楽しい/楽しい?
放課後、図書室に本を返したあとになんとなく校舎の人が来ないところをふらふらしていると聞き覚えがある声がした。
「弱い弱いねぇ~。悔しいねぇ~」
「くっ」
不動くんと、名前は忘れたが同級生の男子だ。何をしているんだろう。不動くんが男子を踏んでいる時点でろくなことではないんだろうが。
「ったく最初から素直になって財布渡しときゃいいんだよ。じゃあ俺から盗んだ金、返してもらうぜ」
「おい! そんなに盗ってねえよ!」
「慰謝料だよ慰謝料。またぶん殴られてえのかよ。ああ?」
ニヤニヤしながら不動くんは廊下に伏せた男子の背中を踏む。そういえば最近同じ学年の生徒の財布からお金が盗まれる事件が何回か起こって、不動くんも被害者だった。彼が犯人だったのか。
「くそがっ……調子乗りやがってっ……!」
「あぁ? ジタバタすんだようっぜえな……」
不動くんは男子を片手で持ち上げると、窓を開けて、ポイっと男子を窓の外へ捨てた。……ここは三階だ。
だがギリギリでキャッチしたようで、男子の酷く慌てた声と、不動くんの嘲笑が聞こえる。殺人未遂じゃないかなこれ……と思っていると、不動くんがさらに口を開く。
「なあ? 助けて欲しい? 助けて欲しい? ど~しよ~かな~? お前悪いやつだしなぁ~?」
「わかった! 謝る! 謝るから! わかったから助けてくれ!!!」
「お財布の中身全部欲しいなぁ~」
「わかった! わかったから!」
そうしてようやく男子を引き上げて廊下に乱暴に叩きつけた。
「おい……こ、これは殺人未遂だぞ……!」
「それが? いやあ自分の指先一つで人命がどうなるか決まるなんて最高だな!」
男子は怯えた顔をして逃げていく。不動くんは「毎度ぉ」と言いながら男子のものであろう財布の中身を漁り始めた。
「悪い子」
「ん? 三島じゃん。ちょうどいいや臨時収入あったんだけど」
「やだよ」
いくら窃盗犯からとはいえさすがに殺人未遂からの脅迫のコンボで得たお金は嫌だった。
「自分の意思で人の命がどうにかなるの、楽しい?」
「ああ、楽しいね! まあ本当に殺すつもりはねえよ。面倒だし」
ケラケラと笑っているその顔は、いつも自分が命の運命を握る側の顔だった。
……握られる立場になったら、どういう顔になるんだろうか。
「えいっ」
「え?」
だから、ちょっと窓から飛び降りてみたのだ。どうせ不動くんの反射神経と腕力ならキャッチするだろう。
思惑通り、不動くんは私が落ちる前に私の体を掴んで引き上げた。
「何してんの!? 何してんの!?」
「ちょっと気になったから」
「何が!?」
「目の前で私が、不動くんが自分で開けた窓から飛び降りて死んだら、不動くんはどうする?」
「そんなんあとを追って死ぬぞ!!!」
「だよね」
多分、そう言うと思った。
「今、不動くんの命は私が窓一枚向こうに行くか行かないかで決まるよ」
「……!?」
「さっき言ってたよね、自分の指先一つで命がどうなるのか決まるのが楽しいって」
「ちょっ」
「やってみたけど、別に楽しくないね」
やっぱり不動くんは趣味悪いなあ。
「あの男子のお財布、ちょうだい」
「……はい」
「いくら盗まれたの」
「三千円」
「はい」
財布から三千円抜いて、不動くんに渡す。
「返してくるね。他の被害者にも返すようにちゃんと言うから」
不動くんの名前を出せば勝手に怯えて返すだろう。
「じゃあね」
「………………好き………………」
マゾなのかな。
私は安い折り畳み財布を片手に、あの子のクラスはどこだっけ、と記憶の中を探し始めた。




