踏み込んだ話
「叶、何用だ?」
郡山城から東に数キロ、浅井軍の本陣の垂れ幕を秀介はくぐりながら問いかける。
陣の内側にいるのは叶ただ一人。秀介に伝言した満腹の姿もない。怪しさに秀介は顔を曇らせる。
「まさか、ここまで来て我を強引に止めるつもりか? この大和攻略に反対しているのはお主、黒木、高虎だけだというのに?」
「いいえ、もはや貴方をお止めすることはできません。しかし、その前に貴方に言っておきたいことがあるんです」
「無理するな、とかか? そんな馬鹿馬鹿しい話は止めろよ。下手なお主の気遣いは、むしろ我の癪に障るのだからな」
秀介はかなりひどい言葉を叶に投げつける。二人の信頼関係というものは、今や非常に複雑かつ険悪になっているのだ。
「流石に、そんなことは言いません。私が言いたいのは......」
叶はここで一度話を切る。その後、大きく息を吸って
「秀介様。私はあなたに愛を持ってお仕えするつもりです。秀介様は、私への愛はおありではないのでしょうか?」
その少女は、鋭さと哀しさを持ち合わせた瞳で夫役の少年を見つめていた。
「......愛か。仮にも今、我らは夫婦なのだ。夫婦として、同じ民を持つものとして互いへの信頼というものは出会った当初よりはある。それに、現在我らは共通の敵を相手に戦っている。その面で言えば、我はお主をとても信頼しているのであって愛と呼べるのではないか?」
秀介は少し考えた後、言葉を選ぶようにして答えた。表情は、先ほどと変わらない。
「いいえ。私が言いたいのは私を立場でなく人間として愛してくださっているかです」
直後、叶は急に立ち上がり秀介の間合いへと飛び込む。
「この成川叶を、愛するべき、傍にいるべき女として見ていてくださっていますか、秀介様?」
叶は秀介の胸元をぎゅっと握りしめ、すがる声で問う。秀介の顔面は困惑に凍り付かされている。
「お前、このタイミングでその話を持ち出すのか......」
背中を精一杯後ろに反らし、目線も叶と合わせようとしない秀介。額には汗もかき始めている。
「このタイミングだからこそです。私は、貴方のお気持ちを知りたい。私は貴方を愛している、秀介様はどうなんですか? 教えてください」
「......愛している、と言えば納得するのか?」
「安心はしますし、とても嬉しいです。納得というのは、どういうことか分かりませんが」
「俺の戦いに賛同して、邪魔をしないという事だ」
話していくうちに秀介の顔から困惑が消え、いつものような氷の瞳に戻る。
「そ、それは分かりかねます。私は常日頃、秀介様を第一に考えて行動しております。私が良かれと思っても、秀介様にとってそれが邪魔になる可能性は十分にあり得ます」
叶からは逆に勢いが消え、目線をそらし始める。
「愛していない、と言えば?」
「......悲しくはなります。しかし、それでも秀介様の為にこの身をささげる所存でございます」
「なるほどな......」
秀介はここで一度間を置く。安易に結論を出そうとせず、しっかりと考えているのだ。
その間に、一秒一秒が重く過ぎ去っていく。
「......では、こう答えよう。その件に関して俺は結論を出さない、とな」
少年の冷え切った瞳はまっすぐに少女を捉える。
まるで、二人の間に雪解けはないかのように......
お久しぶりです。そろそろ終盤なんですが、構想に緻密さが欠けていたのでなかなか進みません。少しずつやっていきたいと思います。
里見レイ