全てが欠けたエンドロール
はい、書きました。最終回です。後書きでは、色々と今後?について長々と書いてしまったのでここでも言っておきます。
読んで頂き、本当にありがとうございました。
里見レイ
その槍に、殺気はある。しかし、殺意はない。
その眼に、哀しみは写されている。ただ、憎しみは見えない。
そして、その唇から発せられた言葉は虚無に満ちた空間を一気に震わせることになった。
「俺は、もう誰かの悲鳴や苦痛なんて聞きたくない」
風など存在しない無の場所であるにも関わらず、この言葉を放った秀介の周りは哀愁に満ちた秋風が吹いたように見えた。
「もう、疲れた。観察者の大将は既に脱落した。もはや戦国大名と言う立ち位置もない。なのに、何故俺はまだ人を殺めねばならない!? もはや、流す涙すらない俺でも一応人間なんだぞ。なのに、お前は何故こんな惨い仕打ちをする?」
秀介は遂に精神が崩壊してしまった。いや、むしろ良く今まで耐えてきたと考えるべきなのかもしれない。実の子供のように可愛がっていた子供たち、友人同様に支え合っていた後輩などを目の前で失って、失わせてきたのだ。
「秀介様。私は、貴方に死んで欲しくないんですよ。だから、まずは私を殺してください。その後なら、一応何をしても構いませんので」
無茶苦茶な請求を叶は口にした。彼を苦しめている張本人が言う台詞ではない。
「ああ、もう。俺は、まだ人を殺さねばならぬのか!? 最期まで力を出し切ってお前に殺されれば全てが上手く行ったものを......」
「先輩......」
嘆いても、意味はない。この世界から退場したいのに、出来ない。生き地獄とは、まさにこのことである。先程まで正面から意見が食い違っていた優姫すら、自身の精神状態を差し置いて心配するレベルである。
「......分かった。殺してやる、から、こっちに、来い、叶」
数秒の間があり、遂に秀介は決意をした。俯いたまま、表情は見えない。
「はい、秀介様。貴方様のその手でここから抜け出せること、嬉しく思います」
涙ながらに笑いながら近寄ってくる叶。彼女も、辛かったのかもしれない。
「......最後に、一ついいか?」
「......はい」
秀介は、これで終わるのだからとばかりに優しい声になった。叶の右耳に顔を近づけ、彼女にしか聞こえない声量でこう言った。
「これからは、何にも縛られないで生きて欲しい。元の時代? 世界? に戻ったら、われらはまた赤の他人だ。お前は、我と関わらない方が幸せだからな」
そして、叶の返事を待たずに彼女の胸に槍を突き刺した。妻の返り血が、槍を動かした自分の右肩をべっとりと汚す。
「秀介様、それでも私、は!」
笑顔と涙、そこに血と苦し気な言葉が叶から噴き出す。その全身から訴えかける彼女の想いは、何となくだが全員に伝わる。
「すまん、叶」
秀介は、結局彼女を直視できなかった。そのまま塵になる叶に、秀介はただ俯く他になかった。
「先輩」
叶の塵すら見えなくなった頃、優姫が秀介に声をかける。
「叶は、先輩の事を物凄く愛していたと思います」
「そうだな。何故か知らんが、あいつは俺に尽くそうとしていたな」
「先ほどの、叶の最期から察しますけど。どうせ先輩の事だから『元に戻ったら赤の他人な』とか囁いたんじゃないですか?」
「......」
「先輩は、元の世界に戻ったら叶が自分との関係で苦しむと思ったからそう言ったのでしょう。しかし、彼女には逆効果です。あの子は、いつまでも先輩に執着すると思いますよ」
「だとしても、あいつは俺といると不幸になる。周りが見えなくなりそうだし、俺と会うたびに罪悪感に蝕まれると思うんだ」
秀介は、未だに顔を上げない。もはや、後輩と話すのも億劫なのである。
「父上......」
「中山さん、俺たちはどうする? 多分だけど、ここに三人もいたら元の時代に帰れないんじゃないかな?」
茶々子と歩、二人も口を開く。しかし、それ以上何かを言うことは出来なかった。
「私は雷光寺さんと一緒に退場できるなら、それでいいですよ。思い残した事に関しては、帰ってからした方が良いでしょうし」
「分かった......井田! このまま俺たちもお願いできないか? ここまで来れば、何人殺しても同じだろ? それに、実際に死ぬわけではないんだし」
