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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
じぱんぐおぶあす
87/93

サービスエリアと自販機


「はっ?なんだって?」


 昨日のスープを作った鍋で朝ごはんの味噌汁を作るヤドヴィガは、こちらの言葉に素っ頓狂な声をあげた。


「だから、高速道路を突き進みたい」

 

 そう繰り返すと、ヤドヴィガは信じられないものを見たかのような顔をした。


「そんなの自殺行為だ」


「だが、月見里は行っている」


「いや、まさか。あそこは……あれは陽動に決まってる。ハッタリだ。あんな地獄みたいなところを通れる奴なんかいないだろう」

 

「俺たちは通った。だから、月見里も必ず通る」


「なっ……本気で言ってるのか?」


 ヤドヴィガはもはや非現実的すぎて、神妙な顔を浮かべている。だが、それでもこちらは譲りはしたくない。

 

「本気だ。このまま距離を離されたら、あいつはヨコハマに行ってしまう。高速道路はともかく……街には確実に『あれ」の巣窟になっているはずだ」


「ともかくだと……?」


「ああ、何度か俺たちは通ったことがある」


「……っ」


 ヤドヴィガはこちらの顔をまじまじと見ると、制服の襟元を正してこめかみに指を押し当てた。


「我々、第16歩兵師団は高速道路を使って退却をしたときに『あれ』に襲われて散り散りの―――粉々になった。戦車も装甲車も重火器も、それを扱う熟練の兵士もいたというのに―――もう今は寄せ集めの小部隊でしかない。それほどの脅威なのに、民間人の君と月見里が高速道路を通れたと本気で言ってるのか?」


「ああ、本気で言っている。だが、俺の時は『あれ』に襲われることはなかった。……あの時は『あれ』が発生したときよりもずっと後に動いたのもあるかもしれないが」


「……っ。そうか。それだと、今は高速道路に『あれ』がいないと?」


「少なくとも、月見里と俺はそう考えている」


 例え出くわしたとしても強行突破するに違いない。月見里も月見里で、無駄に危険を冒してでも行動する奴だ。


 もはや、ヤドヴィガは狼狽しているように見えた。それだけのことがあったのだと、重々しく語る姿を見ていると容易に想像がついた。だが、申し訳ないことに、自分はそれでも高速道路に行かなければ月見里にもう二度と会えないんじゃないかと思っている。俺も俺だって、イかれているのだ。


 間をおいて、ヤドヴィガが襟元やら帽子を軍人然とした手つきで正すと、大きなため息を吐いた。


「民間人を守るのは、軍人の役目だ。分かった、行こうじゃないか」


「本当か!?」


「ああ、本気だとも。でも、高速道路に『あれ』がいることが分かったら、速やかにその場から離れるからな。月見里だって、急がば踊れとちゃんと考えられる子だ」


「……分かった」


 そうなったら、月見里も陽動ぐらいはして強行突破はしないだろう。月見里がヨコハマにたどり着く前に首根っこをひっ捕まえてやる。


 こちらが意を決すると、ヤドヴィガはパチンと手を叩く。そして、かき回してた鍋に、ドバっとドロドロした何かを入れる。立ち登るのは、あのみそ汁の香ばしい匂い。豪快に鍋をかき回すヤドヴィガ。


「よしっ!ならば、後は精力をつけるのみ。たっぷり食え。ほろ、シロマルも食うんだ」


 そう言うと待ってましたとばかりに、シロマルが入ってきて、ヤドヴィガが差し出した容器の中身をペロリと舐める。馬も味噌を食うのか。草の味って味噌みたいなものなのだろうか。


 こちらにもみそ汁をよそって手渡してくれた。形容しがたいけれど旨いと分かるこの匂い。啜った――――。


「「しょっぱ!」」


 二重に声が響いたのは気のせいではないだろう。

口の中がひりひりするほど塩っ辛い。痛い。


 ヤドヴィガも舌を犬みたいに出して、申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「すまない。味噌を入れ過ぎた」


 そんな彼女と目が合って気まずい、目を落とすと赤々と燃えているみそ汁。どうりで辛いわけである。


 しばらくして、勿体ないとヤドヴィガと2人で井戸水を足して2人と1匹でみそ汁を飲み干す。御馳走さまと手を合わせる意味が分かった気がする。飲み干したときに嬉しさと言ったら、当分忘れられない。


