アキとユフィー
パートナー制度。
250年前、2030年に極東の島国で採択されたこの制度は、自殺者の増加を食い止めることが主な目的だった。パートナーは同年代から性別、地域を問わず選ばれた。人工知能が全人口から選び出した相手はソウルメイトといえるほどお互いを理解し合える。多くの人々がこの制度に夢中になった。結果、自殺者は減った。当初の目的は達成されていたが、制度がもたらした影響は、あまりにも多大だった。
「知ってるかい?この制度、発案者が不明だってこと」
リビングのソファに大きく体を投げ出し、アキは首だけ逆さまにこちらを見る。銀髪がだらんと下がってちょっと怖い。首、痛めるよ?言葉を飲み込んで、ユフィーはお茶を淹れながらキッチンから適当に返事をする。
「ハイハイ。知ってる知ってる。この歴史オタク」
この話はもう何度も聞いた。アキと出会った日からずっとだ。最初こそ驚いたが、もう慣れてしまった。
「この制度が採用されてから、人類史は変わったんだ!それなのに発案者が分からないなんて有り得るだろうか?」
話し続けるアキに、黙ってリビングに入ったユフィーは二人分のお茶をソファーの前のローテーブルに置く。
「たぶん当初は人類の生活や人口動態をすっかり変えるなんて誰も想定していなかった、発案者以外はね」
まるで蝶の羽ばたきのように、それは単なる政策の一貫に過ぎなかった。やがて竜巻のような変化を起こすことになるなんて誰が予想するだろう?
「でもさあ、アキ。何が不満なの?それで今の豊かな生活があるならよかったじゃない」
働く必要もないし、衣食住に不自由することもないし。ずずっとお茶を啜るユフィーに、アキはカッと目を見開いて立ち上がる。青みがかった目の瞳孔が開いている、怖い…。
「嘆かわしい!これのどこが豊かだって言うんだ?!」
アキはズンズンと歩いてリビングの正面の窓にかかっていたレースのカーテンをシャッと勢いよく開ける。普段の見慣れた高層マンション群が見える。
「えっと…、マンションが嘆かわしいの?」
アキはもう一度嘆かわしい!と叫んでから、大袈裟に額に置く。
「いいかい、ユフィー?ここら辺は昔はジャングルだったんだよ!多彩な生き物、むっとした空気、背の高い木々…」
うっとりとした表情で話し出したアキに、いや、お前見たことないだろ、というツッコミはしないでおく。
「…それなのに、今や道は舗装され、温度は管理され、生き物はおろか、木の1本さえない!」
アキの演説が熱を帯びていく。
「…そしてボクたちの世界は管理され、自由にこの街を出ることもできない…」
悲愴感に満ちた口調でアキの演説は終わった。今日は1時間26分。おお、最短記録。ユフィーはぱちぱちと気のない拍手をする。アキはカップを掴むとガッガッガッとお茶を飲み干した。そりゃあれだけ話せば喉も渇くだろう。カップを置いたアキはソファーにドサッと腰掛けた。ユフィーはそんなアキの顔を覗きこんで尋ねる。
「じゃあ、アキは私に会えなくてもよかった?」
アキの演説が行われる度に、ユフィーは毎回この質問をしている。ユフィーの茶色の瞳に見つめられて、アキはぶっきらぼうに答える。
「そんなこと、あるわけないだろ…」
照れたようにそっぽを向いたアキに、ユフィーは安堵の息を吐く。よかった。
「…見捨てないでね、パートナーさん」
聞こえないように呟かれた言葉はユフィーの口の中で消えていった。
アキとユフィー。二人は今や世界中に対象を広げたパートナー制度で人工知能が全世界人口10億人から選び出したパートナー同士だった。