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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
じぱんぐおぶあす
85/93

ヨコハマに行ってきます


 自分は病室をうろついていた。


 ヤドヴィガから貰ったお見舞いのリンゴも手をつけるヒマもなく、散らかったベッドのまわりを行ったり来たり。それが、無駄であることは壁にかかった時計に分からされているけれど、これさえもしなかったら自分は死んでしまうのではないだろうかというくらいに焦っていた。


「何が薬を取に行くだ……クソガキが」


 月見里が消えた。ただ一つの手紙を残して。こちらのための薬を得るためにヨコハマまで行くという一文を血相変えて届けにきたヤドヴィガからこちらの手元に置き去りにして。


 ヤドヴィガによると演習の隙をついて馬と食料を盗んでいったらしく、対処についてリーダの人々が会議をしているらしい。


 なんて馬鹿なことをしたんだあのクソガキは。どうやって、責任を取るというのだ。


「……クソ」


 月見里が『あれ』に掴まれて食い散らかされている光景が脳裏によぎる。何度も何度もよぎる。


 もういっそのこと探しに行きたい。だが、ヨコハマがどこにあるか知らない。アシもなく、アシがあったとしても地理感のない場所で動いてしまったらすぐに遭難してしまうだろう。それぐらいの判断力は無駄にあった。


 だから、ヤドヴィガが帰ってくるのを待っていた。腹正しくてベッドを蹴りたくなったが、躊躇してしまう。いっそのこと、どうしようもないバカであったらよかった。 何もかもが中途半端だから、ただただ馬鹿みたいに辺りを回るしか能がないのだ。


 そうしていると、黄金の国の人たちの声が脳裏によみがえる。シーツ越しに聞いたあの弾ける声。あの消しカス臭い机越しに聞いていた声。

 月見山があの中にあったらどれだけ馴染めていただろうか。人気者だったに違いない。


 こんなところもう幻でしかないと思っていたというのに。謝ったら許してくれるというのだろうか。疲れ果てベッドに座り込むと、木槌を叩く音が脳裏に響く。


「こうなったら責任を……!」


 自分は果物ナイフを掴み、お腹に押し当てた。鋭利な感触にかつての感情がぶり返す。ヤれ、ヤれ、ヤれ!

 

 それでも、月見山がこめかみに銃を押し当てたときの表情が過ぎると、奥に進むその手が止まった。 自分はいつからこんなにも自意識過剰になったのか。


「クソ、クソクソクソ!」


 ナイフを置き、体を丸めて小さくなる。頭が冷めたり熱くなったりどっちつかずの気分にもう耐えきれなかった。


自分は立ち上がって、あてもないのに外を出る。


 丘の一つにポツリと取り残された病院。かつて頑丈だったコンクリート塀に取り囲まれているのも意味を成さないほど、周りには何もない。


 せめてもの抵抗に、自分は建物の裏手へと回ってやった。裏手は裏手らしく、建材だとか家具だとか自転車だとかが散乱死体と化していてごちゃごちゃしている。

 もしかしたら、自転車が使えるかもと近づいてみたが、タイヤがもうすでに干からびていて自分の浅はかさを知った。


「やっぱり、なにも……」


 しかし、その中に一つ見覚えのある形をしたシーツがあった。高速道路のサービスエリアで出会ってから数年間ずっとあった姿。


 ごみをかき分け、そのシーツを掴み、取っ払った。


「こんなところにいたのか、ピョン吉」


 馬鹿みたいにガソリンを食って、煙をふいて、パンパンと不吉な音がエンジンから鳴りやまぬ腐れ縁。


 最後に湖で見たあの姿のまま、鎮座していた。


「これなら……」


 月見里を追いかけることができる。だが、名前通りの物置ではすんなりと出せるような状況でもなく、途方のない時間がかかりそうだ。


「関係ない」


 自分はまず近くに散らばったゴミを足でどけた。今は藁にでも縋りたい。見知った藁ならなおさらだ。


 ガチャガチャバタンとけたたましい音をあげて崩れるけれど、やはりそれでも地面が埋め尽くされている。


「待ってろよ、月見里――」





 ガチャガチャバタンバタン。


 バリバリバリ。


 残った建材をどかすと、最後の雪崩が襲い掛かる。


 予想はものの見事に的中してしまって、物をどけつつバイクを病院の前に引っ張り出した頃には昼すぎになってしまった。


 夕方ぐらいになるかと思っていたが、これが火事場の馬鹿力というのだろうか。ならば、このまま馬鹿みたいに走らせて月見里を追いかけてやろう。体を動かし過ぎたせいか、勢いだけはあった。

