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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
じぱんぐおぶあす
86/90

追走

すまねえ。もうひとつの方は3月ぐらいになりそう


 うわあ。


 誰かが痛みに叫ぶような声があった気がして、目を覚ませば緑の天井。テントの中。

 

 隣にいたはずのヤドヴィガがおらず、折りたたまれた寝袋が代わりにあった。どこにいったのだろう。そう静かに探るとテントの外から足音があって、自分は放ったままだった枕元の銃をポケットにしまい直し、外へと出る。


「起きたか。おはよう、民間人」


「おはよう。ヤドヴィガ」


「ほら、これを食え」


 外へ出るとやっぱりヤドヴィガがいて、すぐさまこちらの手元に何かを投げてきた。クラッカーである。なんでも挟めるくらいに分厚い。どうやら、昨日の軍用食糧の残りらしい。あまり味は期待できなさそうだ。


「ありがとう」


「おう、なあ、ピーナッツバターとイチゴジャムどっちがいい?」


「……残った方」


「そう言われると困るなあ……いいや、両方かけてやる」


 そう言ってヤドヴィガは自分の手元にある包装紙を引きちぎると、クラッカーたちに茶色と赤色の中身をぶちまける。そして、全部出しきったらもう一つのクラッカーで挟むサンドウィッチ。何度か同じ事やっていき、ちょっとしたブロックみたいなものが出来た。


「これでよし!特性ピーナッツジャムサンドだ!たっぷり食えよ」


 ヤドヴィガはそう言って、半分に折ってこちらに手渡した。ドロドロと甘そうなものが溢れてきたので慌てて食べようとしたが、ヤドヴィガに止められた。


「ちゃんと、いただきますを言ってからだぞ」


「ああ、そうだった。すまない、いただきます」


「うむ、よし」


 碧い目を輝かせて満足げに笑うヤドヴィガ。異国の人に日本のマナーを指摘されると、やっぱり奇妙な気分だ。だが、自分より様になっている。


 齧りつくと甘くて濃厚。昨日の塩辛さも全部取っ払うようなジャンク的な甘さに、頭の眠気が吹っ飛ぶ。残念ながら完全に目が覚めた頃には、もう手元からなくなってしまうのだが。


「今日は早めに出るからな」


「ああ、分かった」


 まだまだ朝というのには薄すぎる早朝。味わっている暇はない。


 お互いにパッと口に放り込むと、そのままテントやら調理器具を片してしまって馬に乗り込む。


 昨日散々馬の背中でお世話になっていたおかげか、今日は易々と跨がれるようになっていた。センスが良いおかげなのか。いや、それは嘘である。


「なっ?―――じゃなくて、どうだ?私の馬賢いだろう?」


「ああ、乗せてくれてありがとう」


 ブルルと主人と同じく胸を張るシロマル。こちらが乗るときにわざわざ身を落としてくれたおかげで跨がれたのである。

 

 シロマルも慣れたおかげなのか、昨日よりもずっと早い速度で景色が変わっていく。変わるといってもずっと森の景色が変わるだけである。


 それでも、疾走感に満ち溢れているのは、新しい蹄の痕が進む先に帯びてきていたからだった。きっと、月見里のものなんだと、「なっ、言っただろ」とヤドヴィガのどや顔を見て希望が湧いてくる。


 足跡を上塗りする以上に駆けて、お世辞にも道路と言えないタイヤが滑る木の根っこだらけの悪路をいとも簡単に踏破していくシロマル。本当に馬というのはすごい。バイク(R80)に蹄の垢を飲ませたいくらいだ。


 崖崩れがあるのも、易々と飛び越していくというのに――――。月見里はこんなところを馬で駆け抜けていったのだろうか。


「ヤドヴィガ。月見里は乗馬が上手かったのか?」


「ん?そうだな、なかなか見どころのある子だったぞ。特に馬の操りには目を見張るものがあった」


「そうだったか……っ!なら、もう大分進んでいるんじゃないか?」


「いや、問題ない。上手いといっても、まだまだ素人にまつ毛が生えた程度だ。悪路だと大分まごついてたからなあの子は」


「そうか……」

 

