求めるもの、怯えること
人にとって、恐怖というものは主に生命の危機を感じた時に湧き上がる感情だ。痛覚と同じように、現状へ警鐘を鳴らしているのである。しかし、生命の危機と一口に言っても痛覚に関係するものばかりではない。
そう、現在の鈴木桜庭丸の状態は命の危機でも痛覚の作動でもないのに恐怖で言い表すことができるのだ......
「春海、俺はどうなってしまったのだ? お前が目の前にいて触れられただけで何も考えられなくなってるぞ......」
体が操られたかのように桜庭丸の動きは目の前の女を抱きしめることのみに縛られていた。いや、彼の本能がそのようにさせているのだ。
「これを拒んではいけないからね、私にとっての可能性さん。さもなければ、貴方は特殊能力なしであのチートな者たちと戦わなければならないのよ」
あれからおよそ一時間。桜庭丸は春海と抱き合ったまま動けない、いや動きたくなくなってしまっていた。肉体的にも精神的にもかれは一切傷ついていない。しかし、彼の心は理性的に恐怖を感じているのだ。
「第一、俺とお前は数回顔を合わせた程度。女と禄に関わったことない俺が知り合い程度の、しかも敵の女を長時間抱きしめるなど。普通はあり得ない。これが、この戦国での特殊能力なのか?」
桜庭丸は自問自答に一生懸命で春海の話が頭に入ってこない。理性と本能がしのぎを削っており、他社と関わる余裕などないのだ。
「もっと素直になれば苦しむ必要などないのに。ほら、認めなさい。貴方は私を本能的に愛しており、私と知略を尽くした合戦をするためならどんな手段も選ぶ気はないとね?」
「お前が俺をこのようにしたのは認めているようだが、これはただの洗脳ではないのか? 傍から見れば、お前は恋愛感情になぞらえて俺を誘惑しているのと同じだ。戦いたいという心境には、見えないのだがな......」
彼の心の整理もひと段落したようで、彼女に質問をぶつけた。
「そうねえ。確かにこれは悪い魔女が無垢な男を闇に落とそうとしているだけにしか見えないかもしれないわね。けど、貴方の特殊能力は私との意識共有が威力に大きく関わるのよ。こうしている間も、貴方の特殊能力は黄泉の国の軍勢をしのぐ域に達しようとしているわ」
春海は頬を桜庭丸の胸元に摺り寄せながら答えた。一度目をつぶった彼女はただの恋する乙女にしか見えない。しかし、すぐ後に開いた彼女の目は違っていた。
「私は貴方を求めている。けど、それはそこら辺の恋物語にうつつを抜かす乙女のような薄くて軽いものではないわ。知恵を、戦術を、さらには命を削りあって戦う相手として私は貴方を求めている。私の用意してゲームステージで一生かかっても私を飽きさせることなく戦わせてくれるのは、恐らく貴方だけなんだから......」
開かれた春海の目は戦闘前に胸を高鳴らせた狂人のもの。そう、桜庭丸は「永遠」という言葉が自分に迫ってきていることに恐怖を感じているのだ。
まだこの陣営での描写が多くなりそうですが、私としては好きなシーンなので楽しく書いていこうと思います。里見レイ