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あなたの子です

 赤ん坊を抱いた女が、こっちに向かって歩いてくる。


 視界に入っていたそれには最初から気付いていた。でも遠目に見るには何の変哲もない、普通の女の人だから変に思うこともなかった。

「俺には納得いかねえというか……分かるかこの気持ち」

「あれは評価分かれてるからね。感想見るとそういう意見も多いよ」 

「あ、やっぱり?」

 いつも通りの、不動くんとの帰り道。昨日テレビでやっていた映画を見たらしい。あれこれ言い合っていると、前を歩いていた女の人が近づいてきた。

 とん、と女の人が不動くんにぶつかる。

「あ、すいません」

「あなたの子です」

 言って、女の人は抱いていた赤ん坊を不動くんに差し出してきた。赤ん坊は泣きもせず笑いもせず、無表情で虚空を見つめている。

「へ?」

「あなたの子です」

 ずい、と赤ん坊を差し出す。女の人も、赤ん坊と同様の無表情だった。しゃべって動いているのに、まるで感情を感じ取れない。

「いやいやいや、俺子供とかいないんで」

「あなたの子です」

「…………」

 不動くんはなんとも言えない表情をしている。電車で変な人に絡まれたときの表情だ。

「あなたの子です」

「俺の子ではありません」

 女の人につられたような口調だ。それを聞くと女の人は何も言わずに立ち去っていった。女の人が角を曲がり見えなくなって、ようやくため息をつく。

「なんなんだあれ……」

「子供いたんだ」

「いーまーせーんー」

「でも元カノ多いんでしょ」

「ちゃんと避妊してたもーん」

 なんだか勝ちほこったような顔をされた。自立していない学生の身では当然のことなので、誇るようなことではない。

「避妊失敗したこともないの?」

「うンっ……」

 なぜそこで目を逸らすのか。

「……ねえ」

「待って……」

 頭を抱えている。ろくでもない男だ。

「わざとじゃないし……事故だし……」

「事故……」

「いやちゃんと全員から生理きたって聞いたし……」

「ふーん…………」

 半眼で見つめる。不動くんはなんだか焦った様子だ。

「ほんとだって! 子供とかいないから俺! だいいち元カノにあんな女……」

 そこまで言ったところで口が止まる。焦った様子から、怪訝そうな顔に変わっている。

「どうしたの」

「なあ……あの女の顔、どんなだったっけ?」

「どんなって…………………」

 思い出せない。

 顔だけではない。全てが。女だったことは分かる。赤ん坊を抱いていたことも分かる。でも他のことは全てがあやふやだった。服装はもちろん、髪が長いのか短いのかも思い出せない。顔も、無表情だったことは思い出せるのに、目鼻がどんな風だったのか、美人なのか普通なのか醜かったのかも分からない。

 ただ、整った形の口が動き機械的な言葉を紡ぎ、そして歯が作り物のように白く整列していたことしか思い出せない。

 赤ん坊も同様。こちらは性別や口の形すら思い出せず、ただ無表情であったことと、存在していたことが記憶に残るのみ。

「うーん……」

 考えても、やっぱり思い出せない。二人して首をひねる。

「よし! 忘れよう!」

 いかにも名案とばかりに手を叩いている。

「多分化け物の類いだし、深く考えずに忘れようぜ!」

「まあ、そうだね」

「だろ?じゃあもっと別の話を……」

「ところで、元カノって何人いるの?」

「……………………」

「気になるかな」

「……………………」

「なんで黙ってるの」

「……………………」

「………へえ」

「いやその……ね……?」

「答えられないくらい多いんだ……ふーん……」

「ちょ、ちょっと待って、うん……」

 あからさまに焦ってる不動くん。まったく何人いるんだか。

 化け物がいなくなったただの道を、はぁ、とため息をつきながら歩いて行った。

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