歩は、何かに踏ん切りがついたみたいだった。寄り添っている優姫を強く抱き寄せ、真っすぐと秀介に視線を向ける。
「......」
「先輩、私からもお願いします。先輩も早めに元の世界に帰りたいのなら、他の被験者をさっさと退場させるべきじゃないですか? そしたら、私が早めに叶のフォローしておきますので」
「中山。俺は、間違っていないよな? 守るべき民の為に、共に戦ってきた後輩達の為に、そして、大事な家族の為に戦ってきた。それなのに、何故俺がそいつらを殺さなければならなかったんだ? 結局、全部自分が生きる為に、自分が元の世界に帰る為に全員殺さなければならない。俺は、自分から退場するという選択肢はあったのか? 逃げてよかったのか? 結局、俺は必死に戦い抜いて何か意味があったのか? それだけ、教えてくれ......」
もはや、彼の中に「戦国大名 浅井長政」としての矜持や使命は抜け落ちていた。一人の少年、あらゆる鬼畜な体験をした果てに壊れてしまった哀れな高校生である。
「意味は、あったと思いますよ。ただ、それで先輩が喜べるかどうかは別ですけど」
「何をすれば、こんな思いをしなくて済んだ?」
「先輩が、優しくなければ。本物の織田信長みたいに部下を能力と気概のみで判断していれば。はたまた、もっと冷たい大名でいられれば、先輩はただの『実験場での勝者』としてこのゲームをクリアし、元の世界に戻れたでしょうね」
「......今後は、そうするとしよう。あればの話だがな」
秀介は一つ、大きなため息をついた。こんなこと、二度とご免だ。誰も幸せにならない世界など、何個もいらない。
「とりあえず、お前らの希望は分かった。一思いに殺してやる」
槍を再び構えた。優姫と歩は互いに身を寄せ、その時を待つ。
「高校生へ早めに戻って、違和感なく俺を溶け込ませてくれよ」
その言葉が二人の耳に届くや否や、秀介の槍は二人の胸元を貫いた。そのまま、何も返事をしないで倒れる同級生と後輩。笑顔だから、まあ別に良いだろう。
こうして、この空間から秀介の以前からの知り合いはいなくなった。
「父上......」
そして、残ったのはこの時代で出会った少女、茶々子のみ。さっきから、ずっと心配そうな顔で秀介を見つめている。そして秀介は、何かに限界を感じ屈み込んだ。
「すまんな、茶々子。父親として、この上なく情けない姿を見せてしまったようだ」
「良いんです。それだけ父上が、母上を愛していたということですから」
「......お前とも、そろそろお別れだ。俺は、元居た世界に戻るだろうから。お前も、すぐに俺たちとの記憶を忘れて、昔の生活に戻るだろうからな」
いくら作られた別世界とは言え、茶々子たちにもモデルとなった人物がいたはずだ。実験が終了すれば、秀介たちとの関わりは記憶から抹消されるはずである。
「......茶々子は、父上の事を忘れたくありません」
「!?」
「茶々子にとっては、父上と過ごした全てが大切な思い出なんです。何が起ころうとも、茶々子は父上の娘なんです」
茶々子は、そう言ってトコトコと秀介に近づく。更に。
「茶々、子!?」
彼女は姿勢が低くなっていた秀介の肩に腕を回し、そのまま自分の胸へと引き寄せる。
「父上、愛してますよ。父上の事は、絶対に忘れません。例え、どこか別の場所で父上にお会いしても、茶々子は父上を認識し、お支えします」
勢いそのまま、茶々子は秀介と額を合わせた。目をつぶり、時間を置きながら不安な心を消し去る。そして、何か大事なものを静かに父へ送り込んだ。。
「......茶々子。君は一体?」
「茶々子にも、全ては分かりません。ただ、郡山城で父上がいない間、母上から念を受け取っておりました。それを、最後にお伝えしたくて......」
この親子にとって、これが最後の時間になるはずだ。そこに、あらゆる情報と将来の誓いを見せる愛娘。若干の動揺をする秀介。
「茶々子、茶々、子?」
彼は、娘に母親の面影を見た。勿論、自分たちと彼女は直接的な親子の血が流れていない。しかし、もしかしたら妻と娘は血の繋がりがあるのではないか、そう感じた。
「なんか、叶に似ていたぞ。将来は、あいつみたいな良い女になりそうだな」
「ふふ、ありがとうございます。いつか、私も良き母親になりますね」
