電気ケトル
出張でホテルに泊まることになった。
「あー疲れた」
ベッドに体を投げ出してひとりごちる。前泊できるのはいいが、新幹線とはいえ仕事が終わったあとに東北の片田舎から東京へ移動は辛い。
「んー……やっぱ腹減ったな」
予約した新幹線に遅れそうになってろくに買い物もできず、鞄に入っていた半端な量のお菓子とお茶ぐらいしか食べていないのだ。
「ま、こんな時間だしわざわざ食いにいかんでもこれで良いだろ」
時刻は夜十一時半だ。近くに夜中でもやっている店はあるようだが、外食する気力はない。なので隣のコンビニで見繕ってきたのがカップラーメンである。
電気ケトルに水を入れてスイッチを入れる。
(……これでいいんだよな?)
実は、電気ケトルを使うのは初めてだ。家にお気に入りのやかんがあるからいつもそっちを使っているのだ。
しばらくすると、お湯が沸いたマークに光が灯る。さっそく電気ケトルを傾けてみるが、お湯は出てこない。
「んー……? やっぱ初めてだとわからんな。この程度の家電でも説明書ちゃんと読んどくべきか……」
言いながら、なんとなく蓋を開けた。
「うわあ!!!」
顔が、あった。
両目と鼻、そして前髪。それがまるで底にはまっているかのように、水底で揺蕩っていた。中性的で、男にも女にも見える。顔は大きい目で、こちらをじっと見つめていた。
硬直して数秒間、じっとお互いを見つめ合っていた。
我に返って蓋を閉める。どうしていいかわからず。ただオロオロとしていたが、もう一度確認しようとおそるおそる蓋を開けた。
そこには、顔なんてなく、ただ銀色の底面が光を歪に反射しているだけだった。ケトルを傾けると、普通にお湯が出た。
「……………」
考えた末にカップラーメンは諦めて、その日はコンビニでおにぎりを買ってきた。
それ以降も出張で遅い時間にホテルに到着することもあったが、電気ケトルを使うことは二度となかった。