 

 「――――ぃ!」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、溌剌で愛らしい声が一つ飛んでくる。馬に乗ったヤドヴィガがこちらに手を振って近づいてきているようだった。


 自分は急いで鍵穴に挿しっ放しだった鍵を回し、セルスイッチを押した。状況的に自分も逃げようとしていると思われているのだろう。実際そうなのだから言い訳のしようがない。


 帰ってきたら月見里と二人で土下座して謝ろう。そうしたら、月見里ぐらいは許してくれるはずだ。そうしたら、見事ハッピーエンドの大団円になる。


「――――い!」


 ヤドヴィガは逃がすまいと慌てた様子で近づいてくる。キキキと始動音がなるだけで、一向に前に動くことはない。


 昔眺めたホラー映画が脳裏によぎる。もうこのまま捕まってしまうのか。いや、まだだ、捕まえられるのは俺が月見里を捕まえてからだ。


 最後の一押し。


 エンジンが息を吹き返すかのように、ドドドと轟いた。


「しめた――っ!」


 ヤドヴィガはもう後寸前のところまで来て、必死に腕を伸ばしてきている。帰ったら、いの一番に彼女に謝ろう。


「すまない!月見里を探しにいってくる!」


「あっ、だから、違うって――!」


 ヤドヴィガの静止をふりきり、アクセルを回す。


 ブルゥン!バイクがけたたましい音をあげた。


 だが、バイクは進まずに、空気が抜けたような音がしてまた止まった。セルスイッチを押しても、もうキキキという音さえあげない。いやなほど無音。さっきのはどうやら断末魔だったらしい。


 自分は食われた。嫌なほどの無音。蹄の音さえなくなって、いつの間にか隣にいたヤドヴィガが気まずそうな表情を浮かべていた。

 

「あの、すまないが。それ、燃料入ってないんだ」

 

 ヤドヴィガと目を合わせるのも恥ずかしい。結局、自分は何もできずに終わってしまうのか。仕方がない、それが毒虫という人間なのだ。


「それに、服がボロボロになってるし……うわぁ、傷だらけじゃん」


 ヤドヴィガは全身隈なく見られて、怪しい声色で言った。観念したと自分はヤドヴィガに両腕を出した。


「――――っ!悪かった。俺を捕まえてほしい。それで……どうか、月見里を見つけ出せられたら、許してあげてほしい」


 そして、身を地面に投げて頭を下げた。支えを無くして倒れたバイクが自分の身体を押しつぶすがどうでもいい。ひたすらに土下座をした。


 これが外国の人にこれが通じるのか分からないけれど、身を全部地面に張り付けて頭を下げた。


 馬から降りる音がして、いきむ音と共に体にあった重みが軽くなった。


「頭をあげてくれ」


 ヤドヴィガに言われ、頭をあげると穏やかな顔がそこにあった。


「いろいろとやってくれてありがたいんだが、私も月見里を探しにいきたいんだ」


「あっ――ああ……」


「そのザポロージャンとか、生産部――他のリーダの人たちが、今すぐの捜索に反対していてな。広範囲の捜索になるから、人数と計画が必要なんだと。考えなしの行動はダメとかうんぬんかんぬん。ハッ。もうラチが空きそうにないから、私も探しにいく。困っている子供を助けるのも軍人の義務であり誇りだ!」


