表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
252/548

怪異(日雇い)

 今日の朝も、仮住まいの脳の中で目が覚める。


『………………………』

 睡眠は一応とれたが、体は怠い。野宿よりはマシとさいえ、人間の脳なんていういろんな刺激が走ってて寝心地が悪い場所で寝たらそうなるのは当たり前なんたが。

「ふぁ……なんか嫌な夢を見たような……」

『………………………』

 そんな今日の仮宿の人間の頭からぬるりと出ていって、近くの茂みのなかにある穴へと入っていく。その先にあるのは人間がはびこる世界ではなく、自分が本来住んでいる世界の駅の中にある、異界行き歩道へと繋がっている。

 駅の中には様々な種族がいる。自分と同じ、水っぽくて不定形の紫の種族、まったく違う別種族。忙しい奴も暇そうな奴らも、きっと自分よりはマシな生活を送っているんだろうなという被害妄想じみた考えが浮かんできて、そしてそんな考えをする自分が嫌で、じっと下を向きながら目的地である"センター"までの道を行く。

 駅から少し離れた場所にある、古い建物が多くて、露店商や地べたで酒盛りしている連中が増えてきた先に"労働派遣センター"はある。その隣の公園で行われている炊き出しで朝食を終えたあと、センターの中へと入っていく。

 センターは汚い労働者でごみごみしている。中には行き場がなくてセンター内で寝るやつらもいるからだ。そういう連中を避けるように大回りで動いて、受付で事前に求人表を見て決めていた数日後の派遣に予約手続きを終えたあと、あらかじめ予約を入れておいた今日のスポット派遣の仕事先へと行く。

『じゃ、よろしく』

『はい』

 今日は人間界で生命力を吸う仕事である。人間界は空気も圧力もどことなく元の世界と違って、ずっといたい世界ではない。

 そんな世界でテキトーに選んだ人間の脳に噛みついて、生命力を吸って、回収袋に吐き出す。脳に噛みついて吸って吐く。脳に噛みついて吸って吐く。噛まれた人間には黒いもやがかかる。成功した証、歯形のようなものだ。

『うぷ……』

 元々合わない世界で何回も吸って、吐いて、を繰り返すと気持ちが悪くなってくる。連日の人間の脳宿や、気温も祟っているんだろう。へにゃあ……となって体を地面に広げていると、ブブブと羽音が近づいてくる。監視蜂だ。

『さ、さぼってない。さぼってませんよ』

 監視蜂は満タンの回収袋の数を数えると、すっとボトルを差し出してきた。

『…………………まあ、今日暑いからな。10分くらい休んどけ』

『あ、ありがとうございます……』

 礼を言って、水を飲む。


 今日もなんとか労働を終えて、日給を貰う。他のやつらは日給を貰ったら衛生面最悪な超絶安宿や飲み屋へと行くが、自分は駅前の安めの匿名式無辺領域カフェ(俗称、イントゥラネットカフェ)へと行く。24時間開いていて、そこそこきれいで、ノンアルコールが飲み放題で、受け付けで支払いをしたらイントゥラネットカードを貰える。イントゥラネットカードを体に差し込めば自意識を無辺領域(イントラネット)に飛ばすことができる。自前の格安イントゥラネットカードも持ってるが、やはり店のほうが読み込みが早い。

『ふぅ……ひさびさだ……』

 水気が多い種族用の防水席でへにゃあ……と体を広げる。

『ひぃ、ふぅ、みぃ……うん、なんとか取り返せたな』

 先日体調を崩して病院にいくはめになり、その分節約のために普段のイントゥラネットカフェでの宿泊は止めて、脳宿にしたのだ。あれなら居心地は悪いが野宿は避けられるし金はかからない。

『今日くらい……いいだろ』

 昼食の飲み物は監視蜂から貰った水で済ませてその分浮いている。いつもよりワンサイズ大きめの肉を頼んでちゅるりと吸う。

『はあ…………』

 普通のアパートに住んだ場合の家賃と、イントゥラネットカフェで一ヶ月過ごす料金はさほど変わらない。むしろ、食事が全て買って済ませるこもを考えるとこちらのほうが高くついているのかもしれない。ではなんで普通のアパートで暮らさないかというと、初期費用に当てる金がないからだ。敷金だの礼金だの手数料だの保険料だのがかかるし、家賃は1ヶ月分が丸々引き落とされるからその分も持っておかなければいけない。それに家具や、生活用品だって……。

『……はあ……まだまだかかるな……』

 貯金を数える。まだ全然足りない。超絶安宿に泊まればもっと安上がりなのだろうが、あそこはろくに掃除がされていなくて衛生環境が悪いから避けた。実際、普通に清潔に暮らしていればかからない病気が超絶安宿界隈には流行ってる。そして、病院なんてもったいないと言ってそのまま暮らし、死ぬのだ。

『こんな身分で死ぬのはごめんだ……絶対まともな生活に戻ってやる……』

 自分は、あんなやつらと違うのだ。あんな、センターの周りの安宿か野宿でくらし、金が入ったら買ってきた酒を路上で飲むような連中とは。

『…………………………………………………………』

 世間一般から見たら同じだろうな、という自分のなかに湧いて出た正論を、体を震わせて打ち消す。

 こういうときはイントゥラネットカードを体に差し込んで無辺領域へと意識を繋げるに限る。無料公開されている漫画を見たりアニメを見たり、匿名掲示板で雑談をする。

 時間になって、少し求人検索をしたが、やはりまともな求人はみんな『固定住所持ち限定』だった。イントゥラネットカフェで暮らしてる自分は結局そういう制限がないセンターで仕事を探すしかない。

 寝る。そしていつも通り朝が来て、労働をして、夜が来て、寝るのだ。


 こんな生活は永遠ではない。いつか、いつか、まっとうな家を持てる日が来たら、もっともっとまとな仕事をして、自炊をして暮らして、穏やかで豊かで、正しい生活を……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