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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
じぱんぐおぶあす
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変貌


 つながれたロープがぴんと張った。つんのめりそうになって顔をあげると、月見里は暗闇の中に銃口を構えて、一定の歩幅で進んでいく。足音もなく。迷いもなく。


 地面が震える。『あれ』の声。四方八方から聞こえてくる。


 腰のナイフを掴む。だが、掴むロープが小刻みに揺れた。月見里からの待てという合図だった。


 なぜ?『あれ』は何匹もいる。それでも、何もしないというのか?


 自分はナイフを収めた。そんな抗議の声も出てこなかった。


 月見里が暗闇の奥底へ突撃する。


 直後、金属音が連続した。刃物か、銃か、何かが骨に当たる音か。判断する前に、『あれ』の声が一つ二つ、暗闇の中で断末魔に変わる。目は慣れているはずだった。


 それでも、月見里の動きだけは見えなかった。唯一見つけられたのは、頭に裂傷がある『あれ』の死体。


「制圧完了。離脱する」


 濃厚な血の匂いにえづいた。帰ってきた月見里が血まみれになっていた。けれど、顔色一つ変わっていない。ただ、言い切ったあと、肺の底に残っていたものを捨てるように小さく息を吐いた。



 ヤドヴィガにロープを引っ張られ、自分は外へと引き上げられた。崩れかけたドアを月見里が破る。


 目が痛い。久しぶりの光に目が慣れてくると、そこは砲台跡のような場所だった。半円状の白ぼけたコンクリート。

 月見里とヤドヴィガ、2人血まみれになっていた。自分はまっさらのままだった。


「ヤドヴィガ。十時、六時。六時を処理して」 


「了解!」


 間髪を置くこともなく、地上に出た直後に『あれ』にまた襲われる。2人の連携で撃ち払われる。


 戦っているというより、狩っているように見えた。頭に風穴のあいた『あれ』たちを眺めながらそう思った。


「ここはどこなんだ?」


「街はずれ。ルートは知ってるから、ヤドヴィガはついてきてくれたらいい。すぐに出られる」


 月見里とヤドヴィガはとどまることを知らない。すぐにこっちだと引っ張られて、誘導される。


 どことも知れぬ瓦礫も散乱する街はずれ。コンクリートも見えないほどに草木も密集して視界も足場も悪い中、銃口を前後左右に向けて進んでいく。


「弾倉残り2」


「補給分!」


 月見里とヤドヴィガだけが、必死に戦っている。それなのに、自分はヤドヴィガの腕につかまって、ただ逃げているだけ。


「待ってくれ!この地点から座標2度北にシロマルを待たせているんだ!」


「大丈夫。回収地点についたら、そのまま向かえる」


「さすが、幹部候補だ!」


「今、言うな」


 銃を抜く暇もなかった。いや、抜いたところで何かが変わったとも思えなかった。


 何が起きたのか分からないまま、状況だけが急速に変わっていった。気づいたころには、もう街の外にいた。

 待ちぼうけたように、馬が駆け寄ってきていた。白い馬だ。飛びつくように月見里に近づいてきたので、きっと彼女の愛馬なのだろう。


 無言のまま、自分は月見里に馬に乗せられて、街を出る。自分の出番がないまま、何もかもが映画の一幕のように終わった。



「ただいま!シロマル!」


 それから、シロマルと感動の再会。ヤドヴィガが今生の別れをするかのように彼女の頭を抱き寄せていた。


「これで終わり、なのか?」


「まだ終わりじゃない。『あれ』が追ってくる可能性がある。だから、迂回して混乱させつつ退却する予定」


 ぼやくと、月見里からそんな返事が返ってきた。月見里と会話したことに気づいて、顔を向けるが月見里は自分の馬の手入れをしていた。