 そう言って背を伸ばすヤドヴィガは、いつか漫画で見たスーパヒーローのように見えた。


「……ああ」


 自分はいろいろと勘違いをしていたようだ。今の自分の顔はどれほどマヌケなのだろう。ヤドヴィガは気まずそうな顔をしているので、きっと酷いものなのだ。


 ヤドヴィガは後頭部に手を置いて、話を続ける。


「まあ、なんだ。本当は、一人で行くつもりでその挨拶をしに来ただけだったんだけど、流石に今の姿を見たらそういうわけにもいかなさそうだし……。私よりもずっと街での生き残り方に詳しいとも聞いている。それに、頑固な月見里だ。きっと、起き上がった君の姿を見ないと帰ってくれそうにないからな」


 街での生き残り方に詳しいかと言われれば、運がいいだけだと否定したくなった。ただただ街の恐怖を知っているだけの自分は、ただ一人だけで行きたい。そう言わなくてはいけない。


 それでも、自分の頭はもう縦に振ってしまっている。

 

 ニッと笑うヤドヴィガが馬に乗りあげ、こちらに横づける。その姿にある種のかっこよさを感じていると、ゆるりと手を差し伸べられた。


 バイクも動かなければ、アシはもうヤドヴィガの馬しかない。


「乗ってくれ」


「ああ」


 小さな女性の手。本当なら払いのけなくてはいけないものだけれど、自分はすぐに手を出してしまった。

 


 

 その後、自分たちは病室に戻り、ヤドヴィガが書置きを残しているを待っている間に、自分はボロボロになった服を着替えた。


 ボタンを留めている時間さえもどかしいけれど、旅の準備はしっかりしなくてはならない。

 そうして、ヤドヴィガが書置きに行ってくるからなと挨拶を込めたのを見てから、逃げるように馬に乗り込んで自分のいた病院が森の木々で見えなくなるまで眺めていた。


 やがて、森だけになった後、馬は早歩き。駆けていないのは自分がちょうどベンチに座るような形になっているからである。

 座り心地は決して悪くないが、ガタガタと上下に揺れる初めての経験にもう体がそれ以上動かないのである。


 馬もといシロマル(ヤドヴィガから聞いた)にも、ヤドヴィガにも迷惑だろうし、自分も早く行きたいのでまたがりたいが、落馬しかけてしまったのでずっとこの座り方のままでいるのである。ままならない。

 

 ヤドヴィガによると、この座り方は貴婦人の座り方らしい。汚い座り方じゃなくてよかったと言ったら、ちょっと笑っていた。


 月見里もこんなじゃじゃ馬な乗り心地でよく操縦できるものである。一年前からずっと乗馬の練習していたとも、ヤドヴィガから聞いてはいるが。

 

 飲み込みの早い月見里なら、さもありなん。だが、まさかこちらを助けるためにずっと練習していたのかと思うと、すごく腹がムカムカしてきた。



「大丈夫か?」


 ふと、ヤドヴィガに話しかけられる。どうやら、またぼーっとしてしまったらしい。


「ああ、すまない、大丈夫だ」


「もうすぐキリガミネを下りるぞ」


 キリガミネ、多分ヤドヴィガ達のいた山のことを言っているのだろう。後ろを振り向けば、先ほどまでいた町が豆のようになって見えていた。


 黄金色につつまれる街並み、やはりあそこは黄金の国だったのだ。


「ヤドヴィガ、それでヨコハマとはなんだ?どこにあるんだ?」

 

 月見里をちゃんと連れ帰れるだろうか。高揚感はあったけれど、焦燥感に胸がうずく。


「横浜を知らないのか?そうだなあ……ここをずっと降りて行ったら、20号線っていう大きな道があって辿っていくと辿りつく巨大な港のある大都市圏だ」


「大阪みたいだなそれ」


「ああ。残念ながら旨い粉はないけどな。ただただ海軍さんが軍艦を押し並べてるところで――――私が最後に駐屯したところだ……」


 ヤドヴィガの最後の言葉が聞こえてこなかった。軍港だったのだろうか。それを聞く前に、小さな粒として残っていた街並みは消えた。


 森がざわざわと身じろぎして暗く濃くなっている。もうすぐ夜になる。


 ヤドヴィガもそれは分かっていたようで、山のふもとあたりにキャンプ場(の跡)があって、そこで今日の晩を過ごすことになった。


 状況がどうであれ夜に移動するのは危険であることには変わりない。月見里もそれは知っているはずだから、テントを設営しているころだろう。


 そう頭の中で整理しても、焦燥感は収まらない。


「おう、早いな。流石、熟練者だ」


「……ありがとう」


 だからか、テントを準備する手だけは異様に早くなっていた。それでも、ヤドヴィガの方がもっと手際が良くて、流石軍人だなと思った。軍人がキャンプするのかはよく分からないが。