 大きい背中を作って勇むヤドヴィガ。喜んでいいのか、残念がればいいのかなんだか微妙な気持ちだ。


 今はいい。今は喜んだ方がいい。悶々としているなか、ずんずんと馬は進む。前方に森の切り目が切り拓かれていく。


「見えてきたぞ。ここを越えれば、キャンプ地があったはずだ。そこで月見里もおめおめと休憩しているはずだ」


「そんなことまで分かるのか?」


「ああ、大きな道は『あれ』がうじゃうじゃいるからな、この道を通るなら休息場所はそこしかない」

 

 足跡もそこへと続いている。だからか、月見里と対面する光景が徐々に質量を持ってやってくる。

 勢いで探しに出たのはよかったが、何といえばいいのだろう。怒鳴れる気もせず、かといって感動の再会を喜ぶようなタチでもない。


 どうしようか、どうしようかと独り言ちり、会った時に考えようかと決めた時には森を抜けていた。そして、また次の森に入る。だけれど、足跡は濃くなっていく。


 また少しだけ進んでいくと、キャンプ場まで何メートルと描かれた看板があった。

 

 そうして、残りの分を馬の脚が潰していくと、昔のキャンプ地らしきところがぼうぼうと見えてくる。



 足跡はその入り口に続いている。飛び降りたかった。でも、そうするとヤドヴィガとシロマルに迷惑がかかるため、足だけがうずうずと動く。


「すまない。先に行く」


「あっ、そんな風に降りたら危ないって!」


 完全に足が止まり、降りてもいいぞというヤドヴィガの合図にこちらは飛び落ちて、そのままキャンプ場の施設の中へと入っていった。


 その足跡の先に、馬はいなかった。ああ、そうだった、自分の予想はことごとく外れてしまうのが常であるのを今の今まで忘れていた。



「なんだと――――1日前?いや、もっとだ……。嘘だろ、月見里がもう去った後なのか……!」


 キャンプ場の管理小屋らしきところに入った後、追いかけてきたヤドヴィガがあんぐりと口を開ける。


 目の前にある大きな地図に自分もあんぐりと口を開けるしかない。地図には月見里の文字らしきものがびっしりと書き上げられ、それはずっと横浜と書かれたところまで続いていた。


「月見里……」


 その文字の中にある日にちが本当ならもう既に横浜まで半分の道に行っているようだった。


「いや……まさか、あの子はそこまで出来るほど技術はまだなかったはず……」


「月見里は、よく自分の能力を隠すやつだった……」


「これだけ、計画をびっしり書かれていると嫌でも分からされるさ。いや、それでも、相当早駆けしないとこんな距離までは移動できないぞ。そもそも高速道路を使って、移動するのもイカれてる……」

 

