白線にまつわるフォークロア
私には霊感がある。
霊感があるからお化けが視える。では霊感がない人には『そういうもの』がわからないのかというと、きっと違うのだと思う。
「白いとこから落ちたら負けだからな! 黒いところは地獄だからな!」
家の近くの人気のない道路で、子供たちがきゃあきゃあ言いながら信号がない横断歩道を渡っていた。いかにも子供らしい単純なルールだ。一人の子供がバランスを崩して黒い部分を踏むと、めざとい子供が「お前地獄な!」と高らかに声を上げた。黒い部分を踏んだ子はゾンビのようなうなり声をあげながら他の子供たちに突進し、他の子たちは「地獄がうつるぞー!」「バリアー!」と叫んでいる。そういうルールなのだろう。逃げる方も、追う方も、どちらもとても楽しそうだ。
子供たちが去った後、私は横断歩道の白線を見つめる。黒い部分に、先ほどの子供たちが落としたのか、それとも前からあったのかーーー小さなクマのキーホルダーが落ちていた。
つぷ、と。
突然に、そしてゆっくりと、キーホルダーが黒い部分へと沈んでいく。ただのコンクリートであるはずの場所に、キーホルダーは飲まれていく。背中を、腕を、足を、頭を順々に沈めていき、やがて全身が横断歩道の黒い部分へと吸い込まれていった。
私はそれを見届けてから、キーホルダーがあった場所に触れる。ただのざらざらしたコンクリートだ。
「みんな、本当は分かるんだね」
呟く。私みたいにはっきりと視えないだけで、みんな心の奥底で察しているのだ。
道路の白線の上は安全でーーーそれ以外には、触れてはならない。
だってそこには、『何か』がいるから。
「黒いところは地獄かあ」
どんなところなんだろう、と想像を膨らませながら、私は横断歩道の白線の上を渡った。