 2人でやっていても仕方がないので、途中から自分は焚火の準備をした。ヤドヴィガから貰っていた手斧で薪を作って、ライターで火を起こしたその程度。

 

 そのころにはちょうど綺麗な三角形のテントが立てられていた。もうあたりは暗闇に更けって、焚火の上にあるフライパンの湯気がゆらゆらと踊る。


 ブロック状のものがジュウジュウと焼けている光景に違和感を覚えるが、どうやらこれはピザらしい。

 包装を見ると王冠を被ったハクトウワシがいるが、これでは何味かわからない。文字もあるけど、読めないから分からない。


 そもそも、自分はそんなことに違和感を持っているのだろうか。


「見ればみるほど変なピザだな」


「ああ、軍用品だからな味もなかなかにじゃじゃ馬だぞ。期限もギリギリ過ぎてるから、ダメだったらこっちを食べてくれ」


 いや、数十年も過ぎている。食べて大丈夫なのかと訝しんだら、ヤドヴィガから何かを投げられた。見ると、どこかで見たようなチョコレート菓子だった。まだこんなものがあったのかと驚いてしまった。


 月見里がここにいたら、きっと喜んでほおばりそうである。目の前のヤドヴィガも心なしか名残惜しそうな顔をしていた。だから、自分が食べるには勿体ない。


「いや、ダメだったら、俺が食べる」


「ダメだ。君は民間人だからな。民間人を守るのが、軍人の役目だ。役目を奪われたら困る」


「そ、そうか、じゃあ、それがダメそうだったら……もらうことにする。半分だけ」


 少しだけ食べておけばいいだろう。


「……君も強情だな。民間人。全部食べてもいいのに。そのチョコ……まあ、ヘヘ、メチャ美味しいからな」


 やはり、ヤドヴィガはこのチョコが好きらしい。しかし、あの軍服然とした表情で断られてしまったので、これ以上断るのは失礼な気がする。

 どうしてかは分からないのだが、東台の姿が脳裏によぎった。ヤドヴィガもある種の信念を持っているのだ。


 焼けたピザの良い匂いがしてきた。多分、おいしいピザ味なのだろう。


「出来たな。皿をもらうぞ」


 ヤドヴィガがそう言って、ピザを分けてこちらに用意してくれていた皿と自分の皿に入れた。


「いただきます」


「あ、ああ、いただきます」


 そうして、2人で手を合わせた。なんだか、外国の人が手を合わせている姿を見ていると、なんだか不思議な気分になる。いや、そんなことに、自分は不思議な感情を覚えていたのだろうか。

 

 ぼんやりと眺めてしまったが、これだとヤドヴィガに毒見をさせているようではないかと思ったので、慌てて自分もピザを口に運んだ。


 濃厚なチーズ味だった。塩味が利いてて歯ごたえもサクサク。何といえばいいのか、たくさん運動した後に食べたら美味しいだろうなという味だった。多分、美味しいのだ。


「これ、おいしいか?」


「ああ、食べれるからうまい……」


 お互い微妙そうな顔をしていた。だからか、自然とチョコレート菓子に二人手を伸ばしていたのだ。


 こちらが先に取ったのでそのまま包装を破って、ヤドヴィガに8割ぐらい渡した。


「おい、私のが大分多いぞ。もっと食え民間人」


 だが、ヤドヴィガが少し怒ったような顔をして、半々にされる。月見里も似たようなことをしていたよなと懐かしくなってしまって、ヤドヴィガが美味しそうに頬張る顔に月見里の顔が重ねてしまって、意地でも戻してやろうという気が無くなってしまった。


 自分もチョコレートは好きだった。気を取り直して口に含めば、確かなチョコレート味。茶色とはかけ離れ過ぎたカラフルな粒々で不安なところはあったが、齧ってみると確かに濃厚なチョコレートの味があって安心した。


