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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
じぱんぐおぶあす
82/93

私の日常の終わり

 

 鹿を勝利をした頃にはもう夕暮れ時のヒトロクマルマル。


 私はじゃんけんに負けて、生産部の解体屋さんに山積みにされた鹿を運ぶ。また給食に出してくれるのかな?干し肉にもするのかな?鹿肉って結構おいしいからなあ、子供たちにはたらふく食べさせてやりたい。

 

 解体屋さんに到着したら、荷下ろしまで手伝ってザポロージャンに報告。定例時刻まで自由行動を許されたので、そのまま温泉に直行した。


 汗で体がグダグダで、早くさっぱりしたい。心なしか、シロマルがいつもよりも速く走ってくれているような気がした。



 ヒトロクサンマル。温泉に到着。もう入り口前には、他の馬車が止まっていた。


 散りばめられた花のイラストを見る限り、どうやら子供たちと親御さんがすでに入っているらしい。中に入ると、もうお湯から上がって牛乳を飲んでいる人もいた。明日の祭りに備えて早めに入ったのだろう。


 私も早く入らないと――。すでに入っていた人たちと挨拶をして、脱衣所で服を脱ぎ、帽子だけは防水袋に被せて被り、そのままの勢いで温泉に入りたいが苦い思い出があるので、行儀よく流し場で体を洗う。

 大人と子供が混ざり合って体を洗っていて、私もどうしてか子供と間違われて洗われてしまった。帽子と体で気づかれたけど。


 私も洗われっぱなしでは癪なので、私も他の子をひっ捕まえて洗って洗いっこ。


 文字通りの芋洗い状態で、命からがら体ピカピカで抜けだしたら、そのまま温泉に入った。


「あ”ーー」


 今日の疲れが声から漏れる。ほどよい温かさが疲れ切った体にしみ込んでいく。牛乳石鹼の匂いに包まれた体なので、私はこのままバターになりそう。


 やっぱり、温泉はいいな、子供の頃にザポロージャンに連れられて以来(硫黄とかいう臭いの含めて)温泉は好きだ。ハンガリー人もハマる理由が分かる。

 ホテルの温泉施設だったみたいだから、結構オシャレだし。湯気に踊る木目を見ると落ち着く。


 同じく入ってきた子供たちさえも、騒ぐこともなくだらけ切った顔で浸かっているのだから。早く出ようと思ったけど、やっぱり無理だな。私は犬みたく舌も放り出して、存分に温泉を楽しんだ。 


グデグデにならないうちにお湯から出ると、子供達と同じぐらいに出たので牛乳をご馳走してあげた。それでも、ラジオ体操1日分のスタンプで払えば済むので結構お手頃価格だったな。


 子供たちは親御さんたちを待つみたい、まだ馬車が来る時間でもないからゆっくりと待つことだろう。午後は他のやつがやってくれているのでありがたい。


 湯気に包まれて外へ出ると鮮やかな夕闇に包まれる。シロマルはもしゃもしゃと草を食べていた。そうだった、夕ご飯食べておかないと――学校行かなきゃ。


 シロマルも私に気づいたのか、草を食み続けながらも自分の体を落としてくれた。


「食事中にごめんな、シロマル」


 気にするなよと、ぶるぶるといつもの鳴き声をかけてくれる。お言葉に甘えて、私は学校までひとっ飛び。


 おかげさまで、30分前ぐらいには学校に到着。ちょうどザポロージャンたちと入れ替わるような形になったらしい、お互いにお疲れ様と労らって登校。いや、学校は閉まってるから入店になるのか。


 独身の軍人の夕ご飯は学校で出してくれる。

 

 配膳の朝比奈さんのフワフワな笑顔に、私は緊張で強張りかけた笑顔で夕食を貰って食べる。今日はシチューだったようだ。人参とかジャガイモとかゴロゴロ入っているのに目が奪われる。いただきますと口に運ぶと、あっという間になくなってしまった。クルヴァ。


