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6 元勇者と現勇者、そして元魔王

「魔王よ! もう逃しはしないッ!!」


 エントランスの方から、あのときの戦士の声が鳴り響いた。

 俺はくるまった布団から顔だけを出して幹部に舌打ちする。


 戦士が引き返すことなくやってきたということは、ダンジョンめぐりのお願いは上手くいかなかったということで、それはすなわち俺ピンチってこと。


 でも確かに、勇者からすればダンジョンなんてどうでもいいんだろう。敵は魔王である俺一人。手付金で釣れるのなら王様の部屋にいたときにとっくに釣れていたはずだ。


 城中に拡散した宝箱の効果ももはや期待できないと判断した俺は、こっそりと部屋から抜け出した。



「どこへ行くつもりだ?」


 急に背後から声をかけられた。


 思わず肩がキュッと吊り上がる。

 あまりの恐怖に、首から上だけを捻って後ろを振り返った。


「また逃げ出すのか?」


 戦士が剣を手にしたまま仁王立ちしていた。

 幹部はどうした!?

 つい魔王っぽく声を張り上げそうになったが、考えてみると、なんと言っても前回も勇者と同行して魔王を倒している強者だ。金でひょこひょこと着いてきた幹部連中とは訳が違う。


 しかし好都合な面もあった。


 勇者一行と聞いていた割には、目の前にはこいつ一人。叫び声や怒声からして、戦士の仲間と俺の仲間は今も尚やり合っていると想像できた。


 だからこそ好都合だった。


 買収ではなく、今こそさらけ出すのだ。炎のように渦巻くこの熱き心の内を。真の勇者に対する願望を。


「聞いてくれ。世界ではすっかり魔王として定着してしまった俺だが、本当はーー」


「勇者に憧れているんだろう? 知っている」


「え……じゃ、じゃあどうして!?」


「お前は勇者になりたくて、勇者と魔王を買収した。そこまでなら良かったのだ。しかしお前は、たかが噂如きに不安を抱き、そのスキルを使って噂を、世界を、コントロールしようとした。言っただろう? 私利私欲のために世界を支配しようとする者が魔王になると」


「で、でも俺のしたことは……ッ!!」


「ああ、どれも些細なことばかりだ。しかし、なにをやってもそれらは全て魔王の行いとなる。いいか、お前が真の勇者のままだったら、私が今していることはただの悪。しかし、お前が魔王と認識されているからこそ同じ行いが正義となる」


「お、俺を、殺すのか……?」


「お前が魔王である以上な」



 詰んだ。

 自分のくだらない人生の終わりだと悟った。


 俺が魔王である以上ーーというか俺は魔王なのか?


 俺は宿屋の息子、ノラ・シード。

 なんの取り柄もない、どこにでもいる普通の村人。

 朝から晩まで「いらっしゃいませ」と「お元気で」を繰り返すだけの人生だったはず。


 それがこのスキルを手にしたばっかりに、知らず知らずの内に魔王街道を突き進んだ。

 しかし戦士の言い草からして、悪いのはスキルではなく俺の欲望と思想。そういうことだろう。


 俺は勇者になれなかった。


 宿屋をやっていたころ、母親が死んだ一番の原因である悪の世界。それを生み出す魔王。正直、恨み辛みしかなかった。

 それが今では俺が魔王。

 母さんが知ったら悲しむよな。

 頭の中は、過去の思い出や後悔の念が溢れた。


 戦士は、そんな俺をじっと見つめている。


 もういいよ、やるんならやれーー俯いたまま無言で白旗を振った。


「若者よ、選べ」


 いや、ごめん、なにが?

 話が噛み合わなさ過ぎて咄嗟に顔をあげた。


「これはスキルを消す薬だ。スキルがある限り、どこまでいってもお前の所業は魔王となるだろう」


「どこでそんなもの……!」


「お前が買収した勇者からだ」


 !?


「勇者は、お前の力がスキルによるものだと見抜いていた。奴もあれで貧しい家庭の生まれでな、目の前の大金に理性を失ったのだろう。しかし後日、私の元へやってきた。お前が魔王になる可能性を感じて、もしものときのためにーーと、この薬を私に託したのだ。私が王の元へ向かったのはそれがきっかけだ」


 あの、勇者が?

 感動を蹴散らし、名誉を投げ捨て、俺に乗っかったあの勇者が!?

 しかし辻褄は合う。俺は思わず無言になった。


「もう一度問う、選ぶのだ。ただの村人に戻るか、このまま魔王として散るか。普通、魔王たる者にこんな問い掛けなどしない。勇者の使命は魔王を滅ぼすことにあるからだ。だが私は、お前の中の勇者を信じてみようと思う」


 戦士は薬を差し出した。


 最後に親父の借金だけ! とか、正直思ったけど、この気持ちが『もう一回』という欲望に変わることを俺は知っている。


 もう金なんかいらないーー俺は薬を受け取った。



「ごめん……ありがとう……」


「礼ならアイツに言え。お前から受け取った金で優雅に暮らしてる勇者にな」


 ちょっとムカついた。

 前までだったら礼を言う気すら削がれただろうけど、なんだか今は少し、笑えた。



 勇者はどこまでいっても勇者だったって。





「いらっしゃいませ、旅の人ーー」


「こんな老いぼれが旅などせんわ! はよ泊めい!」


 すげえ怒られた。

 しかしようやく俺もこの台詞が口癖になってきた。


 あれから半年、あのときの戦士は俺を倒した新たなる勇者として世界から称賛された。

 だが事実は少し違う。大事なのは、俺を救ってくれた勇者であるということ。


 俺はスキルを失った代わりに、大切なものを取り戻せた。親父は今でも「借金を返してからでも良かっただろ!」と、ふて腐れているが。


 親父以外で、元魔王の俺が生きている事実を知っているのは、勇者になった戦士と俺に買収された元勇者の二人だけ。


 彼らとは、今でも交流がある。



「いらっしゃいませ、旅のーーあっ!」


「なんだよ『あっ!』って! 僕らが泊まりに来ちゃいけないのかい?」


「しっかり働いているようだな、ノラ」


「二人とも……! お久しぶり!!」


「一泊いくらだっけ?」


「あっ、えと、120ギルです。 でも……」


「ノラ、仕事は仕事だ。取るものはしっかり取っておけ。それと今夜は久しぶりにコイツと飲むことにしてな。終わってから、お前もどうだ?」


「……ああ! もちろんだ!」


 俺の友達の肩書きは、元勇者と現勇者。

 そして俺の肩書きは元魔王。


 奇妙な三人だと思うが、友人という枠の中に肩書きなど存在しない。

 俺の心の傷を癒してくれるかのようにバカ笑いする二人の顔がそれを物語る。


 そしてこればかりは金では買えないなによりの宝物だと、この夜、俺は改めて噛みしめた。


ありがとうございました。

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