 だが、包装に目を落とすと、なんだか頭に引っかかるものがあった。それがなんであるかはよく分からないが、包装のデザインにじっと見てしまっていた。アルファベットではない。


「ん、ああ、そうだ。こいつは返しておくぞ」


 ヤドヴィガがチョコレートを頬張りながらも、丁寧な手つきで酷く馴染み深いものを手渡された。拳銃。何度も何度も助けられ、何度も何度も決断を迫られた擦れた刻印と共に黒々しく輝いていた。

 

「ところどころ擦れているから手入れはしておいた方がいい。その子、結構貴重な銃だからな」

 

「そうなのか?」


「ああ、貸してみろ。――ん、見ろ、この強化型に変更されたスライドに滑り止めのコッキングセレーション!その道の職人が溶接して削り出しを行い銃体との繋ぎ目が見えないくらいに密着させてガタつきをなくしている。そこに刻まれた刻印も……」


 テントの時よりもずっと良い手つきの良さで銃を触るヤドヴィガ。だが、銃の横面にある刻印を見た時に、動きが止まった。


 声をかけたかったが、言葉が出なかった。まるで人間から人形に変わったかのような変貌ぶりに、何か音を出したら崩れてしまうように思ったからだった。

 

 少しの間待ってみたが、それでも止まったまま。こらえきれなくなって、自分は声をかけた。


「ヤドヴィガ?」


「……なんて、冗談だ。そこまで銃の事は知らない。ザポロージャンも撃てるときに撃てるのが良い銃だって言ってたし。そう考えたらこの年季の入った銃は、すごく撃ちやすいものだと思うよ」


 目が覚めたかのように、ヤドヴィガは表情に色を戻した。そして、チョコレートをほおばり、厳かな手つきで銃を返される。


「ああ、ああ、そうだな。それは散々分からされている」


 奇怪に感じながらも、自分はそう返した。


 それでも、間が出来てしまって気まずくなった自分は、話題を変える。


「そういえば、月見里はこの飯もと――盗っていったのか?」


「ああ、馬のついでに食料庫から数週間分を持って行ったらしいとはザポロージャンから聞いてるな。本人はそれよりも武器庫から拳銃と弾薬を持って行ったことに怒ってたみたいだけどね」


 ハハハと笑うヤドヴィガ。嫌味でないことは分かるが、申し訳なさがふつふつと湧いてくる。


「……申し訳ない」


「あっ、いや、いいんだ。どうせ持って行ったのは期限切れのやつだからな」


「それでもだ。帰ったら、責任を取らせてもらいたい」


「だったら、3人で責任を取るか。私も私で物資をかっぱらってきて、よもや民間人である君を連れ出しているからな」


 ヤドヴィガはそう言って、カラカラと笑おうとするがそれにしては苦く笑いすぎている。何のことも無いように見せてくれているのだろう、いろいろと詰んでしまっているらしい。

 帰ったら怖いことになりそうだが、月見里は許れるかもしれないと思うと、ヤドヴィガには悪いがほっとしたものがあった。


 自分は深々と頭を下げた。それに、目の前にいる女性は最高司令官だ。それならば、大事にはしないでいてくれることだろう。


「……どうか帰った時には月見里のことをよろしく頼みたい」


「任せてほしい」


 自信満々に言ってくれるが、その後の「多分、3人揃って土下座しないとダメそうだけど……」というつぶやきが聞こえてきてしまった。その時は、この安い頭をめいいっぱい下げよう。どうせ、底は抜けているのだ。


「それにしても、月見里と仲がいいんだな。長い付き合いとは聞いているけど、2人は兄妹なのか?」


「いや、ただの腐れ縁だ。ただただ、長く一緒にいただけだ」


「それにしては、月見里の君に対する態度が良すぎるな」


「縋りつける人間が俺しかいなかったからだ」


 その通りだと自分で言ってて思う。初めて会ったときはまだ幼稚園児だったかどうかの小さな女の子だった。そのぐらいの子供は大人が全部正しいと思ってしまう。身近にいるのが大人が一人だけならもう猶更離れようとしないだろう。


