始まり
流行りの異世界転移もの書いてみたかったんです。
「おーい、シラナミ。知ってるか?音楽室の幽霊の噂。」
「昨日確かめに行ったらただネズミが鍵盤の上を走り回ってるだけでしたよ。」
「うげ。マジか。」
なんだよもー、でもそれもある意味怖い話だな、と言いながら彼は机に突っ伏した。
下校完了時間まであと30分もあるというのに、教室には僕と彼の二人しかおらず、がらんとしていた。その上、まるでこの学校に僕らしかいないかのように廊下も、窓の外も静かだった。きっとどこかの小説家はこの状況を「世界に二人だけ」、とでも言うのだろう。不思議だ。そんな筈はないのに。
なんだか少し、ほんの少しだけムカついたので、はぁ、と小さく溜息をついて突っ伏したままの彼の耳を軽く摘んで引っ張った。
「痛···くはないけど!急に何すんだよ。」
「別に。寝てるんなら起こさないといけないと思っただけですけど。ほら、そろそろ帰りますよ、イツキ。」
嘘だろ、と彼は小さく笑いながら身体を起こした。
なんてことない僕らの日常だった。いつも通り鞄を背負って、くだらない話をしながら廊下を歩く。それで少しだけ下駄箱まで遠回りをして向かう。そこまではいつも通りだった。けれども、中庭に差し掛かったあたりでそれは起きた。
足元が急に硬度を、感触を失くして其処に掛けるべきだった足は落ちていく。僕も彼も何が起きたのか分からなかった。ただ一つだけ理解できたのは。感じ取れたことは。「もう落ちることしかできない」、ということだけだった。
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どのくらい落ちたのだろう。未だ地面に辿り着かない。彼の不思議の国の話でだってこんなに長い時間落ちたりはしてなかったのではないだろうか。そんなことを考えてちらり、と彼の方を見遣る。恐らく気絶しているのであろう。固く目を瞑っていた。時折彼の蛙が潰れたような呻き声が聞こえたから、まあ大丈夫なのだろう。
「···大変なことになっちゃったな。」
思わず小声で呟いた。真逆、帰ろうとした矢先にこんな長時間自由落下する羽目になるなんて予想もできなかったのだから。というか、逆にどうしてこうなったんだ。ウンウンと唸りながら白髪頭を捻ってみても、赤い目を何度も瞬かせてみても答が分からなかった。もしかしたらコレが答で、問が分かっていないだけなのかもしれないけれど。でも、
「こんなのってあんまりじゃあありませんか、神様。」
もう嫌だ。これ以上落ち続けるのも、いつ地面に当たって死ぬのか心配し続けるのも。何よりも、彼が僕なんかと一緒に死んでしまうかもしれないことが怖かった。
彼を護りたい。僕が犠牲になってもいいから。僕みたいな奴に友達だって思われてるだなんて知ったら嫌がるかな。でも大事な友達だから。僕は。僕は君を護る盾になりたい。君が死ななくていいように。君だけでも、生きて帰れるように。
「それが貴方の願いならば。」
どこかから声が響いてあたりが真っ白になった。思わず僕は彼の腕を掴んだ。視界が白く染まって見えなかったけれど、彼が其処にいると分かっただけで安心できた。
急に落下速度が緩やかになっていくのが感じられた。これなら墜落死はなさそうだ、と一安心しながらも怪我をしたら大変だと思い、彼の身体を引き寄せた。急速に光が晴れていく。空気に匂いが混ざってゆく。温度が、視界が、感覚が鮮明になる。そして間もなく、地面に降り立った。
一面に広がる草原。晴れ渡った空。遠くにぼんやりと森が見える。泉まで見える。こんな素晴らしい景色はきっと現代では滅多にお目にかかれ無いだろう。が、しかし。
「ここどこ···?」
一向に目を覚まさない彼を地面に横たえながら、僕は頭を抱えた。
一応人物設定置いておきます。
白波 橘→アルビノ。容姿で結構酷い扱いされてた。そのため仲良くしてくれる人にはとことん依存してしまう。16歳。
黒木 樹→黒髪黒目。誰からも好かれる人気者タイプ。17歳。