 それもすぐに終わって、月見里の言う通り、『あれ』の声がまた近づいてきている。高速道路から外れたルートを進むことになった。


 その日は境目の見えない郊外をさまよった。夜は倒壊していない住宅に馬も家の中に押し込んで身を潜めた。


 まだ、『あれ』が近くにいる危険性もあって、ランタン一つ程度の光はない。その夜は、もさりもさりと粉っぽいクッキーを食べた。


 馬さえ鳴き声をあげず、『あれ』の声が微かに響く中、月見里が調達してきた寝具で眠りに落ちた。


 朝とも言えないぼやけた薄暗い空の中、外へと出た。『あれ』の声が再び近づいてきたからだ。昨日と同じ姿のまま、また馬に乗った。


 一つの会話をする隙間もなく――――。一度、月見里の背中に声をかけようとした。だが、彼女は銃を整備しながら、ヤドヴィガと地図を難しい顔をして覗き込んでいた。自分の入る隙間がどこにあるというのだ。


 二日目も変わらない。『あれ』の声はだんだんと薄く散漫なものになっていたが、郊外を外れて入り組んだ森の中を馬で移動した。

 月見里のしかけた音がたまに耳に届くくらいには静かで、休憩で立ち止まることもあった。それでも、月見里は暇を作らなかった。ヤドヴィガと短い言葉だけを交わし、進路を決めていく。


 本来なら浮いて見えるはずの軍服が、今はやけに馴染んでいた。


 ただ、長距離移動で馬から降りるとき、足がふらついて落ちそうになった。その瞬間、すかさず月見里に支えられた。


 「あ、ありが……」


 ありがとうと咄嗟に言葉が出たころには、月見里は何事もなかったかのようにこちらから離れて周囲の偵察をしていた。



 夜もヤドヴィガの気まずそうな声が響くだけで、パサパサの携帯食をかじった。


 そんな時間だけが、三日続いた。


 『あれ』の声で目が覚めて、火もつけずに棒きれのような食品を齧る。

 暗い森の中で、二頭の馬の吐く息の白さだけを見て進んだ。


 ようやく『あれ』の声が完全に途絶えたのは、三日目の夜だった。


 音響装置を仕掛け、残っていた地雷もばらまいた。全て。陽動というより、不用品を投げ捨てていくような作業だった。


 森を抜けると、高速道路の高架を見つけた。


「計画通り。でも、少し時間をかけすぎた」


 月見里に案内され、高速道路へ上がった。上がった先で自分が通ってきたところの景色を見つけて、ようやく元に戻ったのだと胸をなでおろしてしまった。何もまだ解決していないというのに。


 もう夕暮れ時で、進めるくらいの猶予はあまりなかった。


 ただ、


「おお!ここのサービスエリアか!ようやく着いたな」


「うん。今日はここで食料を調達して休む。拠点まではまだ時間がかかるし」


 それを見計らうかのように、懐かしきサービスエリアが待ち構えていた。月見里とヤドヴィガのやり取りを横目に安堵のため息を吐いた。だが、まだまだ元の場所からずっと遠いことも実感して重いため息を吐いた。


 形だけでもと銃を構えながら、中へと入る。山積みになっていた缶詰に出迎えられる。あとは、動物の足跡が散乱しているぐらいだった。


 


 示し合わすでもなく、夕飯の準備をするわけだが、


「すまん。今日は早めに休みたい。栄養バーで腹を足したから、二人で食べてくれ」


 ヤドヴィガはそう言って、こちらと月見里を置き去りに寝袋にくるまってしまった。眠る前に、わき腹を小突かれたので、きっと彼女なりに気を使ってくれたのだろう。


 後に残ったのは、携帯コンロで踊っている缶詰と、それを囲むようにして膝を抱えて座る月見里と自分という謎の空間だけだった。


 お膳立てされたかのような空間だった。今か今かと、喋ろうとするけれど言葉が出ない。月見里は離れようとはしないけれど、ずっと缶詰を見ているだけ。やはり、缶詰のぐつぐつ煮られた音しか出なかった。



