録音女
弟の友也が、学校に忘れ物をしたという。
「夜の学校くらい一人で忍びこめよ友也ァ。ほんとに俺の弟か? ビビりマン」
「ひ、日陰兄といっしょにしないでよ……」
小学校にもう明かりはついていない。そんな暗い小学校に、更に暗い裏門から侵入する。携帯を学校に忘れたお間抜けな弟に懇願されて、ついてきてあげた優しいお兄様が俺である。
「夜にお化けがでるんだよ……でも携帯ないと今日のオンラインゲームの集まりに間に合わないし……」
「へー」
七不思議的なやつだろうか。今度三島を連れてこようか、と考えながら窓から降り注ぐ月光を頼りに暗い廊下を歩いていると、声が聞こえた。
『かーなーちゃーん! あーそーぼー! はやく! はやく!』
朗らかな少女の声。昼間ならともかく、真夜中の学校では不自然なことこの上ない。
『これを小数点といいます』『わかんない!』『もっと手首を! こう!』『ジャンプ読んだ?』『ねえ、これかわいい!』
次々と、声が流れてくる。大人も子供も女も男も、様々な声が聞こえてくる。全てはこの先の、曲がり角から。
『ねえ、今日は何作ろっか?』
女がいた。肌は紙のように白く、肋が浮くほど痩せていて、ボサボサとした黒髪は腰まで体に垂れていた。服は何もきていない。一糸纏わぬ裸体だ。
そして何よりも、顔面いっぱいに大きく羅開く口。目も鼻もなく、額あたりまでの大きな口をぽかんと開けていた。歯も歯茎も唇も、人の何倍も大きい。
「うわあああでたあああ録音女だああああ!!!!!」
『新しいの買ったんだー』
「なんだよアレ」
一目散に逃げようとした友也をひっつかんで聞く。
「ろ、録音女だよ。なんでかわかんないけど、ああやって学校の中の会話を真似するんだ。声までそっくりで……ほんとにいただなんて……」
「ふーん。変なの。まあいいやほら携帯とってこねえと」
「いやだよおおお録音女の横通らないといけないじゃんんんんん!!!!」
「ふーん」
友也を小脇に抱えて録音女の前に進む。
「こんばんはー」
『こんばんはー』
「チーッス」
『チーッス』
悠々と横を通り過ぎて、教室に着く。
「なんだただのちょっと面白え女じゃねえか」
「うう……なんで日陰兄は平気なのさ……」
携帯を回収して、再び録音女の横を通る。
『ユースケくん、好きです。付き合ってください!』
女の子の声だ。誰だか分からんがおませさんだなぁ、と微笑ましく思いながら、学校をあとにする。
外に出たあたりで気付く。友也が妙に静かだ。
「おい、どうした」
「さっきの………さっき横通ったときの……」
「?」
「女の子の声……好きですって言ってたやつ……あれ、僕が好きな子の声…………………」
考える。さっきはユースケくん好きですと告白していた。
そして我が弟の名前は友也である。
「……まあ、次の女見つけろ。さすがに他の男に告白してる子は諦めろ」
「ううううううぅぅぅ……………」
泣き出した友也を慰めながら、星空の下、我が家へと帰るのだった。