私の日常
マルゴマルマル。早朝。
日本軍の人はそういうらしい。そういえば、日本軍の人たちもこのくらいの時間に神社とかお寺とか行っていたっけとかつてを思い出す私は教会で祈っている。
天に召します我らの――。そう心の中で祈っていたけど、今はもう無言で祈っている。
マリア像はなく、絢爛豪華なステンドグラスもなく、神父もいない。パンを焼く石窯みたいな礼拝堂で祈っている。礼拝席もなく、畳の上で正座をして祈っていたら、もう祈り方なんてどうでもよくなってしまった。
「やっぱり、どうにも慣れきれない……」
「フフフ、私はもう慣れましたよ。最高司令官どの。立って礼拝されてはいかがです?プルプルされておりますぞ」
「ザポロージャン少尉どの。カトリックは座って祈るのだ。正直、今はもう立ち上がりたくないし」
「カトリック教徒はダメですな」
ザポロージャン少尉、私の元上官。もとい、私を最高司令官にしたあんぽんたんじじいがケタケタと笑う。だから、私もケタケタ笑って見せて。
「正教徒よ。正とついてるんだから正座をして祈ってみろ。結構辛いぞ」
と言ってやる。私自身そこに怒りの一つも込められないのは、もう冗談みたいなものだと思っているからかもしれない。
だって、私はポルスカカトリック教徒で、元上官はウクライナ正教徒で、プロテスタントの教会に二人で祈っている。
母国の言葉でもウクライナ語でもなくて、私たちは日本語で話している。もうこっちの方に慣れたから仕方がないけれど。
「法事の時に散々正座させられたのでもうこりごりです。アーメン」
「あっ、もう待って。えーと、なんとかに。アーメン、さような――あっ、うわ、足が!」
いつか立ち上がる時に生まれたばかりの小鹿にならない日は来るのか。きっと来ないだろうな。こんなもの拷問でしか味わえないだろう。
徐々に自分の足からピリピリした小鹿成分を無くして、ザポロージャンを追いかけて教会前で待たせていた馬に乗る。待たせたなと上官みたいに乗り上げてやりたいけど、やっぱりダメ。
身長の低さもあるから無理やりにでも乗れないなあと立ち往生していたら、賢い私の愛馬はその場でしゃがんで早く乗れとぶるると鳴き声をあげる。
「いつもごめんな、シロマル」
ぶるると気にすんなよと鳴くシロマル。白い斑点がついているからシロマル、私がつけたのに安直な名付け方をしてしまったなと思うところがある。
でも、真っ黒な体毛に白い斑点がポツポツついてたら、そう呼びたくなるじゃない。
「さあ、朝の始まりだ。今日も一日きっちりローテーション通りに頼むぞ」
まだ任務が始まる時間ではないので、ザポロージャンが砕けた口調に戻る。こっちの方が落ち着くけど、規律もあるから仕方がない。
「はいはい、ザポロージャン。それで、今日の予定はどうなるんだっけ?」
「ナナマルマルにラジオ体操で――って、いつも通りだ。朝にラジオ体操と送迎で、昼は訓練と配送で、夕方にまた送迎。ああ、だだ、今夜は会議があるから参加はしてくれ」
「ああ、そっか、明日、祭りだった。りょーかい」
楽しみだったのに、忘れるとはうっかりだった。そのままカポカポとシロマルを歩かせれば、すぐに目的の牧場へと到着して牧場主の長谷川さんと挨拶。
「おはよう。ザポさんに、ヤドちゃん。今日も悪いね」
「はは、仕事ですから」
早速、長谷川さんとザポロージャンの会話が始まる。おじさんたちはどうしてこんなにお喋りなんだろう。
それで、なんで私はまだちゃん付けなんだろう。そりゃあ、私の背丈って小学生に毛が生えた程度だけど、もう立派な16歳なのに――。16歳はまだ子供だって、ザポロージャンに窘められたのを思い出してまた腹が立ってきた。
シロマルに荷車をはめさせてもらって、マルゴサンマル。シロマルバスの完成。日常の始まり。
「あっ、そういえば、今日教会の花を変えてなかったな」
また変えてやらないとなとパカパカと道を進みながら考えると、停留所に未来が待っているのが見えた。ブンブンと手を振っていて、朝っぱらから元気だ。
ぴしっとした敬礼している子供がいたので、私も負けじと6年仕込みの敬礼を返してやる。
「おはよーうございます。しれいかん」
