埋まっているコルク栓
石の塀に、コルク栓が埋まっていた。
「……なんだこりゃ」
友人と二人で歩いていたら、それを見つけた。住宅街にある、なんの変哲もない一軒家を囲む石の塀に、コルク栓が埋まっていたのだ。
それはたまたま穴が開いていたところに無理矢理埋め込んでいるのではなく、まるで最初からそうするために作られたかのように、きれいに埋まっていた。しかし、他にコルク栓の装飾はない。
「とってみようぜ」
「抜いたら化け物が出てきたりしてな」
ケラケラと笑いながら栓を抜く。しかし何か起こることはなくあっさりと抜け、抜けた穴の向こうにもただの庭が広がっているだけだった。
「なんなんだこれ」
「お、おい! お前なんだそれ!」
友人の慌てた声。指さすほうを見れば、自分の右腕に同様のコルク栓が埋まっている。
まるで最初からそうだったかのように、美しく、違和感なく。
「は、なんなんだよこれ……」
「……っ!」
すい、と何かが目の前を通った。
それは白い女の腕。どこの誰かかと思ったら、それはカーブミラーから生えていた。
その奇妙さに驚き何かする前に、その女の手によって、腕に生えたコルク栓が抜かれた。
ぽんっ
間抜けな音を立てて栓が抜かれる。そしてまるで振ったシャンパンを開けたあとのごとく、穴から、ぱあ、と赤い血が吹き出てきた。
*****
『あら』
『なにかしら』
鏡の中の世界に住む女たちは困惑していた。
鏡から"向こう"の世界を覗いて暇潰しをしていたら、奇妙なコルク栓を見つけたのである。
好奇心に負けてそれを抜いたら"向こう"の生き物は血を噴き出して倒れてしまった。
『まあまあまあ』
『なによこれ、恐ろしいわ』
抜いたコルク栓を遠くへと投げつける。
『あの生き物に悪いことをしてしまったわ。どうしましょう』
『でももうどうにもならないわよ』
鏡の向こうでは倒れた男が運ばれていったが、あの血の量では無理だろう。
『なんだったのかしらあれは。みんなに注意を呼び掛けましょう』
『ねえねえ、あなた……』
隣にいた別の女がちょんちょんとつついてきた。
そして気づく。足に、まるで最初からそうであったかのように、自然に違和感なく、コルク栓が埋まっていることを。
『ひいっ……!』
場が恐慌状態になるなか、ひゅ、と何かが空を切った。
それは水気を帯びた細い舌。そしてその舌先には、足に生えていたはずのコルク栓が巻き取られていた。
*****
『なんなんだゲコ』
『もしかしてやばいやつゲコ?』
水の中に住む大蛙たちは陸の上の悲鳴を聞いていた。
水面を静かに泳いでいたら、いつも湖の近くでおしゃべりをしている白女たちの中に、体にコルク栓を生やしていた女がいたのだ。
からかってやろうと舌で抜いたら、そいつは血を噴き出して倒れてしまった。
湖の表面がじわじわと白女の血の色に染まっている。
『やっちまったゲコー』
『やっちまったもんはしょうがないゲコー』
『それよりあの血を集めるゲコ。あの血で鏡の実を浸けるといい珍味になるゲコ』
『マジかゲコ。いいこと聞いたゲコ』
大蛙たちが泳いで行こうとすると、一匹の大蛙が、コルク栓を抜いた蛙を舌でつついた。
『お前、それはなんだゲコ?』
『ゲコ?』
その背中には、まるで生まれたときからそうであったかのように、コルク栓が。




