解放された表情
「......意地を張らずとも、和田先輩も鈴木先輩も太一様を非難することはないと思いますよ。貴方様は佳乃様や茂様を倒す上で欠かせない存在なのですから」
外で桜庭丸が抱き合っている一方、下原太一はテントの中で隣の女にそう声を掛けられ手を握られた。そう、彼の従者である露子からである。
「何の話だい? っとボケるのは無駄なあがきか。まさかこんなに簡単にバレたとはね」
「何年貴方のお傍にいたとお考えですか? 苦し紛れに仰った出まかせなどすぐにわかりますよ」
露子の口調には若干の怒りが込められていた。太一を握る手の力が強くなる。
「沙恵さんや美樹さんが死んだショックに立ち直っていつもの太一様に戻ったかと思いきや、やはり気にしていらっしゃるのですね? 佳乃様と茂様をご自分のせいでこのようにしてしまったと」
「おや、そっちの話かい? 誘導尋問だとしても答えるけど、俺が特殊能力を習得していないことに嘘をついていることかと思ったんだけどね。佳乃姉さんと茂の事はもうとっくに割り切っているのだけどね?」
太一は露子に対して背中を向けている。ただ、後ろから感じる微かな息遣いで彼女の心境を理解することはできた。露子は、本気だ。
「特殊能力なんて、あってもなくても太一様には関係のないお話です。貴方様がこの戦いに勝てるかどうかの要素は一つ、本気でお二方を殺せるかです」
露子の吐息は確実に太一の精神へと響く。その鋭さは針以上だ。
「殺さなくてもいいだろ。二人に負けを認めさせれば俺たちはその先に進むことができるはずなんだからさ。実際の戦国だって、敗れた大名が全員死ぬわけではないだろ?」
その声自体はいつも通りの太一だが、その奥には底知れぬ負の感情があった。
「いいえ。恐らく茂様も佳乃様もその命が尽きるまで私たちと戦うおつもりなのは太一様も分かってらっしゃるだろうに」
「......それでも、俺は二人には死んでほしくない。元の時代に戻っても、みんなでまた仲良く暮らしたい。下原は俺だけでは切り盛りできないから、俺は二人を取り返したい。それが駄目なら、俺は下原の家を捨てたいくらいだ」
そして、崩れ始めた砂山のように太一の声は弱くなっていく。
「太一様、そんな夢を未だにお持ちなのですか?」
露子は太一の手を握っていないもう片方の手で彼の首に触れる。力はこもってはいないが、爪はしっかりと首元にあたっている。
「貴方様は、下原家唯一の跡取りにしてただ一人の一族の人間なのです。お父上が茂様と佳乃様の失脚を暗黙で承認してしまった時点でその夢は絶対に実現不可能なのです。太一様はまだそれを諦め切れておられていない。見ていればすぐわかる話ですが、まさか口に出されるほどとは......」
露子は軽くため息をついた。まあ、自分の主がここまで弱気なら無理のない話だが。
「それじゃあさ、露子......」
と、ここで太一の口ぶりが急に重くなる。そのまま露子の手を振り払って、体を反転。
「......俺はこれから、俺が思うようにすべてを奪いに行っていいわけ? 何年も被っていた愚かな仮面を脱ぎ捨てて、俺たち以外の全てを社会的に抹殺するくらいに本気を出していいってこと?」
反転した勢いで今度は太一が露子の首元に手を当てる。爪を立てず、その手で包み込んでいる。
「太一様。まさか、私たちしか知らないあの太一様を......」
数年ぶりに表に出た太一の顔は、露子に感激と絶望を投げつけた。
さて、下原家の人間は過去と現在が複雑に絡まっておりまして。私自身楽しく考えながら書いてます。矛盾がないようには気を付けていますが、あったらごめんなさい。里見レイ