 だから、あの黄金の国で過ごして、自分がどれほどクズな人間だったのか分かっただろうと思っていたけれど、まさかこんな事態になるとはまだまだバカな子供だったのだ。月見里は。


 しかし、ヤドヴィガは納得したような顔ではなく、キョトンとした顔をしていた。


「……ヤドヴィガ。月見里から聞いてないのか?」


「すまないな、月見里から昔の話は聞けてないんだ。いつもはぐらかされてしまう」


「……以前、俺たちはいろいろあって矢小間遊園地っていうところで暮らしていた」


 思えば、会ってから今日まで本当に迷惑をかけてしまった。自分はどうしようもない迷惑製造マシーンである。


「遊園地か、羨ましいような羨ましくないような……そんなところで二人で暮らしていたのか?」


「いや。他にもたくさんいた。だが、どうあっても――」


 最終処理場。そんな言葉が似あうようなどうしようもない場所だった。そんなため息交じりの言葉を紡ぐ前に、ヤドヴィガが興奮気味に口を開いた。


「――!生存者が他にもいたのか!?」


「もう、俺たち2人だけだ」


「……ああ、そうか、申し訳ないことを聞いてしまった」


「いいんだ。皆が望んでいたことだからな」


 肩を落とすヤドヴィガに、やっぱり普通はそういう反応になるんだろうなと妙に納得してしまった。

 

 あの時は思いっきり蹴飛ばしたいほどの怒りに満ちてはいたものの、今の自分はどうしても施設にいた祖父が死んだときのような感情しか持つことが出来なかった。ああ、終わったのかと。


 どうせ、どうあっても数年間早かったか遅かったかの違いでしかなかったのだろう。そう考えると、最後の最後まで食べ物をくれた彼らは優しかったのかもしれない。ただただ、誰も彼もどうしようもない状態だったというだけで。


「なあ、その中にポーランド人はいたか?」


「おそらく、いなかった。いたのは白髪の老人ぐらいだ」


「やはり、そうだよな……思い出させてすまなかったな」


 ヤドヴィガは酷く肩を落とした。気まずいけれど、どうしてか、彼女の虚しい笑みに温かなものを感じていた。自分は冷たくなった人間なのだ。


 それを演出するかのように、焚火の火が小さくなり夜の闇が濃くなっていた。


「そろそろ眠るか」


 そう言って、ヤドヴィガは重そうな腰を上げた。自分も眠ろうかと思ったが、ヤドヴィガも一緒に眠ることを今になって気付いて外で眠ると断った。

 だが、ヤドヴィガが「ダメだ。民間人を外で寝かすわけにいかない」と言われてしまい、それでも躊躇していたら、「それなら、私が外で寝るから君がテントで寝てくれ」とあらぬ方向まで飛んでしまってどうしようもなくなった自分はヤドヴィガと並んで寝袋を被ることになってしまった。


 月見里はおろか妙齢の東台とも並んで眠った自分だ。もともとどうしようもない自分なのに、ヤドヴィガだと妙に緊張してしまう。彼女が外国人だからだろうか。


 テントの隅に設置したランタンがぼんやりと輝いている。いささか心もとないぐらいの明るさだ。


「……月見里、もうちょっと光らせてもいいぞ」


「え?灯りつけたままの方がいいのか?」


「……すまない。寝言だ。忘れてくれ」


「いいさ、つけておくぞ」


 まだ自分は寝ぼけているらしい。また、ヤドヴィガに変な気を使わせてしまったようだ。弁明しようとしたら、もうヤドヴィガは夢の国に行ったらしい。可愛らしい寝顔を晒していて、月見里の寝顔がよぎった。月見里も眠っているころだろうか。


 ランタンを消す前に、ヤドヴィガの帽子が目に映った。王冠を被ったハクトウワシの紋章が鈍く光を湛えている。


 自分はふと返してもらった銃が気になって荷物から取り出してランタンにかざした。


 Made in PK


 見知ったようなアルファベットのような刻印が光の中で震えていた。








 ランタンを消した。



 

 



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