 そうして、忘れられぬ3つのチャポチャポとした音を弾ませながら、いざ行かんと歩を進める。

精力がついたおかげか、馬のひづめの音が力強く響いているような気がした。



 森を出たのはお腹からチャポチャポと音が鳴らなくなってからであった。そこから、歩を進めるスピードがゆっくりとなった。


 閑散とした住宅街が緑の津波の飲まれた景色の中にぼうっと高速道路が浮かび上がる。


 森の切れ目からヤドヴィガは双眼鏡で高速道路を覗き込んだり、何度も波線がおびただしい地図を睨みつけて何か軍人らしいことをしている。おそらく、偵察というものなのだろう。

 異常があったら、馬に載せている武骨な猟銃を発砲しそうな勢いだ。ただ、何かを見つけるというには、のどかで殺風景。


「まさか……そんな――――」


「どうした?」


「いや……もう少し近づくぞ」


 何やら焦燥感のつまった顔をしてヤドヴィガ。馬に乗りなおして、恐る恐る近づいていく。


 しかし、何もない。最初は身を隠したり音を消して進めたが、やがて高速道路を取り巻く家屋の壁に触れるぐらいに近づくと、もはや構わずに一目散に高速道路へと走らせる。

 

 安全ということなのだろうか。ヤドヴィガはこちらに振り向くことはなく、何度か制服や帽子を正して固い背中を見せている。少なくとも、『あれ』の声も聞こえることのない、ただのどこにでもあるずっと昔に放棄された町が横たわっているだけだった。


 だからか、森の中に入っているときよりもずっと早く進み、あっという間に高速道路の入口へと着いてしまった。


 緊急事態宣言。


もはや使い古された言葉が耐用年数の過ぎたフェンスに吊るされている。

ただ、ひとつ、フェンスには新しめの穴が開いていた。

 シロマルが通れるぐらいの大きさで、見覚えのある穴の開け方にきっと月見里は通ったのだろうと思った。ああ、やはりだ。少しだけ希望を持てたような気がする。


「……なんだ。なんだって……これは……」


 ヤドヴィガは何かをブツブツと呟いている。近くにいるはずなのにどうしてか聞こえない。

ただただ、異様な表情をするヤドヴィガの横顔がのぞき込めるぐらいだった。まるで、そこに壁があるのが信じられないくらいの顔をしていた。

 

「ヤドヴィガ?」


 恐る恐る声をかけると、ヤドヴィガは目を覚ましたかのように小さく跳ねる。


「あっ、ああ、すまない。ぼーっとしてた。『あれ』はいないようだな」


「ああ」


「もう何もかも……時間というのは残酷なものだ」


 そう言って、ヤドヴィガはこちらは分からないずっと遠くの方を見ていた。地平線が見えるくらいの、無人。


どちらの方向に向かえば、月見里にたどり着くのだろう。

 

「ヨコハマはどっちにあるんだ?」

 

「南だ。このまま、ずっと南に降りてくと、大きな分かれ道があるはずだから、富士山を正面に見える方面に行くと横浜に着く」


「富士山ってなんだ?」


「はっ?本気で言ってる?あの富士山だぞ?日本の象徴だぞ?」


 ヤドヴィガは信じられないといったような顔をして、何か必死に背伸びして山のポーズを取っているが何のことかが分からない。


「ああ……悪い」


「いや、別にいいんだ。まあ、いいさ。時機に分かることだから。楽しみにとっておけ?――――あっ、いや、それは縁起が悪いな。やっぱり、聞かなかったことにしてくれ」


「あっ、ああ」


 結構、不吉なものらしい。とりあえず、見ないようにと願をかけつつ、自分たちは馬に乗りなおし南へと降りる。


 馬は小走りで進んでくれる。けれども、それさえ徒労に思えてくるほどに長い長い道路。無駄に広い道路に、左右を遮る分厚い壁。バイクで走っているときは気にならなかったものだが、今はそれが妙にじれったいと思わされる。


 これほど、無駄に分厚いと蹄の音が聞こえないほど静かになってくれるんだろうと思ったが、予想に反して鼓膜が震えるほどよく響く。どうやら、防音壁のあちこちが割れていて、ほんの少しの防音さえできなっているらしい。