「おはよう、お前ら。今日も寝坊せずに来れたな」
「へへーん、がきんちょ司令官様が起きれるなら俺も起きれるぜ」
「コラッ!悪ガキ!鉄拳制裁!」
「いてえ!」
相変わらず私は舐められ、悪ガキ坊主の頭を殴って朝のお訪れを感じる今日この頃。小学生なのに私と同じぐらいの背丈になってきたのは、嬉しいのか悲しいのか。
子供たちの喋る声を聴きながら、少しばかりパカパカさせると目的地に到着。
ぼこぼことした森の中に入ると開けたところがあって、ポツンと指揮台が一つある。そこが皆集まるのにちょうどいいからといって開拓したところだった。
もう他の荷馬車が到着していて、どうやらまた一番最後に来てしまったらしい。ザポロージャンのもあるけど、同時に出発したのに私よりも早くついてるとかどれだけ手際がいいんだ。
「「おはようございます。ヤーヤー司令(官)」」
「おはよう、み――諸君!」
そして、先に到着していた同胞に敬礼して挨拶。重役出勤できるのは司令官の特権かな。私の担当場所が一番遠いし子供を乗せてるせいだけど。
「人数確認。私のひまわり班は全員参加だ」
「了解、こちらしらかば班は育児関係で休んでいる人たちを除いて2人不参加で残り28名参加です」
「ああ、昨日申請もらってた木内さんと矢那さんか、あの人ら出来てたもんな」
「二日連続休みの申請を貰ってるから、相当熱くなるだろうぜ」
「子供が出来るのなら、大歓迎だな」
子供を下ろしていつもの場所に誘導させたら、参加者の確認で集まる。ザポロージャンは引き続き生産部の指導者の人たちと話していた。多分、昼の予定の話をしているのだ。
「ヤーヤー司令もいつかは結婚するんでしょうかね?」
「フフフ、私はこのハクトウワシと結婚しているのだ」
バチンと帽章を指で叩いて示してやる。そりゃそうかと、納得したような顔をしているが、多分この表情は私の愛国心というより年齢と身長で納得しやがったな、このヤロウ。
「こちらキリガミネ方面軍。こちらキリガミネ方面軍。マルロクサンマル。問題児除いて全員参加を報告」
「了解。またあの子か……仕方ない。マルナナマルマルまでに整列を行ってくれ」
「りょうかい」
そうしていると、他地域の連中からも通信機から連絡がきた。私たちの方も準備を始めないとな。
「申請者以外全員の集合を確認。今日もよくやった!」
「お褒めに預かり光栄です。ヤーヤー司令!」
そう言いあって私たちは敬礼、目の前にいる人らも元々は同僚だったり先輩だったりするのでまだむずがゆい。
マルナナマルマル。他の兵が皆を整列させて私は指揮台に立つ。皆を見下ろすなか、指揮台横にいるザポロージャンがラジオのスイッチを押した。
「ラジオ体操第一~!」
妙に規律正しくて明るい曲と共に、私はラジオ体操を踊り、一斉に皆も踊る。
最初はこんなきびきびした踊りを皆の前で踊るのは恥ずかしかったけど、今は朝にこれを踊らないと落ち着かない私がいてビックリしてしまう。
きびきびと体を動かし、チャンチャンという終わりの音楽で深呼吸。今日が始まった。
「よーし、終わったら、皆整列して並んでくれ。今日の分のハンコを押すぞー!」
僅かばかりの余韻を得て、私は声を張り上げて指揮台から降りて私特製のハンコを用意する。用意してくれた折り畳みの机の前に立って、役所の人みたいにポンポンと皆が持ってきてくれた紙に教えていく。底につけるほどに埋まったハンコに、月の終わりを感じるのも、日常しぐさってやつなのか。
「おっ、いいな、後もうちょっとで一日お休み貰えるぞ」
「やりぃ!これで、白樺湖に泳ぎに行けるぜ!」
「おう、気をつけてな。ちゃんと兵士さん同伴で行くんだぞ」
「じゃあ、ヴィー司令官一緒に行こうぜ。デートだ」
「残念だな。私は兵士じゃなくて司令官だ。せっかくの誘いで悪いが、デートは他のやつと行ってくれ」
悪ガキとそんなたわいのない話をして、ハンコを押していく。他の兵士もハンコを押すのをやってくれているけど、相変わらず私のところが一番列が長い。ちょっと大変だけど、楽しいから別にいいか。ポンポン。
「ヤー司令、今日も元気だな」
