マウント
目の前で(実質)カップルがいちゃついている。
「髪長いよね」
「おお、三島と同じくらいだからな」
男女が教室で髪いじってんじゃねえ。いちゃついてんじゃねえぞと言ったら、日陰の野郎が笑顔で中指を立てやがった。
腹立つ。後ではっ倒して……無理だな。強いもんあいつ。多分わけもわからないうちに間接技を極められそうな気がする。
スペックが高いのがズルいんだよあいつ。顔が良くて成績はよくて運動神経が良くて家が金持ちとかチートか。何か欠点はないか? あるな。性格が悪い。三島の前で猫被ってんじゃねえぞ。中学時代の悪行をばらし……たら殺されそうだから止めておくが。
あーあー俺にも何かあいつにマウントとれるようなことないかなー。
あった。あるじゃん。美人の彼女がいる。三島とは全然方向性が違う、背が高くてキリッとしてて胸がある系で、どっちがいいかは好みによるが絶対負けてない。日陰にだろうが自信を持って自慢できる。あいつ一応彼女いないし。
……まあ日陰に言ったところで普通に「彼女できたのかよ? おめでとう」って言われそうな気がするが。あいつ三島以外の女に全然興味なくなったし。
とろうとろう。マウントをとろう。さっそく彼女に連絡だ。メッセージアプリを起動。
『えー、なにそれ男のプライド? ちっちゃいぞ~』
というメッセージのあとに動物がバカにしたように笑っているスタンプが押された。
『いやでも自慢したい。絶対みんなすげーって言うから』
『しょーがないなー』
放課後こっちのクラスに来る約束は取り付けた。よしよし。
そして放課後、俺は待ち合わせ場所である特別教室棟の奥にある階段にいた。そこは普段はあまり使われることがない場所なので、どこか薄暗く寂しい場所だ。
とっ とっ
室内シューズが廊下を踏む音。彼女だ。俺は振り返って────
彼女を。
「……三島?」
彼女ではなく、三島だ。なんでこんなところに。
「何してるの?」
「待ち合わせだけど……」
「誰と?」
「誰とって……」
彼女と。
そう答えようもして、続きは口からでなかった。
俺には彼女なんていない。恋人なんていない。スマホを確認するが、メッセージアプリのどこを探しても"彼女"とのやりとりなんて見当たらなかった。
「割り込みさん」
「え?」
「人の記憶に割り込んで、勝手に遊んじゃうの。そういうお化け」
「………………」
「ただおもちゃにされるだけのときもあるし、食べられちゃうときもあるよ。気づかれたらすぐいなくなっちゃうから、今はいないけどね」
「………………」
「じゃあね」
三島は去っていく。
遠ざかる音を聞きながら、俺はただ寂しい階段に残された。
さあさあと頭の中から何かが失われていくような未知の感覚があり、もう"彼女"のことなど少しも思い出せなかった。