 そこから見えるのは、いつか見たあの壁のような山々。ああ、クソ、また振り出しに戻ったのか。


「どうした?」


「いや、壁の山を見て、いろいろ思い出してな」


「ん?ああ、そうだった。君たちはナガノ方面から来たんだったんだな」


「ナガノ?」


「まさか、ナガノを……まあ、いい。長い野って書いてナガノっていう名前の県でな。我々の戦争が終わった地だ。美味しいものもいっぱいあってな、十割そばとか、おやきとか、五平餅に牛乳パン。あっ、市田柿とかもあったな。また食べたいなあ……」


「戦争だって?」


「ああ、そうだ。すごく旨い……すまない。戦争は、あの戦争だ」


「あの、なんだって?」


「え?だから、あの……そうだな――――あれか、君も授業中に寝てたタチか」


「……いや、ぼーっとしてたタチだ」


「分かるよ。私もザポロージャンから数学を教えてもらってた時はよく寝ていた。贖罪もかねて、歴史の先生をしてあげようじゃないか」


「あっ、ああ……」


 何の流れなのか、歴史の授業が始まる。ただ、実のところ、歴史の授業はあまり寝ていなかった。半分程度は。


 その半分程度の知識を持ってしても、ヤドヴィガの言っていることはさっぱり分からなかった。

 どうやら、もう半分も全く聞けてなかったようである。これが頭の悪い上に怠けていた自分の末路なのだろう。


 だから、自分は彼女の授業にホーとか、アーとか鳥みたいな声を返すのみだった。それでも、授業のときよりも聞いている自分がいる。


 ホー、アー、全く分からない。


 それから――――。戦争が終わって女王陛下の神社が建立され日本とポーランドの融和がなったという締め括りと共に、夕陽を迎えた。


 月見里はやはり見つからなかった。

 

 目の先に、ぼうぼうとコーヒカップのマークの看板があった。どうやら代わりにサービスエリアを見つけたらしい。

 

「喉がカラカラだ。今日はここで休みを取るか」


「ああ」


 ヤドヴィガは馬に提げていた長い銃を取り出し、異様な手つきで構える。空気を察したようにシロマルは進むスピードをゆっくりと下げ、やがて蹄の音が聞こえないぐらいに静かな足取りとなった。


 薄氷の上を歩いているように慎重に進む。こちらも自分の拳銃を取り出そうとしたが、ヤドヴィガに止められた。

 

 銃口を壁の見えない先につきつけて、そのままパーキングエリアに入っていく――。


 無人。


 外と同じ車一つもない、ただ申し訳程度のバリケードと鎖の設置された人の気配さえない場所であった。


 『あれ』がいた痕跡も全くない。ようやく、胸をなでおろすことが出来たが、ヤドヴィガの様子がおかしい。


「何もないんだな。本当に……」


 どうしてか、ヤドヴィガは呆然と立ち尽くして、何か呆気に取られているような顔をしたと思ったら、途端寂しそうな顔をしていた。銃だけは固く握りしめていて、すぐに撃てるような格好をしている。


 平和過ぎて、ただただ昔、月見里とこんなところで過ごしたことを思い出してこちらとは全く違って、これが軍人なんだと静かに思う。多くを失ったのだkら、尚更なことなのだ。こういう時、どう声を掛けたらいいかは分からないが、そんな葛藤とも違うような態度にも思えた。


「ヤドヴィガ?」


「……すまない。散策してみてもいいか?何か役立つものがあるかもしれない」


「ああ、わかった」


 こちらがそう応じると、ヤドヴィガは長い銃を握りなおし、かつてテレビゲームで見た軍人の足取りで中を探索し始める。

 

 こういう何十年も前の緊急事態宣言で閉鎖されたところというのは、だいたいもぬけの殻なんだろうと思っていたけれど、カウンターとか、長い机に椅子に、少なくともフードコートがあって、お店のキッチンらしきものがあって、どこそこに何があったのかが手に取るぐらいには何かが残っていた。


 ただ、形があるだけで、いったいどんなものがあったのかはもう分からない。そう虚しく思っていたら、靴先にかつてのメニュー表を見つけた。ラーメンにかつ丼にカレー。おなか辺りが虚しくなった。


