ぼーーーーーーーーーー
「ぼー」に耳を傾けてはいけない。
引っ越した先でできた友達から、そう言われた。
そもそも「ぼー」とは何かと聞いたら、夕方六時に町のスピーカーから鳴る、サイレンだという。
「母ちゃんが言うんだよ。『ぼー』の音をちゃんと聞くと頭がおかしくなるって。そんな時間になる前にさっさと帰ってこいって」
「そんなの早く帰らせたいだけじゃないの」
「まあそうなんだけどさ、聞いてみろよ。ちょうど六時だ。」
ぼーーーーーーーーーーーーーーーー
揺らぎのない一定の音。それが延々と続いている。本当にただそれだけの音だというのに、妙な不安感があった。
「……なんか気味悪いな」
「だろ?」
「ずっと聞いてたやつが気分悪くなったりしたんだぜ」
「俺の父ちゃん町役場で働いてるけどさ、あんな音出る設定にしてないってよ」
ぼーーーーーーーーーーーーーーー
音は、鳴っている。
「おー怖」
「さっと帰ろうぜ」
そしてみんな、家へと帰っていった。
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夕方は終わった。あとは彼方に少しばかり残るだけ。この町は、既に夜の世界に入っている。
『………………………………………………………………』
『誰か』がいた。ボロ布を被っている。手には鎌と、大きな枷を持っていた。
『…………………いない』
子供が、いない。
昔なら、まだ遊んでいる子がいて────獲り放題だったのに。今の子は、夜になる前に『ぼー』の音を聞いて帰ってしまう。
『ああっ、チクショウ!!!!!』
鎌でスピーカーの根元を切りつける。鉄の柱は容易に傷つかず、本当に僅かに痕が残っただけだった。
当然スピーカーが物を言うわけはなかったが、まだスピーカーの上に居残っていた鳥が飛び立ち、糞が『誰か』の頭の上に落ちる。まるで、嘲っているかのように。
『あああああああああっ!!!!!!』
切りつける。切りつける。切りつける。
それでも鉄は、切れることはない。
「なんだこれ」
「誰かのイタズラか?」
翌朝。町内スピーカーの根元の切り傷。目敏い子供はすぐに気付いたが、すぐに遊びに夢中になった。子供たちがサッカーでたてる土煙が付着し、細かな傷もすぐ見えなくなる。
スピーカーは今日も鉄の柱の上に在り、空から町を見守っていた。