退場した疲弊し戦士
世の中に、これほど狂気に駆られた一騎打ちがあっただろうか。三郎と華香の壮絶な打ち合いにおいて、戦術も剣技も存在しない。相手を倒す、その事に全ての神経が使われている。
「アアアアアアアアアアアアア!」
「コロスコロスコロスコロス!」
二人の攻防に横槍を入れる隙は無い。厳密には隙を見つけて攻撃可能ではあるが、理性を失った二人にちょっかいを出すのは得策ではないという事である。
「黒木君一人に任せていいものではないけど、今は手を出さないのが無難だよね」
先ほどから傍観者になっている歩は歯がゆそうにつぶやく。
「しかし、こちらに暴走した二人を同時に抑える力はないと思われます。私も、少しきつい状態でして......」
三郎と入れ替わりに戦場から離れた優姫。歩のもどかしさを理解した受け答えをする。そして、何も言わず彼に寄り掛かる。黙って歩は彼女を受け止める。
『黒木三郎。この女の戦闘意欲を上昇させるための存在なのによく足掻くな。これ以上何もしなければ、この戦国という名の地獄から降りることができるというのに』
どこに存在しているか分からない嘲笑、コウモリの声だ。肉体を失ってもなお、華香の体を使ってこの実験場に存在しているようだ。
「ボク、ハ。カノジョヲ、スクウ。ナニガ、アッテモ」
華香からの攻撃をしっかりと受け止め、コウモリの煽りを決意で返す三郎。己の傷口と愛する者の返り血で既にその肌は真紅に染まっている。
「ワタシハ、スクワレルノカ? オマエヲ、コロソウトシタノニ」
「ソウ......前にも言ったはずだよ、君を助けたいって」
ここに来て三郎、会話面での狂気状態が解除された模様。苦しげな笑顔で超紳士的な発言をする。
「......黒木! お前、この女性を救うには完全なこの世界での死だってことは分かるよな?」
秀介が三郎に聞こえる音量かつ落ち着いた口調で声をかける。
「え、ええ。この戦国は既に滅んでいます。これ以上、彼女を苦しめない為には」
三郎も、腹はくくっている様子だ。その声の震えは、覚悟を反転させて表している。
「ならよい。しかし、お前は二度も置いて逝かれる悲しみを背負わなくて良いから安心しろ」
そして、足元にいる茶々子に離れるよう合図をする。そのまま茶々子は歩の隣へと移った。
「叶」
「は、はい! 秀介様!」
戦闘時、秀介から妻に声をかけたのは非常に珍しい。脊髄反射で彼女は返事をする。
「お前の持つ特殊能力、我の心理を読み取ることはできるか?」
「え、ええ。初めて使うので、長期使用は難しいと思いますが」
「使うのは一瞬で良い。その能力で我の思考から作戦を見てくれ。それを手際よく実行し、この勝負にケリをつけるぞ」
「はい。仰せのままに『偏愛する女神』解放。補助形態007『限界速の信号』起動します......」
叶は目を閉じて秀介の作戦をくみ取る。直後、彼女の顔は凍り付く。
「しゅ、秀介様!? 本気でございますか?」
「この作戦に適したコマンドはなかったか? だったら違う策を練るぞ」
「い、いえ。存在はします。しかし、これを秀介様がご命じなることに驚いておりまして」
二人がそうこう話している間にも、三郎と華香の熾烈な撃ち合いが続く。言語面での理性を取り戻した三郎が劣勢になるかと思いきや、彼の言葉に華香は少なからず動揺し両者互角の状態だ。
「あいつらには、そろそろ休んでもらっていいだろう。我らと違って、これ以上戦いを続ける意欲自体残っていないのだからな」
「......分かりました。秀介様がそう仰るのなら。ごめんなさい、優姫」
これが、叶による戦いの幕引きの合図となった。それを聞くと同時に槍を持って走り出す秀介。
「安らかに眠れ、我が時代の疲れ果てた戦士たちよ」
それこそ、秀介が放つ終幕の執行である。
「せ、先輩?」
「......イダ、シュウスケ?」
彼の槍は、三郎と華香二人の体を綺麗に貫通させる。
「『偏愛する女神』解放。攻撃形態008『傍観する道ずれ』起動。お疲れ様、黒木君、戸谷さん」
「さ、サブロー! 華香!? ど、どうして......」
歩に寄り掛かったおかげで多少回復した優姫であったが、これは一撃必殺並みに精神を崩壊させることになった。
幼馴染と親友の体を紫色に溶かしていく姿は到底認められたものではないと彼女の目は語っていた。
一気に書き上げたらなかなかのボリュームになってしまいました。スピード感はあると思うので、まだ気軽に読める範囲だと思います。
お手数でなければ、ブックマークと評価の程宜しくお願いします。
里見レイ