 もうそんな豪勢なものは食べられないんだろうなと一人がっかりしていると、目の前に自販機の集まった場所が現れた。

 清潔を通り越して無機質な室内の中で、唯一そこだけは人間臭く散らかっている。不気味だ。しかし、何故だろう。それにどこか既視感を覚えていた。


「とまれ」


 ヤドヴィガが腕でこちらを遮って、そこへと銃を構える。地雷原でも探すかのようにゆっくりと歩く。しかし、物音もなく、近づいてみると缶詰が散乱していた。


「なんだ?」


 かなり真新しい缶詰。ヤドヴィガが恐る恐る拾い上げて振ってみると、チャポチャポと水音が鳴って中身入りらしい。包装を見ると、ラーメンのようだった。

 

「なんでこんなものが……」


 ヤドヴィガが何とも神妙そうにそう言った。自分も訳も分からずそれが吐き出された自販機を見ると、ようやく正体を知った。


 自販機に取り付けられた手回し式のレバー。それと、自販機の隅に几帳面に置かれた空っぽの缶詰と使用済みの割りばし。どれも見覚えがあったものだった。


「どうやら、月見里がここに居たようだな」


「ん?どうして、そんなことが分かるんだ?」


「見てくれ。月見里の食べた後がここにある。どうやら、レバーを回して自販機の中身を取り出したらしい」


「そうか、道理で見たことがあると思った。災害対応自販機か……って、あいつ全部出したのか!」


ヤドヴィガが試しにレバーを回してうんともすんとも言わない自販機。散らかしっぱなしの缶詰。道理で既視感があると思ったわけである。


「俺のせいだ」


「何がだ?」


「以前、俺たちは自販機の中に入っているものは全部出すようにしていた」

 

「なっ――――ええ……どうして?そんなあんぽんたんなことを?」


「あの時は、『あれ』が現れた直後だったから、いつか誰かが食べるだろうと思っていた」


 しかし、どうしてあんなにも執着したのだろう。レバーが取り付けられている自販機なんか見つけたら、全部吐き出させるのが日課になっていたことを思い出すと、恥ずかしくて身もだえするぐらいには後悔しているというのに。

 無人になった店から物を盗むときに小銭を置いていくような、生理現象的な社会常識がまだ残っていたせいなのだ。

 

 ばかばかしい。それがただ罪を犯した自分を繕うためのものに過ぎなかったことを気付くべきだったのに。もう人がほとんどいなくなってどうしようもないことをもっと早めに気付くべきだったのに。


 ああ、クソ、月見里にもバカなことに付き合わせてしまった。こんなどうしようもない約束を律儀に守るとは、それだけ彼女にとって5年一緒に過ごしたというのは重いものなのか。

 


 気付くと、帽子を脱いだヤドヴィガが申し訳なさそうな顔をしていた。


「申し訳なかった。誰かを助けるという立派なことだったのに、唾を吐くようなことをしてすまない」


「いや、無意味だった。これで助けられる人はいなかった」


「そんなことはない。たとえ、誰一人救われなかったとしても、救おうと姿勢は大事だ。良きサマリア人ってやつだ。それに――――」


 そうして、ヤドヴィガは2つ缶詰を拾い上げる。


「見ろ。これで救われたのが2人増えたな」


 ヤドヴィガは年相応の輝く笑顔を見せた。多分、反論をするべきなのだろう。だが、彼女の笑みを見ていると、向日葵を思い出してしまって言葉が思いつかなかった。

 