 お腹は膨らんだのにちょっと寂しいけど、腹八分目がちょうどいいらしい。ごちそうさまでした。

 

 

 ヒトロクマルマル。私は司令部兼私の家へと帰る。


 学校から司令部までの道は結構距離がある。周囲を見ても建物一つない道。山々が連なるところに浮かび上がるように私はいる。朝に見るそれは好きだけど、夕方に見るそれはあまり好きじゃなかった。

 

「山の上のポルスカ人か……」


 ふいに、足を止めた。ずっと、ずっと先まで山々が続いていて、平たい地の寄る辺がない――。もう馴染んでしまった景色だ。


「うおっ――と」


 ふいに、シロマルが体を揺らして帽子が外れ落ちたので、空中で捕まえ直して手繰り寄せる。帽章のハクトウワシが鈍いながらも煌々と光っていた。


「……帰ったら、また手紙を書かないとな」


 私は帽子をかぶり直して、ゆっくりと歩みを進めた。


 

 ヒトナナマルマル。


「えーと――文化祭の出し物を楽しみにしています。ポーランド=ポーランド=ハンガリー連合王国新大陸波陸軍日本方面軍臨時最高司令官ヤドヴィガ・クフィアトコフスキと……よっしゃあ、終わったあ」


 司令部に帰った私は、シロマルに飼い葉を与えて、自分の職務室で手紙を書いていた。手紙の内容って本当考えるのが大変だ。でも、毎日配達とか送迎をしてくれてありがとうっていうのを色んな言葉で伝えられると私も本気で書かなきゃ失礼というものだろう。手紙貰うのは嬉しい。


「ザポロージャンたちが来るのは、後一時間後か……」


 また明日、配送ついでに送ればいいかと机に置いて、私は達成感と共に残していたコーヒーを一気飲み。これで大人の仲間入り。牛乳多めだし、たんぽぽコーヒーだけど。

 

 まだ一時間あるのが手持ち豚さん感なので、愛刀の手入れを行うことにした。愛刀といっても祖父のもので、そもそも祖父が日本の上陸作戦に参加した時に友人になった日本兵から受け取ったものらしいので、私とはあまり関係性がないのだが。

 

 それを父経由で貰ったので、刀からしたらこいつ誰だよと思われてそうだ。


 すまないな。身長も低いからいつも腰には下げられないが、刀の手入れだけはさせていただこう。祖父と父とザポロージャンから習っているので、錆には絶対にしない自信だけはある。


 だから、ちょっとだけ力を貸してほしい。手入れを終わらせた後は、そんな風な願いをこめて、一振り二振り。かちゃりと重々しく鞘に納めた


「今日こそ成功させるぞ」


 最後の駄目押しに、壁に掛け戻した刀にぱんぱんと柏手を打って、ダメ押しの神頼み。神様、仏様、刀様、女王陛下様!


 清水寺から飛び降りる勢いで、机の引き出し漬けておいた計画書を手に取り、セイム室へと赴いた。


「やっぱり、そろそろ政務室ってちゃんと書き直しておいたほうがいいよな」


 政務室のドアに下げられた私お手製の看板に、昔の私を苦く笑ってしまう。漢字が苦手だった頃に書いてしまったので、政務だけカタカナになっているのだ。


 いつかは直すべきだけど、今日じゃない。これも芸術ってやつなんだ。ソファの配置ヨシ、机ヨシ、黒板ヨシ、看板以外は全部完璧に整っている。後は待つだけだと、ソファに座り込んだ。