 ヤドヴィガはそう言って、帽子やら襟元を整えながら、陽動か何かとブツブツ言いながら頭を整理しているようだった。


 だが、おそらく陽動ではない。


「行動力のあるやつだ」


 やっぱり、月見里はすごいやつだったのである。だが、もう喜べるほどの余裕はない。単身で街に飛び込むのは自殺行為だと散々教えてきたというのに――――。


「ヤドヴィガ。もっと移動したい」


「すまない……。もう夕暮れ時だ。これ以上移動するのは、シロマルの体力がもたない。暗い森の中で馬を操るのも難しい」


「分かった。じゃあ、俺は一人で行く。お世話になった」


 自分はそう言って、ヤドヴィガに頭を下げた。踵を返して、外へと出ていく。早く行かなければ、あいつは『あれ』に食われて犬死するのだ。あのクソガキめ。


 だが、ヤドヴィガに腕元を掴まれた。


「待ってくれ。それこそ、自殺行為だ。お前が死んだら、月見里に合わせる顔がない」


 まるでファミリー映画の一幕のようなセリフを言っている。まさか、それほどの価値はない。


「いや、そんなことはない。月見里と俺はそれほどの仲じゃない。だから、俺が死んでもどうでもいい。連れ帰る」


 そうだ。そうなのだ。自分と月見里は赤の他人だ。ただただ、偶然出会って、偶然関係が続いてしまった腐れ縁の延長線みたいな関係なのだ。


 だが、ヤドヴィガは物凄い形相で睨みつけてきていた。


「お、お前――――!本気で言ってるのか?なあ、お前が眠っていた時、一日も欠かさずお前の傍にいたんだぞ」


「それは縋りついているだけだ。月見里は俺に縋りつくしかなかっただけだ」


「なんだと?一度でもあの顔を見せてやれば――――クソ!それならなんだ?こんなにも必死になってお互いを助け合うお前たちは家族じゃないとでも言うのか?」


「そうだ。それでも、俺と月見里は赤の他人だ――――。そうでなくては、ならない!」


 そう叫ぶと、ヤドヴィガは「なっ、お前……」とこの世の関節がずれたような表情をしていた。だが、すぐにため息をついて、覚悟を決めたような顔に変わる。


「……分かった。なら、私もここから歩いていこうじゃないか。シロマル、もう戻ってもいいからな」


 ああ、ヤドヴィガは嘘をつくのは下手だけど、ジョークを言うのは上手いらしい。そう思ったけれど、ヤドヴィガは建物の外で待っていたシロマルをひと撫ですると、制服を正して何の躊躇もなく歩き出す。ああ、くそ、ジョークも下手だったのか。


「いや、それはダメだ」


「どうしてだ?このまま夜通しあるけば、間に合うかもしれないだろ。あの子は賢い子だ。夜はきっとどこかで休憩しているだろう」


「それなら――――」


 ここで休息をとって、それから馬に乗って移動したらいいと――――と言いかけて止まる。自分は馬の速さと人の速さを見間違えるほど馬鹿ではなかった。


「……悪かった。言っていた通り、ここで休息を取ろう」


「よろしい」


 ヤドヴィガはうんうんと頷いて、「それなら、晩飯の準備を手伝ってもらおう」とこちらにお鍋とお玉を持たせてきた。


 何を作ればいいのだろうか。思案を張り巡らせてみたら、カット済みの野菜が入った袋とキューブ型の何かが手もとに飛んでくる。


「外に井戸水があっただろ?水と野菜とそれをぶち込んで、コンロで蒸しといてくれ」


「あっ、ああ、わかった」


 緑やらオレンジやら久しぶりに野菜というのを見た気がする。そういえば、井戸はどこにあったっけかと外に出た。

 すると、出番かとばかりにシロマルが近づいてきて、器用に鼻を向けて井戸の場所を教えてくれた。こちらより賢いのじゃないだろうか。


 こちらは会釈をして井戸へと向かう。我ながら不器用な運びように、給食の時こんな鍋を運んだよなと変なことを思い出してしまった。

 

 鍋を運び終え、井戸水を鍋の中へと入れる。じょぼじょぼと鍋へと流れていく水に、琵琶湖の時に食べたスイートポテトを思い出してしまった。なぜだろうか、連想するようなものはないというのに。


「今頃、月見里もこんな料理を作っているのだろうな――――」


 あの乾パン粥カレーの味を思い出す。すっかりと頭が冷えてしまった。ヤドヴィガはいろいろとすごい人間だったらしい。


 ※ ※ ※


「今日は屋内で眠れるから、寝袋だけ用意したぞ。後は、食べて寝よう」


 水も汲んでしまって、携帯式のコンロでぐつぐつとキューブと同じ色をして踊る液体と具材たちを眺めていると、ヤドヴィガがそう言ってきた。

 すっかり暗くなってしまって、灯りがコンロの火しかない今はヤドヴィガの顔が湯気の中にぼんやりとしか浮かび上がらない。


 だからなのか、黄金色のスープから立ち上る香ばしい匂いを放っておいて、自分はずっと彼女の顔の方を見ている。


「どうした?」


「ああ、いや、美味しそうな匂いだと思って」


「そうか。それは嬉しいな。そうはいっても、ただのレタスと人参をみじん切りとコンソメスープの素なんだけどな」


「なんだって?すごい御馳走だな?」


「……そうか、やっぱり君もそう言うか。今日は多めに食べていいぞ」


 おかわりもあるからなとこちらのお椀によそぐヤドヴィガ。作ったのはこちらなのでおかわりはあるのは当然知っているのだが、月見里の優し気な笑みに言い返すことが出来なかった。半分食べたら、お腹いっぱいと言えばいいだろう。