 すっかりと暗くなってしまった。また月見里は見つからなかった。


 ただ、自分は元食堂だったところの長机の上で携帯式コンロにぐつぐつと煮られている缶詰をヤドヴィガと向かい合って見つめていた。

 電灯もついていない、窓から漏れる僅かな夕陽。今はコンロの火があるというのに、それが目に映らないほど、ずっと昔の同じ光景を思い出していた。


「もうそろそろかな」


「ああ、俺が先に食べるからな。待っておけ、やま――――」


 目の前に映るヤドヴィガが月見里に見えてしまった。自分は禁断症状でも持っているのか。クソ。残念ながら、ヤドヴィガにはばっちりと聞こえてしまったようだ。


「ほぉ、月見里と一緒といつも食べるときは、君が先に食べてたのか?」


「ああ、昔はな」


「それはどうして?」


「俺がさっさと食いたくて先に食べた。あいつは食べるのがトロかった」


 そう。小さい子は胃も小さければ口も小さい。何度も分けて食べる必要もあったから、せっかちな自分はうざったいと思ってさっさと食べるのが常だった――――。


 だが、目の前のヤドヴィガはジョークを言われた直後の笑みを浮かべて、こちらを見ていた。


「それ、嘘だろ?本当はどういう理由だったんだ?」


「……食中毒予防。お腹を壊されたら困る。先に食べて問題がないか確かめていた。小さい子だから、すぐに腹を壊すし、そうなったら回復にも時間がかかる――――」


「面倒見がいいんだな」


「いや――――余分な手間を嫌っていただけだ。それは本当だ」


 自分は医者じゃない。別に自分が先に食べたとて分かりっこもないのに、無駄なことをした。いつもそうだ。紙皿を洗うような馬鹿に、役立つことはできない。


「いいな。私とザポロージャンみたい」


「ああ、ザポロージャン……どういう関係性なんだ?」


「ん?んー……叔父と姪みたいな関係だ。本人言ったら怒られそうだけどな」


 まさか、俺たちは腐れ縁。そうヤドヴィガに言っているはずなのに。一つ反論の言葉が出てきたが、それが言えないのは叔父と姪の関係ってどういうのだろうと想像できないことだろうか。


 鍋に入った水がブクブクと泡立つ音が聞こえた。


「おっと、もうそろそろか」


 アチチとヤドヴィガが缶詰を取り上げて蓋をはがすと、醤油ラーメンの匂いが立ち上る。


「いい匂いだ。食べ頃だったな」


 コンロの火にぼんやりと映るヤドヴィガの笑みが映る。ただただ、自分は頷いて、手渡された缶詰の中身をぼんやりと見つめた。


「いただきます!」


「……いただきます」


 ヤドヴィガの号令に気付いて、合掌。いつの間にか貰っていた箸で、ズズズと麺を食らう。細長いけれどモチモチしているが、懐かしの味ではなかった。


 役目の終わって火が消えたコンロ。夕陽の光だけでは目の前のヤドヴィガさえシルエットしか見えず、ズズズと麺を啜る音しか聞こえてこない。

 昔も月見里と共にこんなところで過ごした。誰もいないサービスエリアの休憩所で、たった2人でズズズと夕飯を食べていた。いや、ズズズと食ってたのは俺だけで、食っていたのはインスタントのスープと焼きおにぎり。

 小さい子だったのに、自分よりも綺麗な食べ方をしていた。彼女のおかげで、自分はずっと前よりも滑らかな音で麺を啜れているような気がする。


 

「「ごちそうさまでした」」


 そうして、2人食べ終わった後、月見里が捨てていた場所に缶詰を並べて合掌。アルコールで箸を洗った後は、そのまま食堂の机の上に寝袋を並べて眠った。地面に寝るよりかは幾分衛生的だろう。


「君と月見里もこんな感じで寝てたのか?」


「ああ。全く同じだった」


「小さい子だと、床が固くて眠りにくかったろうな」


「そんなものだから、月見里は、寝袋を折りたたんで厚みを増やしてたな。昔から頭のいい奴だった」


「ハハ、いいな。それ。私もマネしようか――――」


 食事をとった後も、自分たちは他愛のない話をしていた。どうしてだろうか、ヤドヴィガといると、何でもいいから話したくなってしまう。


 どうやら、向かい隣にいるヤドヴィガはもういつの間にか寝息をたてていた。これも軍人生活で身に着いたものらしいと、寝る前に教えてくれた。

 

 目が冴えてまだ眠れなかった自分は、ほんのりと光るランタンに映るものを眺めて居た。壁に地図が掲示されている。これから向かうところに、数百キロメートルと印字されていた。果てしなく遠そうだ。今、月見里はどのあたりにいるのだろう。


 明日も早いうちに出るのだが、それでも見つかるような気がしなかった。


「気長にいくしかないのか……」


 自分から出たぼやきが妙にしっくりと来てしまった。


 一分一秒でもいいから、早く探しに行きたい。自分は無理やり瞼を閉じた。


 

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