 ヒトハチマルマル。運命の時が来た。



 ザポロージャンたちの談笑する声が外から聞こえてきて、私は彼らを歓待してセイム室に招き入れた。


 これで、生産部の重鎮と私たち軍部の重鎮が一同に会したことになるのか。元の持ち主が展示していた可愛らしい手作りの机と椅子を囲みながらも、威圧感はぬぐえない。

 今の私にとっては、いつもよりもずっと緊張を覚えるが、機嫌取りのためにたんぽぽコーヒーを皆に出した。ありがとうと言われたけど、反応はまちまち。初手だからこれでいいのだ。


「それでは、谷澤さん、明日のお祭りの事前確認でもしてしまいましょうか」


「そうだな、ザポさん。俺の方もそれ以外話すこともないし、ガハハハハ」


 最高司令官ともいえども、私の議題を真っ先に話せるわけもなく、本題である明日の祭りに関しての議題についての話題が切り出される。

 議題といっても、もう何か月か前から練り上げていることなので、本当に明日の流れと参加者の確認程度なのだ。


「こちらの方でも体調不良で休む兵はおりませんので、参加者は最高司令官のヤドヴィガを筆頭に当初の通りになるかと思います」


「おう、了解。ヴィーちゃん、明日は頼むな!」


「あっ、はい。誠心誠意頑張ります!」


 時間割も特に変わりないことを確認すると、もうやることはない。正直、平和な日常の中で出てくる議題は、やれどこどこの畑が動物に荒らされただとか、やれどこに配送してほしいだとか、迷子の迷子の子牛さんを探してほしいだとか、本当に日常のことばかり。


 最近、あの問題児ちゃんと眠り姫で新しい議題が出てくるけど、それも日常の延長線上に過ぎない。ラジオ体操さぼったとか不登校とか、ちゃんと馴染めているのかどうかとか。


「それでは、他に議題が無ければ、もう終わらせてしまいましょうか」


「今日もゆっくり話したいが、明日は朝早いしな」


「ははは、またお祭りの時にその分騒いでやりましょう」


「ガハハハ、いいね。明日は清酒も持ってくるからじゃんじゃんやろうぜ」


「おっ、いいですな、大将。是非水割りでキュッといきたいものです」


「待ってください!私も議題があります」


 お酒の話で盛り上がる中、私は勢いよく手を挙げた。私たちはポーランド軍人、民の安寧なる暮らしを守るためにここにいるのだ。


 でも、目の前にいる人たちは、私が抱いている資料を見てあの話かと微妙な顔を並べられている。


「あれかい?ダムの話か?」


 谷澤さんが、これまた微妙な顔に重ねた声色で言われる。でも、私は負けじと黒板に資料を勢いよく貼りつける。身長が足りないから、黒板の下あたりに高らかと貼り付けた。


「そうです!ダムの話です。今我々の生活は太陽光発電とダムからもたらされる電力によって賄われていますが、現状停止の危機があるのはご存知でしょう?」


「前置きは省いてください、最高司令官どの」


「ごめんなさい。発電設備自体は問題ありませんが、発電するための川から水をくみ上げる設備――ここでいうところのポンプの部分は交換期限を過ぎて稼働しており、実際に不良が出ているなか現状騙し騙し使っております。まだ完全停止に至るような状態ではありませんが、技術者の中では、数年以内に止まるかもしれないという者もおります。だから、早急にそのポンプを交換を行う必要があります」


「ええ、そのあたりは何度も聞いております。我々が管理できる範囲にあるダムはそこしかないし、交換しようにも水をくみ上げて発電を行うダムが付近にないから、大遠征をする必要があるということですよね?」


「はい、そうです。太陽光で賄える部分は確かにあるでしょうが、それでもダムを失えば巨大な電池を失ったようなものです。我々の生活はちょっとの時間で中世に戻ってしまいます!」


「ええ、それも分かっておりますとも。それで、おっしゃっているポンプは一体どこにあると?」


 待ってましたとばかりに、次の資料を見せつける。虎の子の部品注文書。一年前にダムの事務所で見つけたものである。


 ザポロージャンが少しだけ興味深そうに見ているのに気付いて、胸が高鳴った。


「それもダム内施設の調査して見つけました。この資料によると、名古屋に荷物が降ろされて運ばれる予定だったそうです。こちらに書かれている日付もあの事件の数日前ですのでまだ港にある可能性は大いにあるかと思います」


