遺産
あまりにも人生がうまくいかなくて、死のうと思った。
何をするにも金がなく、じわじわと追い詰められて餓死をするよりはマシだと思ったからだ。
苦しみの少ない吊り方を調べ、少ない資金で丈夫な縄を買った。余った金も最期の晩餐として浪費した。あとはただ最後の決心をするだけ、いやするしかない状況なのに、あと一歩が踏み出せず自殺スポットとして有名な森をうろうろとしていた。
「…………ん?」
なんだか妙な気配がして、少し道を外れる。
「………………………」
そこにあるのは物言わぬ死体。首を吊って人生を終わらせた、ある意味未来の自分の姿が風に揺れていた。
「………………………」
なんとも複雑な気持ちになる。南無阿弥陀仏とでも唱えればいいのかと思ったが、ちゃんとした仏教徒でもなんでもない自分が唱えるのもおかしい気がして、結局何も言葉は出なかった。
どこかうしろめたい気持ちを持ちながら、自分も早く決断しなければと思ったとき、死体がぶらさがる木の根の上に置かれたそれを見つけた。
それは何かが詰まった黒い鞄だった。
いや、正確には黒い鞄ではない。緑色の鞄が、焼け焦げて黒くなっているのだ。オイルをかけて焼いたのか、周囲にオイル缶が転がっている。
(何を燃やしたんだ……?)
好奇心にかられて中を見る。わざわざ焼いたということさ遺書や身分証といった遺すべきものではない。死ぬ前に処分したいものだったら、わざわざこんなところで焼かずに捨ててくればよかったのに。
炎の気配どころか熱も感じない冷めたそれは、手で触れるとあっという間に崩れていく。さすがにすっかり燃えて何かは判別できないか?と思ったが、底のほうに焼け残ったそれはあった。
「なっ……!」
ざっと、三百万円。一万円札の束が三つ、鞄の底で生き残っていた。よくよく燃えかすをみれば、それは万冊の欠片だった。
心臓が高鳴る。
三百万あれば、当面の生活費には十分だ。
「まだ……いけるのか?」
自分の、人生は。
おうい───────。
遠いような、近いような、でもはっきりと自分以外の人間の声がした。慌てて周囲を見渡すが、誰もいない。
なあ────────。
また、声。聞き間違いじゃない。誰かが近くにいる。
「………………っ!」
一瞬悩んで、焼けた鞄を抱えて走り出した。自分でもわからないうちに、自然と涙が出ていた。
やっぱり……やっぱりまだ、死にたくないのだ。
*****
ああ、行ってしまった。声は、届いていなかったんだろうか。
『………………………』
木からぶらさがる自分の遺体、いわゆる幽霊となった自分、そして、焼けた鞄の燃えかす。それが今ここに残ったもの。
『どう……しようか』
まさか底のほうに焼け残りがあったとは。けっこう豪快に燃えていたからと中身を確認しなかった自分のミスだ。
『あれ……使うよな。使うよなぁ………』
あれは、偽札なのに。
生活に困って、犯罪に手を染めて、それでも結局こういう結末を選んでしまった。作った偽札を捨てて警察に嗅ぎ付けられるのが嫌でこんなところで処分したのにそれが仇になるとは。
『ああ、止めなきゃ……だめだよな……』
はぁ、とため息をついて、浮遊感のある体であとを追う。
おーい───────。
早くこの声に気づいて、足を止めてくれますように。




