最後の開戦
そもそも、この実験は秀介をはじめとする過去の人間達を殺し合いに持ち込ませることで様々な限界状態での心理を観察するものである。そして、これまでの各々の反応からでもわかる通り大事な身内の死は大きなショックを与える。
この原理から、というか彼らは観察者の記憶共有より実験終了の条件を認知しているのだ。その方法は、至って単純かつ明快なことであり......
「秀介様、殺し合うのですか? 貴方様と、私で?」
美しきアンドロイドとは、今の彼女の事を言うのだろう。ただ淡々と、愛しているはずの夫に対して開戦の確認を行う叶。
その視線をそのまま受け取り同じ視線を返す秀介。
「そうだな。何人減らせばよいのか分からんが、少なくともこの実験場の夫婦のどちらかが欠けたのなら影響は大きいだろうよ」
「ち、父上!? 母上!? なぜお二人が命を取り合うのです? この世界について茶々子は母上の話からある程度は聞きましたが、これから父上の行おうとしていることは分かりませぬ」
「茶々子。これが私と秀介様の最後の我儘なの! もう私は貴方の母でもないし秀介様は父でもないわ。戦国から四百年以上後の時代に生きる二人の人間による、一つの幕引き。全員が戻るべき場所があって戻らなければなければならないの。ごめんなさい」
「は、母上。茶々子、は......」
満腹の死を秀介に伝えて以降初めての涙を茶々子は流す。しかし、秀介も叶も娘に目を合わせようとしない、出来なかった。
「雷光寺、もし俺たちのどちらかが死んでもまだこの世界が終わらなかったら残ったもう一人を殺して欲しい。流石に、俺たちは実験の最後までいる気にはなれなくてな」
「井田、お前はそこまでやる気なのか? 結局、お前は無益な死のみを嫌うだけで自分の死に関してはもはや願っているレベルなのかよ!?」
「父上! おやめください! せめて、この世界が壊れるとしても! 私は! お二人と! 最後の時を、お迎えしたく......」
歩は、理解と同意が共存できない己の思考に正しさがあるかすらも分からなくなってしまった。彼には秀介の言葉の正しさが分かっても賛成はどうしても出来ないのだ。
そして、遂に茶々子の混乱のレベルは限界値に達した。情報自体は秀介と同じだけ持っていたとしても、基礎知識としての大きなギャップによりこの少女は全てを知らぬまま全てを失いかけている。
「も、もう。終わりなのですね。では秀介様、そろそろ貴方を縛り付けていたあらゆる因縁を排除致しましょうか。始めましょう、最も残酷な夫婦喧嘩、を......」
戦闘態勢の為に腰を落とした影響で、叶の前髪がふわっと彼女の目にかかる。そのおかげで、彼女の表情に涙があったことを秀介は知らなかった。
最終話まで、あと何話になるんでしょうねえ。
里見レイ