニンゲンと同じくらいの大きさだろう。だからといって、決してニンゲンではないだろうが。なんせこっちが視えるどころか、どこで手に入れたのかわからない奇っ怪なアイテムを配ってくるのだから。
(さて、今日も行くか)
日課の畑仕事や家畜の世話を終えて、夜までのわずかな自由時間に"それら"の様子を見て回る。あの心臓頭が配った、奇怪なアイテムの様子をだ。
村を出て、大きな湖へ行く。そこには水棲の種族の村がある。敵対しているわけではないが、普段交流がない村のやつが観察していたら警戒されるだろうから、こっそり物陰から観察する。
(あった)
水の中に、光がある。それは、ゆらゆらとした炎だった。水の中だというのに温かな光に陰りはなく、その村ではそこを中心に生活が回っているようで、村人の多くがその水中の炎の周りに集まっていた。
懐からメガネを取り出して、耳に引っ掻ける。"ドキドキ解析グラス"だったか。これも心臓頭が配っていたもので、このメガネをかけると、見たものの解説が視界に広がるのだ。
"消えない炎"
それは明るさに反して熱のない炎。それに手を入れても焼けることはない。ただし、消えることのない炎。暗い水の中だろうが、変わらぬ明るさを保証してくれる炎。
(ちっ……)
あいかわらず、あの炎の周りから誰かが消えることはない。必ず複数人が、炎を中心に活動している。
盗む隙は、ない。
(まあいい……)
あの程度なら、まあいい。もちろん手に入れば良いが、手に入らなくても諦めはつく。
湖を外れ、奥の道を行く。そこには、別の村の鍛冶屋がいる。
『ほいさ! ほいさ!』
『あと三本だ!』
中には自分よりも体が大きい種族が、金槌を振るって鋼を打ち、武器を作っている。心臓頭が配っていたのは数多いる鍛冶屋のうちの一人、ひときわ大きい体格の持ち主が振るっている金槌。
"なんでもちょうどよく壊す金槌"
それは打ったものを願うままに破壊できる金槌。粉微塵にしたいと思ったら一撃で粉砕でき、どんなに強く殴っても対象が壊れないようにと願えばその通り、大人がその金槌で赤ん坊を殴っても
傷つかない。
それをあれらは、鍛冶に使っている。理想の刃物を、作るために。季節の変わり目の祭祀に使う、伝統的な刃物を作るために。
(あああああああ!!!!!!)
もったいない! もったいない!! もったいない!!!
(望めば世界すら壊せる金槌を!!! 普段は神棚にしまいこんでありがたく拝んで!!! たった年に四回!!! なんの役にもたたない儀礼のためのお飾りの刃物に使うなんて!!!)
もったいない! もったいない!! もったいない!!! いや別に世界を破壊したいわけではない。わけではないが、そんなあまりにも力を秘めた金槌が振るわれるのが、年にたった四回の、あえて切れないようにした役立たずの刃物を作るためだけに使われるだなんて!!!
……落ち着け、自分。
(いや、あれはあれでいい。暴れん坊なやつらが持ったら、どうなることやら……)
それよりだったらここで平和的に、無意味に、ただ振るわれるだけでいい。
(俺だったらもっと有効的な使い方を思い付くと思うがな!)
腹立てながら、次の場所に行く。次の場所は、一番自分が盗れそうで、盗れないものだ。
"それ"はニンゲンの体内にある。物理的にあるわけではなく、今は実体を持たず、血によって継承されているということだ。
(うぎぎ……)
ああ、もったいないもったいない。心臓頭はニンゲンにも物を配っているようだが、そのときにはちゃんとあの盲目の集団であるニンゲンにも"視える"ようにしてばらまいているようだ。
でも、"それ"の所有者一族には視えていないようだ。それどころか、余計なものまでひっついている。
『…………………………………………………………………』
(おお、怖い怖い)
所有者一族の一人にとり憑くニンゲンの女の幽霊がこちらを睨んでいる。その手の先にあるのは"赤い鎖"だ。所有者から勝手に引っ張って、勝手に使っているのだ。
(まったく! なんてことだろうか!)
"赤い鎖"は心臓頭の作品の中でも最高傑作だ。本人だって同じものを未だに作れていない。それをこの、不動とかいう一族の先祖が手に入れて、自分の血に組み込んだのだ。
そしてこの不動家はそんなこと知らずに血の中で"赤い鎖"を受け継いでいる。全員が受け継いでいるわけではなく、一族の中で一人がその血の中に"赤い鎖"を引き継ぐのだ。
つまり、"赤い鎖"の正統なる所有者。もっともその所有者である黒髪長髪の男はそんなこと知らずに、とり憑かれた幽霊に好き勝手使われてしまっている。
それは、蔵に遺された宝剣が泥棒に盗まれたに等しい。
(ああ、まったく、まったくくだらない!)
解析グラスで読んだことがある。"赤い鎖"はたしかに最高傑作だ。あれは、ある意味でどんな願いも叶えることができるのだ。ある意味で、不可能を可能にするための道具だ。
やりようによっては世界すら、平穏にも、破滅にも導くことができるかもしれない。……もっとも、世界平和に導くよりは世界滅亡させる方が簡単だろうが。
(それだというのに……!)
所有者はいい。そんな宝を持っていることを知らないただの間抜けだ。
だが解析グラスが表示した、この一族の先祖が"赤い鎖"を手に入れた理由も、使い方も、今所有者に憑いている悪霊の赤い鎖の使い方も。
(まったくもって、くっだらない!!!)
"あんな理由"だなんて……赤い鎖だけは、いつか絶対に手に入れる。宝の持ち腐れにもほどがある!!!
とはいえ、だ。
(……ふん、今日もあの悪霊に隙はなさそうだ)
次だ、次、と最後の見回り場所に行く。
最後の場所は、近くにある一人で暮らしている妖精の家。
(おお!)
そいつがなんと、心臓頭のアイテムをテーブルに乗せて、うとうとして眠っている。さっと解析グラスで一番音を出さずに侵入できるルートを探し、あっという間に盗み出した。
(よしよし)
解析グラスが出した結果は、"好きな夢を見れる玉"だ。
(不要だな。こいつは売るか)
心臓頭のアイテムを、有用なら自分で使い、不要かつ安全なものなら売り払う。無料でばらまいているのに本人から直接手にいれないのは、あれで破滅したやつも多いからだ。だったら他人が安全に使用しているのを確認してから奪う方が、安全だろう。
(ふふ、いくらになるかな)
元手はタダだが、安くは売らない。なるべく遠くの村まで行って、高く売り払う。使い方は、解析グラスを使えばわかる。
(売れたら手に入った金で、いい酒でも買うか)
そんな風に、夢を見ていた。
*****
『ドキドキさんはねー、必ず説明書といっしょに売るんだよ』
目の前で、"商品"を抱き抱えて眠る妖精をつまみ上げる。
『説明書の通りに使えば安全。そうじゃないと、破滅しちゃう。君みたいに』
この夢を見る玉には一点、注意点がある。使用中に妨害を受けた場合は、防衛のために妨害者を無限の夢の中に引きずり込むのだ。
おそらく夢から覚めることはないだろう。体が朽ち果てるだけだろう。
『さあ、おかえり』
ぽーん、ぽーん、と玉は自分で跳ねて動き、元の所有者のところへ戻る。
『悪いことは、悪いことはぁ、いけないんだよふふふふふ……』




