どくらい様
癌になった。
「どくらい様にお参りに行くベ」
祖母から、そう言われた。20代の若さで癌になってどんどん進行していく中で、民間信仰の神様へお参りになんて行きたくなかった。そんなことするよりだったら、治療に時間を取りたかった。
しかし幼い頃、両親が仕事や病気でなかなか自分の面倒を見れなかったとき、ずっと近くにいてくれたのは祖母だった。いつだって私のそばにいてくれて、ご飯も、遊びも、勉強も、お風呂も、寝るのも、ずっとずっと付き合ってくれた。そんな祖母の願いを無碍にするのも、心が痛む。
なにより、自分より他人を優先しがちな祖母からのお願いなんて滅多にない。……もしかしたら、これが最期かもしれない。
一回だけだよ、と、一時帰宅のときにお参りに行った。
「どくらい様、どくらい様……どうかこの子をお助けください……」
それなりに手入れはされているが、雨風による欠けや風化が見える、近所にある小さな祠。これが「どくらい様」だという。そういえば、子供の頃はここを待ち合わせの目印にしていたりもしていた。
記憶がどんどん蘇る。たしか小学校の夏休みの自由研究でどくらい様について調べたのだ。どくらい様は女の神様で、人間の病や毒を吸い取ってくれる神様だったはずだ。
この祠は昭和にできた歴史の浅いものだ。なんでも、この辺りは昔、外傷はないのに臓物が急になくなるという怪死が連続していたが、どくらい様を祀るようになったあたりから、ぴったりと止まったという。
きっと、どくらい様が臓物を抜き取っていた怪物を退治してくれた上に、ここの神様になって病を治してくれているのだと、そういう伝承があったのだ。
「どくらい様……どくらい様……」
まだ日が高い中、見よう見まねで祖母と同じように手を合わせた。
「んん……」
目が覚めた。一時帰宅も終わり、病院にはもう戻っている。最近は眠れないので睡眠薬を貰っているのに、目が覚めた今、部屋の中はまだ暗い。
「午前三時……」
はぁ、とため息をついて寝返りをうつ。
ごとっ
音。
何か、重い音。
「え……」
何か落としたのかと思って、枕元の明かりを点ける。
「ひっ…………!」
女がいた。セミロングの黒髪、白くて無地の長袖に、下は紺のスカートという地味な姿。
ただ、顔には目も鼻も口もなく、代わりに肉で出来たホースのようなものが伸びていた。
その肉のホースが、じっとこちらを向いている。
「なっ、何!? いや……いやぁ!!!」
不思議なことに、次の日にはその人の癌はきれいさっぱりなくなっていました、と。
「そういう話を聞いたの」
『あら、そんな風に語られているの』
どくらい様は、ふふ、と静かに笑う。私には霊感があるので、どくらい様ともお話しが出来るのだ。
「癌なんて吸って……美味しいの?」
『ええ。癖になるわ。病や毒に冒されたあの肉の味……もうとってもね、大好き。マイブームってやつかしら? 何百年と続いてるの』
「へえ……」
『普通の肉もね、美味しいけど物足りないわ』
「……………」
『昔はよく心の臓や生き肝を吸っていたの。ふふ、あれもとっても美味しいけどね、病んだ肉にはかなわないかしら。たまたま吸って以来、ずっと病んだ肉ばかり吸っているわ。本当に大好きよ』
「…………………」
『病院、だったかしら? あそこ好きよ。病んだ肉が多くて。わざわざ祠で待ってなくても、あそこに行けばいいもの』
私のことは半分視界に入っていない。ただただ、病んだ肉の味を反芻して、陶酔している。
『ええ、大好き大好き大好きよ。病んだ肉は……生き肝や心の臓もいいけどね、今は、今はね、病んだ肉が一番なの。ふふふふふ……』