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訳ありのはずの部屋

 安い部屋。とにかく安い部屋を求めていた。


「まあこんなとこか」

 引っ越し初日。さっさと荷解きをして家具家電を設置し、部屋の体裁を整える。

「ちょっと暗いけど普通の部屋だな」

 誰も彼もが不気味だ怖いと言っていつかない部屋。ここはそういう触れ込みの場所だった。そのせいで家賃がドン引きするほど低い。風俗にハマりすぎて金欠の身として、あえてその虎穴に入り込んだ。

「暗いのも木の陰のせいじゃん」

 窓を開けると一面の木。隣の家の立派な庭の木が、アパートのこの部屋にだけ影を落としている。


 とん


 軽い音。振り返ると、段ボールの上に置いたままだった文房具が床に落ちていた。

「なんだ」

 言って、拾い上げる。


 とん

 とん

 とん


 また軽い音。今度は三つ。

 床の上に消しゴムが落ちている。床の上にカッターが落ちている。床の上にUSBが落ちている。

 全部、全部まだ段ボールの中にあるはずなのに、床に落ちて転がっている。

「………………………」

 嫌な不気味さを感じたのは、それが最初だったと思う。

 三日もしたら、なるほどと納得した。歴代住人がみんな逃げるわけである。

 勝手に動く家具。真夜中の足音。急に消える電気。なんというか、怪談の基本を押さえている部屋だった。

「この程度で出ていってたまるもんか」

 慣れればどうということはないと自分に言い聞かせる。朝起きて、なぜかコップや歯ブラシや歯磨き粉が散乱している洗面所を片付けたあとに身支度をしながら改めて誓う。


 しょき


 刃物と刃物を擦り合わせたような音。それはまるで、鋏のような。

「え?」

 ぱら、と自分の頭から何かが落ちた。それは音もなく床に落ち、バラバラとなって黒を散らす。

「なっ………」

 右側頭部の髪の毛がバッサリと切られていた。ここに刃物なんて置いていないのに。

 びし、と風呂の窓ガラスにヒビが入る。風呂桶ががこんがこんとひとりでに揺れる。洗面台の鏡には何も写らなくなり黒一色になる。

「いっ……!」

 体に激痛が走る。体に急に傷がつき、ぱっくりと割れた肌から血が出てくる。

「なんなんだよ! なんなんだよ!」

 パニック状態になりながら、洗面所を脱出し、玄関から外へと出た。


「いや、俺も昔気になってさんざん調べたんだよ」

 その手の話に詳しい友人は語る。

「けどなーんも逸話らしい話はなし。事故も事件も起こってない。あの地域に人が住み着いたのが平成なってからだしな……。空襲とか元合戦場とかいう記録もなかったよ」

「ウソだろ!? 俺こんなになったんだぞ!」

 包帯だらけの自分のことを指さしながら言う。洗面所から玄関までという短いルートで酷い目に遭った。家を出たら怪現象はピタリとおさまり、結局全て業者にまかせて引っ越しをした。

「ほんとだぞ。確かなのはそれらしい逸話がないこと、あのアパートが建って以来、あの部屋の住人だけ怪現象に悩まされるってことだ」

「意味わかんねえ………」

 はぁ、と俺は頭を抱えた。


*****


「……………」

 私には霊感がある。お化けとか、幽霊とか、妖精さんが視えるのだ。

 だからさっきファミレスで近くの席のお兄さんが話していた内容は興味が湧いた。話の中に出ていたアパート名を検索して、現場に着く。

(なんだろう………変な雰囲気………)

 たしかに一部屋だけ、空気がおかしい。ただそれは、呪われてるとか、死んだ人のお化けとかとは、なんだか違う気がした。

『まあまあヒトのお嬢さん、こんばんは』

「こんばんは、赤帽子の妖精さん」

 顔見知りの妖精さんが話しかけてきた。

『愛らしいお嬢さんがあんなところ見ているなんて! ダメよ! そこは恐ろしいところだわ! たくさんたくさん死んだのよ! 今でもお化けがいっぱいでるの! 呪われているわ!』

「そうなの? そんな記録なかったって聞いたけど……」

『ええ! ヒトの記録には残るわけないわ!

 だって殺しに悦びを見いだしてしまった妖精が、仲間を大量虐殺した現場だもの! ヒトにはわかるはずもないわ……』

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