愛か金か
愛と金、どちらが大事かしら。
「お金よ!」
「愛だよ!」
これは私がまだ中学生だったときのお話し。昼休みに女二人、にらみ合っていたの。周りは遠巻きに見守っているけど、そこに長身の男の子が割り込んできたわ。
「うるせーぞお前ら。なにやっての」
「あら不動クン。何って愛とお金、どちらがより大事かという議論よ」
いつものように御山クンを引き連れて、不動クンが割ってきたの。本当にこの子、いろんなことに首突っ込むの好きよね。
「お前はどっちなんだよ、泉」
「お金よ! もちろん!」
「だろうね……」
半ば呆れた目をした御山クン。あら、生意気じゃない。ほっぺをつねってやろうとしたけど、あっさり不動クンにガードされちゃった。
「つーことは、影原は」
「愛」
私と向かい合っているのは影原さん。同じクラスの女の子よ。ちょっとした雑談から愛とお金、どっちが人生にとって大事か議論になったの。
「他者を愛する心こそが動物とは違う、この高度な社会というものを作り上げたの。理性で作り上げられたようなこの社会も、根幹は愛よ。愛でできているの」
「二人は? どう?」
二人に話を振ってみたわ。急に振っても困ると思うんだけど、ふふ、私、他人の困った顔って好きなの。
「方向性違いすぎて比べらんねぇ」
急とはいえ、不動クンったら案外無難な回答するわね。てっきり愛派かと思ったのだけど。
「愛は……怖いよ……。お金も怖いけどさ……」
御山クンったら苦い顔して不動クンの後ろに隠れちゃって。苦労性よねこの子。
「そういうお前は? なんで金派?」
「お金がなかったら愛は歪むわ。作り上げたのが愛なら維持するのはお金よ。だって……」
「もー! お金で転ぶようなレベルのものは愛ですらないの!」
「そうじゃなくて……」
そんなとき、チャイムが鳴ったの。話はそのまま有耶無耶になって、授業が始まったわ。
私はね、お金が大好き。
だってお金があればたいていのものは手に入るでしょう? 服も、食べ物も、靴も、家電も、情報も、サービスも。ほとんどのものはお金で変えるし、お金があればあるほど質があがるわ。
だから、私はお金が大好きなの。
「………………」
目の前の家に、人はいないわ。
元々は、影原さんの家だったの。おばあちゃんとお父さんとお母さんとお兄さんと妹と影原さんの六人家族。とっても仲が良かったんだって。
今はもう誰もいないけど。
最初にいなくなったのはおばあちゃん。認知症になってしまったの。けど近くの施設はそこそこお高いから、遠くの安い施設に入れられちゃった。
お母さんは施設代のためにパートの時間を増やして、お父さんも出張や残業を増やしたみたい。家の管理は子供たち三人に委ねられたの。
この頃から、昔はお母さんが趣味で手入れしていた庭が荒れてきたわ。しょうがないわ。子供しかいないのだから。妹さんが、少し不安定になって、引きこもり始めたのもこの頃だったかしら。
それでもなんとかなっていたけど、お父さんが過労で倒れて、お母さんも病気になったみたい。結局、しばらく入院して、お父さんは休職からの転職、お母さんも仕事をする時間を減らさざるをえなかったんですって。
おばあちゃんはこの頃亡くなったけど、お葬式は質素なものだったと聞いたわ。亡くなったということは施設代がかからなくなったということだけど、それでも今まで通りの生活は無理だったみたい。おばあちゃんの保険金と、家を売ったお金でアパートに引っ越したわ。学校は変わらないけどね。ただ、影原さんが行きたがっていた大学は私立だから、行けないか、行くとしても奨学金を使うことになるわね。
夕暮れ。周りの家はぽつぽつと明かりがつき始めたけど、目の前の家は暗いまま。ずっとずっと暗いまま。
「何やってんだオメー」
無遠慮な声。ペットのわんこを散歩中の不動クンだわ。
「別に。なんとなくね、散歩よ散歩」
「ふーん。あんま外にいると冷えるぞ。暗くなるし気ぃつけて帰れよ」
不動クンが連れているのはおっきなゴールデンレトリーバー。毛並みもつやつやで、健康そうで、体も立派。愛されている証拠よね。
そしてその愛のためにいくらお金が必要かしら。エサ代、オモチャ代、病院代、トリマー代、きっともっとかかるわね。
仮にお金がなかったら、きっとあのわんこは今よりみすぼらしくなっているでしょう。エサは安いもので、オモチャは手作りか安いもので、トリマーに行く回数も少ないか、行けないかもしれない。
例え同じくらい愛されていても、生活の質を維持するにはお金がかかるから。
ええ、やっぱり私はお金が好き。愛よりも、お金が大事。
愛はとっても大事なものだけど、貧乏は簡単に愛から暖かさを奪っていくから……。