 ヤドヴィガに言われぬうちに、いただきますと手を合わせてから受け取って口につける。懐かしい味だ。濃厚なスープなのに、あっさりとした野菜の甘みがのどを潤す。

 食べれば食べるほどどうしてお腹が空いてくるのだろう。もっともっと欲しくなる。


「月見里も同じように食べてたな」


「……だろうな。ずっとサツマイモを食べていたから仕方がない」


「そうだったの!?いやあ、そりゃあ、道理で飲む勢いでがっつくわけだ」


 ヤドヴィガは目を丸くした。


「月見里から聞いてないのか?」


「全く。そのあたりも秘密らしくてな。ずっと喋ってくれるのを待ってたんだ」


 事情も知らない人間がいろいろと思い出させようとするのも良くないだろうしと、ヤドヴィガは自分の茶碗を回して俯いた。


「なあ、月見里や皆はこんなごちそうを毎日食べられているのか?」


「ああ、もちろんだとも。なんたって子供は大きくなるのが仕事だからな。私たちも、同じようにパンとかシチューとか、たまにステーキとかも食べてるさ。本当にたまにだけど……」


「昨日みたいなのも食べているのにか?」


「うむ……あれは賞味期限切れてたし勿体ないから食べておいた方がいいかと思って……その、すまないことをした」


 胸を張っていたヤドヴィガだが、申し訳なさそうに帽子を脱いで深々と頭を下げられた。ダメだ、自分はまだ冗談が使えないらしい。

 

「いや、悪かった。食糧は大事だからな。その気持ちはよくわかる。むしろ、こちらも謝らないといけないことがたくさんある。昨日、ずっと俺がまごついていせいで大分距離を引き離されてしまった」


「それを言われたら、病み上がりの民間人を連れまわす私の方がダメだと思う」


「あっ、ああ……クソ、なんて言えばいいのか分からないな」


「まあ、明日のことは明日になんとかなるだろうさ。よく言うだろ、家宝は寝取れって!」


「……そうだな」


 聞いたことがあるような無いような言葉だ。だが、ヤドヴィガの力強い笑みを見ていると、なんとかなるようなそんな気がした。



「ごちそうさま」


「もういいのか?」


「ああ、これ以上食べると食べ過ぎる。俺は鍋を洗ってるよ」


「うむ。分かった。明日の朝は私が作ろう」


「ありがとう……」


 半分ぐらいで惜しくも食べ終わった。残りのものをお腹がいっぱいだと言い張って、ヤドヴィガのお椀に全部渡してしまう。それから、鍋を洗いに井戸へと向かうと、シロマルが草を食べる音が聞こえてきた。


 邪魔をしないように静かに鍋と食器を洗って、そのまま管理室に戻って歯を磨いてからヤドヴィガが用意してくれた寝袋にくるまる。


 本当に静かだ。虫か鳥の声ぐらいで、やっぱり安全らしいとほっとした。でも、それが当たり前だと思っている自分がいて、慣れてしまっている自分が恐ろしい。



「おやすみ」


「おやすみ。ランタンはつけっぱなしでいいからな」


「……ああ、悪い」


 少しだけ光度を落としたランタンの外側に薄っすらと地図が浮かび上がっている。びっしりと書かれているのに整然とまとまった月見里の文字に、今は懐かしさを覚えてしまっている。腹がいっぱいになってしまって、気持ちに余裕が出来てしまったせいなのだろう。


 だが、ずっと見ていると、いつも見る字よりも汚いことに気付く。相当、詰め込んだのだ。これでもかと月見里の覚悟が滲んできているような気がして、気持ちだけは無性にむず痒くなってしまった。


 それなのに、体は重くて起き上がれないし、普段使っていないところが痛い。特にふくらはぎが痛い。乗馬は意外と体力を使うようだ。

 

 流石、軍人というべきなのか、ヤドヴィガは寝袋に包まったらすぐに寝息を立てて眠っていた。


 地図によると、月見里はヨコハマとヤマナシを結ぶ高速道路の上にいる。きっと、明日もそこからずっと歩いて、カナガワへと行ってしまうのだ。


 あの予定の通りに。明日の朝日が昇り切らぬうちに。あのクソガキは。


 月見里は決して予定をご破算にしないだろう。そういうところに厳しい子である。


 でも、やはり、目を何度開けても朝にはならないし、足はパンパンに張っているだけでで体の中にあった勢いもとっくに死んでいる。


「早く明日になってくれ」





 

 


 

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