初詣
このときのために、フードつきの服を押し入れの奥から引っ張り出してきたんだ。
カップルの片割れがそう言っているのが聞こえてきた。混んでいる境内の外れの、自販機コーナーだ。
「どういうこと?」
「ほら、ここって人気で初詣は人も多いから、遠くからお賽銭を投げるやつもいるだろ? 当然、賽銭箱まで届かないものも多い」
「たしかに。フード被ってれば頭にぶつかっても大丈夫だね」
「そうじゃなくて、フードをかぶらずにいれば、お賽銭がフードの中に入って儲けられるだろ?」
「えっ」
……なかなか業が深い会話だ。とりあえず女の人はその彼氏と別れたほうがいい。彼氏のあんまりな発言に固まっている彼女に気付かず、「そろそろ人少なくなってきたな」と彼氏は彼女の手を引いてお賽銭の行列へと並ぶ。
「悪い悪い。トイレが混んでて」
「ああ、うん、大丈夫」
トイレからお父さんとお母さんが戻ってきた。ジュースを飲み干してゴミ箱に捨てる。
「しかしここは毎年混むな」
「やあねえ、あんな遠くからお賽銭投げて……ほら、お賽銭箱に届かずに落ちちゃった」
「……………」
私たちも、行列に並ぶ。きちんと並んでお願いをして、混み合う境内から脱出した。
「あれ?」
聞いたことある声が聞こえてきた。さっきのカップルだ。彼氏のほうが上着を脱いでフードの中を漁っている。
「七百三十五円かー。もう少しはお賽銭キャッチできると思ったのに。千円は超えなかったか」
「……ばか! 別れて!」
「なんでだよ!」
……年始から元気である。周りの視線も意に介さずケンカをするカップルを尻目に、私たち一家は石段を降りていこうとする。
「うわあ!」
悲鳴。男のもの。振り返ると、さっきの不届きな男が思いっきり足を滑らせて転んでいる。しかも、顔面から。
「ああ! 金が!」
転がる硬貨。転がる七百三十五円。鼻血を出しながらも手から逃れていくそれを掴む前に、男性はまた足を滑らせて転んでしまった。
「痛ぇ!」
硬貨は軽い音を立てながら、人混みの中を掻い潜って石段を落ちていった。
「ほんとに最低! 別れて! 別れて!」
「なんだよ急に!」
ケンカするカップルを見て、私の両親も呆れている。
「正月からなんてやりとりだ……」
「ほんとねえ……」
「………」
ふと、空に何かが浮かんでいるのが見えた。若い和装の男性で、手に硬貨をいくらか掴んでいる。
それは笑顔でありながらも、額に青筋をたてて怒気をたてている、この神社の神様。
「まったく罰当たりな……」
「そうだね」
そう、父親の言葉に肯定をした。