 コンロの火に照らされた頬だけが熱い。


 なんて言えばいいのだろう。話したいことは多すぎる。多すぎて、何を最初に出せばいいのか分からない。

 そもそも、話しかける資格が自分にはまだあるのかさえ分からなかった。


 無言のまま、とうとう缶詰が煮えてしまった。



「できた。お前が先に食え」


 最初に出てきた言葉がそれだった。


「いい。病人が最初に食べるべき」


 最初に月見里から出てきたのがそれだった。


 久しぶりに彼女の声を聴いて、差し出されたそれを素直に受け取ってしまった。


「ああ、ああ……」


 でも、自分は缶詰を食べる気が起きず、呆けてずっと缶詰のスープに浮かぶ脂を覗き込んだ。


「病人みたいに食べさせてほしいの?」

 

「いや、いい……」


 月見里にせかされて、自分は食べた。あまり味はしない。


「私も少しもらう」


 こちらが食べたのを見計らうように、横から月見里がスプーンを差し込んでスープを掬う。その光景に少しだけ気が楽になったような気がした。


「もっと食べてもいいんだぞ」


「じゃあ、後でもらう」


「そうか……俺はゆっくり食べる」


 うんと微かな返事が返ってくる。それでも、やはり話題は振ってこなかった。こういう時、どういう風に話していいのか再会して数日経っても思いつかない。


 ちらりとヤドヴィガを見やると、一瞬目が合った。ヤドヴィガは慌てて目を閉じ、寝たふりを押し通した。

 彼女のコミカルさに、少しだけ気が楽になってしまった。

 月見里も少しだけ笑っていた。


 視界に月見里の手が映り込んだ。以前なら、離したらどこかへ消えてしまいそうだった小さな手が、今は自分を支えられるほど大きく、傷だらけになっていた。


「……ずいぶんやったな」


 思わず聞いてしまった。口にした自分が何のことなのか分からない曖昧な言葉だった。月見里は一瞬きょとんとして、自分の身体を見下ろした。それから、たこや傷のついた手を撫でた。

 

 否、そこだけではない。足にも首元にも。素肌の見えるところにサイズも種類もバラバラな傷がいくつもあった。


「うん。一年間上官にしごかれて出来た」


 月見里はそう言って、手をさすった。表情からしてあまりいい記憶でもないことはうかがえる。


「そうか。知らないよね。あなたが眠りに落ちてから、ずっとザポロージャンさんっていう人と四六時中」


 それがどのくらいかはその眼つきの鋭さからうかがえた。その才能の有無は、散々見せつけられた。


「……大変だっただろうな」


「うん。その人をぶん殴りたいほど」


「そ、そんなにか……」

 

 拳を固める月見里に、相当堪えたのだろうと思う。けれど、月見里はいたずらっぽい笑みを描いた。


「冗談。感謝してる。ここまで来れたから」


 月見里は誇らしげな顔をしていた。どこか、ヤドヴィガと似た顔つきだった。


「そうだな……」


 自分はそこでようやく気付いてしまった。隣に座る月見里の肩の高さに。以前なら見下ろしていたはずの顔が、もうすぐ同じ高さになることを。


「……背、伸びたな」


「まだ。まだ未熟者って言われる。こんなことをしたんだから、当たり前だけど」


 またこちらは仕返しをされた。でも、責任の発端は自分だ。


「月見里。もし、何か罰を受けるなら――――それは俺の」


「私の責任。気にしなくていい。大丈夫。いろいろと考えはあるから」


 月見里は、もう叱られることまで織り込んでここに来ていた。こちらが今さら肩代わりできるものなど、最初から残されていなかった。


「少なくとも、落としどころは作ってくれる」


 そういって、何かのファイルを取り出した。


「……」


 ひどく年季の入ったものだが、一体どういう考えなのだろうとその答えは分からなかった。ただ、どうしてか、不安にはならなかった。


「でも、誰かさんは始末書どころじゃすまないだろうね」

 

 寝袋にくるまる後ろの影が、びくりと跳ねた。


 

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