夢と静寂
「......貴方はどうして私と結婚したのですか?」
「何度も言ったと思うのだがな。お前を妻にしたかったから、妻として側にいて欲しかったからだ。今のご時世、好きでも無い人と結婚しない方が珍しいのだからな」
目の前にいる中年夫婦の影、秀介はそれを影から見ている。体に自由は効いていない。
「本当に、私を愛していたから結婚したのですか?」
「当たり前だ。俺は結婚してからの数十年、浮気すらしていないのだぞ」
(何の話なんだ? これが夢だとしたら、妙に生々しいし既視感があるのだが)
秀介自身は、この状況を一切理解できていない。特に、この夫婦の声には聞き覚えがあるのだ。
「では、何故私が貴方のために行った数々の物事を否定なさるのです? 全て貴方の為だったのに」
「競合相手の妻に不倫をそそのかす。暴力団を使って上司の家を全焼させる。手段があまりにも非合法なんだよ。そんなもので得た地位や名誉なんて全く嬉しくないぞ!」
男の怒鳴り声、これには秀介も若干の聞き覚えがあった。
「そうですか。では、これを」
女が渡したのは一通の手紙。
「私の遺書です。これ以上、私にはできることがありません。さようなら、秀介様。貴方と過ごせて、私は本当に幸せでございました」
「おい、まさか叶。そのポットの中にガソリンを......」
直後、大きな爆発により陰から眺めていた秀介にも炎の手が回って来る。
「秀介に叶って。もしかして、未来の俺た......」
彼は再び意識を途切れさせた。
「......叶よ」
「父上! お目覚めになられましたか。ウワーン!!」
夢から戻って来た秀介が目にしたのは近すぎてよくわからない人影と聞きなれた少女の声だった。
「茶々子か。我は、一体なぜお前に抱えられている? 市や満腹はどこだ? あのヒバリって女は攻撃をやめたのか? それとも......」
秀介は一度娘を離し、辺りを確認した。二人がいるのは、恐らく郡山城の一室だ。焦りと不安により彼の質問は止まらない。それもそのはず、自分が生死の危機に合っていたかもしれない間に意識を失っていたのだから。
「父上、落ち着いてください! あ、あのですね。母上が、母上が......」
秀介を落ち着けようとする一方、茶々子自身は泣いてしまう。
「市がどうした? あの女との闘い中に何かあったのか?」
「いえ、母上はお兄を、こっ、殺しました。その際、茶々子たちを捕らえていたカラスという男も倒しましたで、ございます......」
「......泣いていいぞ、茶々子」
事の顛末がおおむね予想道理だった秀介は茶々子を抱き返した。そして、優しく頭をなでる。
「我が倒れている間に、お前には酷いことをさせてしまった。今くらいは、いつものお前のように我に甘えよ。お前にまで我慢して欲しくないのでな」
「う、うう。父上ー!!!」
寂れた城内に、少女の鳴き声がこだまする。平和なる静寂は、悲しみと波乱の狭間にある一時の休憩に過ぎないのだ。
そろそろ、視点を変えて下原一族を描きたいですね。里見レイ