郡山の午前
朝日は日本どこでもほぼ同じタイミングで登って来る。これは、甲斐でも大和でも同じこと。
今日も、郡山城に静寂の継続を告げる夜明けが訪れた。
「......おはよう」
当主としての務めが実質無くなっても、秀介の朝は早かった。しかし、槍の鍛錬はもう行っていない。浅井は実質滅亡し、彼にはもう戦う理由はないのだ。
代わりに、彼は一人暮らしのフリーターのような生活をしている。いや、厳密には少し違うが。
「山菜って、どのくらい残っていたっけ? あと、米蔵の在庫に、金蔵の資金残高を確認してっと。この感じだと、あと三年は大丈夫そうだな」
紙と筆を持ちながら、秀介はチマチマと生活費の計算。彼の頭の中には、商人としてこれらの資材を使うことも視野に入れてある。
「さて、そろそろ朝食を作らないとな」
デスクワークもほどほどに、秀介は厨房へと足を運ぶ。戦国時代の炊飯も楽ではない。彼は毎朝懸命に朝食作りに励んでいるのだ。
さて、かれこれ数時間後。時刻は休日の朝食時となった。
出来上がった料理を元居たところまで運ぶ。
「さて、ご飯にしようか。......朝だぞ、茶々子」
そして、隣で寝ている少女の頭をそって撫でた。
「う、うーん。父上、おはようございます」
秀介に残された最後の子、茶々子は年相応の無邪気な顔で挨拶する。しかし、彼女はもう秀介に突進するような甘えっぷりを見せなかった。
「今日も、父上は悲しげな顔をしておりますね」
「......茶々子、お前だけは死なせないからな」
彼は娘を強く抱きしめた。そのまま秀介は黙って目をつぶる。これが、静寂継続のサインだ。
さて。それから少し経った後、 秀介は茶々子を開放し朝食に入った。ここでも、二人の間に会話はない。そして食べ終わると秀介は皿洗いへと向かい、茶々子は一人で何もしない。
いや、厳密には一人の人間を待っている。父親の秀介は願わなくても戻って来るから待っていない。そう、この娘が待っているのは......
「茶々子、入って大丈夫ですか?」
「ええ、父上は今食事の後片付けに言っておりまする」
すっと部屋の戸が開き、そこには彼女の母である叶がいた。
「茶々子、お父上はどうですか?」
叶は茶々子の隣に座っていつものように尋ねる。
「いつもと変わりませぬ。ただ静かに茶々子を死なせないと言っているだけで」
「そう、あの人がいつも通りならまだ死に急ぐことはないですね」
「母上は、何故父上とお会いになろうとしないのですか? 以前のように無理やり会いにいらしても良いのですよ!」
「大丈夫ですよ。母は茶々子の知らないところでお父上に会っておりますから」
叶の返事に嘘は見えない。しかし、彼女はこれ以上茶々子に話すつもりはないようだ。それは、これが悪魔償還の儀式のような残酷さを秘めていたからである。
お久しぶりです。忙しいです