「そうだな。きっと、お前なら良い母になるな。きっと、お前の子供も......」
秀介は、ここから先を言うのは控えた。未来の話を、見知ったように語ってはいけない。
「......さて、そろそろ時間の様だ。散々苦しい思いをしたんだ。最後くらいは、苦しまないで退場しても良いよな」
秀介の周りが、白く光り始めた。まあ、この空間自体が白で満たされているから分かりにくいが。
「父上、お元気で」
目の前にいる娘に触れている感覚がなくなった頃、茶々子は目に一杯の涙を貯めながら笑顔を秀介に向けた。
「ああ......あり、が、とう」
秀介は、喉が詰まる中言葉を絞り出す。娘が笑顔で送ろうとしているのだ、父に涙は許されない。
そして、彼の返事が茶々子へ届いたかどうか分からないまま秀介の意識は途絶えた。
「......てか。俺が何処で意識を失って戦国に行ったのか、すっかり忘れてたなあ」
秀介が目覚めたのは、クラスのベランダ。ポカポカと照らす春の暖かな光。ゆったりと流れる昼下がりの春風。何か月も向こうにいた為、記憶を取り戻すのに時間がかかってしまった。
「あ、今日4月28日か。研究会って、大会とかないからね。さっさと引退して受験勉強しようと思ってたんだよなあ。てか、あいつらだけで勧誘上手くいくのかねえ」
彼の思考回路が順調に日常へ切り替わる中、その作業を加速させる出来事が起こった。
「井田~いつまで兼好法師ごっこしてるんだ? 日本史始まるぞ~」
「......ああ、今行く。サンキュー......加藤」
丸二年一緒だったクラスメイトの名前すら、思い出すのも時間がかかる。しかし、言うまでもなく友の存在は日常だ。
「寝ぼけてんなあ。俺たち受験生だぞ~。しっかりしろ~」
「ったく、お前の方が日本史苦手なくせによく言うわ」
秀介は苦笑いしつつ、ベランダから教室へと戻った。どこかに投げ捨てたかもしれない、槍の存在を蹴飛ばして。
ここまで読んで頂きありがとうございました。私の事実上の処女作になるものですので、何とか完結させられてホッとしました。しかし、今までの後書きを覚えている方ならこう思ったと思います。「あれ、この作品三部作なのでは?」と。加えて、「一年以上前にエタらせた作品を更新したと思ったらこれで終わり?」みたいな疑問があると思いますのでここで全て説明します。
まず、本当に今回の話が最終回になるのかです。結論から申し上げますと「使命の槍と宿命の刀」は最終回となります。そして、色々と設定にテコ入れをしてリメイクをします。処女作ということもあり、サイトの傾向などを全て気にせず説明不足。更には「更新が不定期」「一話当たりが短い」「描写が全体的に雑」「設定が分かりずらい」など今振り返ると恥ずかしくなる減点要素ばかり。題名、設定、を中心にフルリメイクしたいと考えています。
次に、第二部以降の存在はどうなるのか。本来は第二部を「運命の弓と天命の馬」第三部を「真実の血脈と未来への咆哮」といった題名にして続きを書くつもりでした。しかし、第一部をフルリメイクしたいので一旦ですが執筆しないと思います。リメイク第一部を書き終えたら、執筆したいですね。元々、第二部や第三部の新キャラ、構想などは既に出来ています。なので、完全に消え去ることはないと思います。
最後に、具体的に何処をリメイクするかについて軽く説明します。まず、舞台設定です。本作では「元々の時間に存在した戦国時代に手を加え、被験者を実在する戦国武将としてセッティングする」「武力や魔力などの特殊能力を付与し、戦わせる」「その際の心理を分析する」といった設定で行ってきました。しかし、特殊能力の設定などの説明が不足していた為、あまり良い表現ではなかったと思います。よって、「ステータス画面の表示」や「システム音声の追加」などより実験場・ゲーム画面らしい表現を加えたいですね。その方が分かりやすいと思いますので。あとは、文章形式も隙間なしで行きますかね。その方が無駄なスペースなさそうですし(どちらが良いかは分かりませんけど)。
とりあえず、ケジメはつけたかったのでこの場で完結としました。リメイク版の投稿がいつになるかは不明ですが、一定以上のストックが出来たら放出します。その時は、楽しんで頂けたら幸いです。
改めまして、ここまでのご愛読ありがとうございました。
里見レイ