「なるほど、目星はつけていたのですか――根拠はあるのですか、具体的な場所などは?」


「いや、それは……しかし、探してみないと分からないじゃないですか」


「申し訳ない。我々の馬も生産部の人たちから借り受けたものです。根拠もないにも関わらず人員を割いて遠征するわけにもいかないのです。そもそも、我々はたかだか40人程度の人数しかおりません。遠征の間に霧ヶ峰と八ヶ岳にいる人々をどうやって守ると言うのです?」


「……それはまだ模索中です」


「そうですね。それでは、私が考えてみましょう。八ヶ岳と霧ヶ峰にいる人々と家畜を一か所に集めて警備するとしましょうか――」


 ザポロージャンが続きを言いかけた時に、ちょっとちょっと待ってくれよと谷澤が慌てたように口を挟んだ。


「いや、それはザポさん。それは無理だわ。牛数頭程度なら運べるかもしれんが、百頭単位で運ぶのはなあ。それにそんなことしたら小屋も一杯になるしで、餌はどうにかなるかもしれんが――。牛もストレスで乳が出なくなっちまうよ」


「……いや、失敬。それでは100歩譲ってそのあたりを解決したとしましょう。それでも、兵站のないまま何十キロもの距離を移動して、あてずっぽうのまま都市部を彷徨わなければならない課題が残っているのです。即座に『あれ』の餌になるでしょうな。ヤドヴィガだって、『あれ』の恐ろしさを忘れたわけではないでしょう……」


「――っ!忘れるわけなんて、ないっ!」



「それならば、結構。無謀すぎる作戦に部下を連れまわす愚かさを知りなさい。どれだけあなたが綿密な作戦計画を立てようが、前提がダメだとどうしようもありません。現状に地に足のついてない作戦計画はただの自己満足で固めたお遊びなんだと知りなさい!」


 全部、正論だ。またこっぴどく言い負かされてしまった。いや、そこまで言わなくてもと私を庇おうとする谷澤さんの声に、耳が熱くなった。


「……ごめんな、ヴィーちゃん。今回も拒否権を使わせてもらうわ」


 最後の駄目押し。気まずそうに笑う谷澤さんに、私は恥ずかしさで顔を見られなかった。


「すみませんでした。谷澤さん。今日はこれでお開きにいたしましょう」


「ああ、そうだら。ごめんな、ヴィーちゃん。明日、お祭り楽しもうな!」


 反論する暇も、踊る暇もなく、会議がお開きなった。


 谷澤さんとザポロージャンの背中が小さくなっていくのを、ただ見届けることしか出来なかった。

 

 


 ヒトキュウマルマル。


 歯磨きを終えた私は力の抜けた体を引っ張って、自分のベッドに落ちた。


「あっ、そうだった、いけない。寝巻に着替えないと」


 フタマルマルマルになったら、電気が切られてしまう。昔はこんなことなかったのに、電力が無くなった後に備えるための施策だ。


 重い体を起き上がらせて、タンスから寝巻用の軍服に着替えた。可愛いアイロンワッペンの付いた軍服に包まれて帽子を脱ぐと、私はただの軍人に戻る。

 

 ベッドに落ちた。すっかり真っ暗になってしまった――。


 子供たちの中で、暗闇が怖いなんて言う子たちは少なくない。


「そういえば、あの子も暗闇が嫌いだったな」


 あの問題児さえ、夜になったら眠り姫の手に縋って眠りにつくというのに。なんて、歯がゆいんだろう。なんて、駄目なんだろう私は。


 フタマルマルマル。私は眠りに落ちた。


 また今日も終わってしまうのか。


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