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3 魔王に指定されましたけど?

 月並みの言葉だが『世界』って広い。


 勇者や魔法使いのようにビュンビュンと移動魔法で各地を回れるならいいが、俺はスキルだけが取り柄のただの宿屋。

 短時間で、それも一人きりで勇者の仲間たちの故郷にたどり着くには些か無理があった。


 だから途中、移動魔法を使える魔法使いを一人雇用した。これがマジで便利。はじめは心が折れそうだったが、あっさりと勇者の仲間の故郷へたどり着いた。



「マジかよ……」


「ああ、受け取ってくれ」


 3000万ギル。

 仲間の一人の竜騎士は、意図も簡単に買収できた。


 残り三人。この調子でバンバン買収していけば楽勝だろーーそう思っていた。

 事実、移動魔法を使える魔法使いを雇用した俺は、僅かな時間で残りの仲間たちも買収することができた。


 ただ一人を除いて。


 奴は旅に出ていた。だが奴は大丈夫。

 寡黙も寡黙、口はあるけど口なし。勇者と故郷で別れたときだって、熱い抱擁はしていたが一言も喋らなかった。あの戦士が噂を流すとは到底思えない。


 だからもう、これで噂の蛇口は閉められた。あとは風化を待つばかり。そう安堵した。

 安心感から大きな溜息をついたあと、俺は途中で降りた客船に移動魔法で戻り、ついた途端、魔法使いは即刻解雇した。



 そして月日は流れたーー



「どうなってるんだ……」


 風化するのには時間が掛かる。もちろん、理解していた。だが経てども経てども消えない噂、回れば回るほど広まる尾ひれ。

 勇者の仲間たちを買収してからゆうに一ヶ月は経過しているはずなのに、魔王を倒したのは真の勇者ではないという噂は増殖の一手をたどっていた。


「なんとかしなければ……」


 俺はソファーに腰を降ろして頭を抱えた。しかしくだらない案しか浮かばない。全世界の人間に一人ずつ噂を知っているか尋ねるとか、知っている奴ら全員を買収するとか。

 無理ゲーだ。というか、もはや既にどこの港で降りても、どこのバーへ行っても、耳が痛くなるほど噂は絶えない。


 仕方ないーー俺は意を決して大胆な行動に出た。




「な、なんと……!?」


 王様の白髪のズラが驚きの余りずり落ちた。

 兵士や大臣はまだ指示が出ていないにも関わらず、見てはいけないもの見てしまったような罪悪感満載の顔で王室をあとにする。


 丁度いい。俺はすぐさま本題を切り出した。


「5億用意しております。僕と致しましては、こんな噂が全世界に出回るなんて不本意極まりないことなんです」


「そ、それで、一体ワシにどうしろと……!?」


「法律を一つ作って頂きたいのです。今後、勇者に関するデマカセな噂を口にした者は極刑に処す、と」


「ば、ばかな……!!」


「いけませんか? ならば10億でどうでしょう? 王様、これは賄賂のそれとは違います。僕が魔王を倒したことは紛れもない事実。そのような噂を立てられている僕の身の上も十分に考慮して頂きたい」


「10億……」


 そう、そっちがこのおっさんの本音。

 でもそれでいい。王様は法律を作るだけで10億。

 その事実だけに酔いしれていればいいのだ。


「わ、わかった……」



 王様は堕ちた。


 こうして俺は、噂の抜け落ちた新たなる名誉を手にし、輝きを取り戻した『真の勇者』の肩書きを改めてぶら下げることができると思った。


 もう世界は俺の物だーー



「いや、そいつは嘘をついている」



 王室に響き渡った何者かの声。


 そこには唯一、買収し損ねた勇者の仲間である戦士が鋭い眼差しを俺に向けて佇んでいた。


 こいつ、旅に出たって言ってたはず!?

 まさか、この城へ向かっていたのか!? 

 焦りが冷や汗となってこめかみを伝う。


 戦士は固まる俺を差し置いて王様に語りかける。


「王よ、騙されてはなりません。考えてもみて下さい。なんの装備も魔法も持たぬ軟弱な青年が、一体どのようにして魔王を倒すことができましょう!」


 頼むからお前、もう喋んな。

 ワナワナと足元から首筋にかけてよじ登ってくる寒気と闘いながら心で呟いた。


「お前のスキルは『ギル』だ。偽金を生み出す能力。玉座の後ろで勇者を買収していたようだが私はこの目でしっかりと見ていた!」 


 戦士は腰に携えた大剣を鞘から抜き取り、俺に向かってその刃を突き立てた。

 暴露されたことにより、段々と焦りからムカつきに変わってきたが、それと同時に、せっかく手に入れた名誉が音を立てて崩れていく気がした。


 嫌だ、行かないでくれ名誉!

 待て、留まってくれ肩書き!


 俺は鋭い眼光を戦士に向けた。


「デタラメだァァッッ!!」


 そう、デタラメだ。それで押し通すしかない。

 幸い、元勇者もこいつ以外のその仲間たちも、全員もれなく買収済み。

 噂が立っているとはいえ、世間では俺が真の勇者。

 いける。今さら後戻りなんかできるか。


「魔王が死に、この世界は一見平和に見える。しかし平和なこの世界を金という力を使って操っているのは貴様だ! 金と力、ものは違えど私利私欲のために世界を支配しようとする輩を魔王と呼ぶのだ!!」


 俺がーー魔王!?


「そ、そなたが……ま、魔王!? ワシを騙したのか!?」


 黙れ髭。10億を壁代わりにして身を潜めるのを今すぐ止めろ。言ってる言葉と10億への執着心が不一致過ぎる。


 まあこんなアホな王はスルーして、俺は咄嗟にスキルを使った。

 金を隠れ蓑のようにばら蒔く。一瞬の隙を作るためだ。

 そしてなりふり構わず王室を飛び出した。


 手当たり次第に兵士どもに金を渡し、変態の戦士を捕獲せよと命令しながらどこかへ急ぐふりをして逃げた。もはや体裁など気にしている場合じゃない。この場を逃げ切ればまだ勇者の称号は俺の物だ。


 そんな不純な思いが自分を突き動かした。

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