別離した悪魔
「おはよう、桜庭丸! 君が今無事ここにいることに僕は幸せを感じてしまうよ」
さて、朝日が昇り吉樹がテントから元気に出てくる。本物の鶏は夜明けと一緒に鳴き声を上げるわけではないが、この男は夜明けと同時にテンションを上げてくる。
「あ、吉樹おはよう。お前の過保護はどうにかならないのかね? 朝から重いのだがなあ」
一方の桜庭丸は、朝でも夜でもテンションはスケートリンク並みに平らで変わらない。後ろから吉樹の後を追って出てくる輝人を確認しながら朝食の準備を始める。
「桜庭丸の旦那! 今日は何ですかい?」
寝僕た表情をしながら輝人は問う。そして、まだ出てきていない太一と露子のテントへと向かう。
「ま、旅の名物だな。野草と糒の簡易味噌汁。汁物として出せる分、戦場よりもキャンプとしてよいものが出ているのだから贅沢は言うなよ?」
どこから出してきたのか、キャンプ用の食器らしきものを取り出した桜庭丸はせっせと盛り付けを始めた。この男、地味に色々なことをこなすのだった。
「なあ、兄貴、旦那ー!」
と、ここで輝人が間の抜けた声で質問をしだす。
「あー?」
「なーにー?」
何気ない朝の会話、これから命を懸けて戦う戦士たちにもその様な時は存在する。
「下原と春日部、いないのだけど......」
「......はあ、そうかいな。はいはい......」
「え? まあ、まあね......」
前言撤回、再び戦士たちの周りに重い空気が漂い始める。彼らに精神の休息は、存在しない。
「あのう、太一様。流石に置手紙くらいした方が良かったのではないですか? 何も知らせずに別行動というのは、先輩たちに悪いのでは?」
「いや、敵を欺くなら味方から。先輩たちにも大いに背水に立ってもらい、一気にあいつらを滅ぼしにかかる。時間をかけてはあいつらも十分に備えてきてしまうからな。既に俺たちの侵攻がバレているかもしれないし、これは良い奇策だろ」
吉樹たちのテントから数キロ北へ行ったところにある洞窟、太一たちの姿はあった。
「しかし、私たちだけで茂様たちを倒すのはさすがに無理があるのでは......」
「いや、俺たちだけではない」
背中を向きながらも太一は露子の口を的確に手でふさぐ。
「このよく分からない戦国にだって民がいれば山賊もいる。手駒なんていくらでも増やすことができるんだよ。そう、俺が悪魔になればな......」
「......太一様が、悪魔。これは、私の責任なのですね」
逆光の都合でよく分からないが、太一は確かに悪魔のように笑っていた。そして、反対に露子の表情は沈む。彼は、かつて本当に悪魔になったことがあるからだ。それを思い出した彼女の体は、本能的に震えるのだった。
さて、そろそろ秀介のシーンも書かないとですね。次は再び舞台を大和郡山城へと移します。里見レイ