「ヴィーちゃん、最近牛の調子がよくなってね。乳の出もよすぎるから、またホットミルク飲みに寄って言ってよ」
「ガーガー司令、また服にほつれがあったらいいに来いよ。ほっとくと、穴空いちまうからな」
まるで応援されているみたいで、ちゃん付けもされて事務仕事なのになんだか握手会をしているみたいだ。私は司令官なのか、アイドルなのか――。
それにしても、私の呼び名ってなんでアイドル並みに多いんだろう。日本語だとヤドヴィガって呼びにくいからなのかな。
業務用の笑顔のできない私は、軍人らしくキリっとした笑顔をして受け答えをする。
ハチマルマル。ハンコ押しが終わった後は、運んできた人たちを職場や学校に送ってやる。私のところは子供ばっかりなので学校へと一直線。
子供の教育は大事だからな、いろんなことを学んでほしい。
でも、道中、ドナドナ荷馬車が揺れるとか歌われた。うるさいやい。いつの世も子供は勉強が嫌いなんだから仕方ない。私も嫌いなので、一緒に歌ってやった。
「くれぐれもさぼんなよー!勉強は大事だからな!」
それでも、学校には着いてしまうし、子供達には行ってほしい。子供たちの正真正銘な小さな背中に浴びせかけてやるも、はーいと返事がバラバラに返ってくる。ドナドナが歌えるのも教育の賜物だ。
皆を送り出した後のマルキュウマルマル。私たち兵士はラジオ体操の場所へと戻る。次は配送だ。
「ムジャルスキーの担当場所には30件の手紙と、家畜用物資の配送を依頼されている頼むぞ」
「了解です。ザポロージャン少尉」
「ヤンの担当場所は、10件の手紙と、家畜用物資と建材の配送を依頼された。くれぐれも焦るなよ
次荷物を落としたら、飯抜きにするぞ」
「き、肝に銘じます。ザポロージャン少尉」
「ミハウ、お前の場所は――」
ザポロージャンが列に並ぶ私たちに命令を出して、私たちは貰った書類と共に馬をかける。
荷物をさばくのはザポロージャンの仕事である。
依頼を受注してくるのもザポロージャンで、そもそも管理系はほとんどザポロージャンが担っているので、私は欠伸を噛み殺して列に並ぶしかない。
でも、器用なザポロージャンは手際よく命令していって、あっという間に最後列の私の番がくる。
「ヤドヴィガ司令官どののエリアには、100件の手紙と家畜用物資の配送依頼が来ております」
「ええ、100件!?嘘でしょ?なんで倍くらいになってんの?」
「貴官の担当場所は、思春期あたりの子が多いですからな。いろいろ話したいことがあるのでしょう」
PC使ってやってくれよと抗議したいけど、仕方がない。以前、今後の事態に備えてやり取りをインターネットから郵送にするって決まったのだ。
「ああ、そうだ、ファンレターも預かっているので、渡しておきましょう」
「あ、ありがとう」
結構な山を渡された。あー、こりゃあ、また返事が大変そうだなあ。背中からひゅーひゅーと揶揄うような口笛があった。うるさいやい。お前らとっととパカパカ行けよ。
「時間はないぞ、訓練はヒトサンマルマルからだ。それまでには配送任務を終わらせるように!」
と思っていたら、ザポロージャンの言葉で残ってたやつも全員点になってた。私がとっとこパカパカしなきゃいけなかったみたいだ。
いつの間にか隣にいてくれたシロマルに飛び乗って、出発。
手紙はザポロージャンから貰っているものの、荷物は皆から貰ってこなければいけない。どこかに固めとけばいいじゃんとザポロージャンに言ったことはあったけど、彼曰く訓練の一環なのだそうだ。どういう訓練なんだよ。
そんなことを最高司令官が考えても仕方がないので、住所的に手紙を先に渡しておいた方がいいかなと思い各家の郵便箱を回る。高原だからあまり密集はしてないから、ちょっと一苦労。
シロマルのいななきと共にウーランみたいに駆けて行って、皆と挨拶しながら続々と熱々の手紙を入れていったころにはトマルマルマル。
後は農作業を担当している人の家にいって、家の前に積んでくれていた飼料と塩のブロックを荷車いっぱいにのせて運ぶ。
結構生もの臭いけど慣れてしまったせいか、あまり気にならなくなった。そりゃあ、堆肥も運ぶのだから、慣れるのも当たり前か。
シロマルも小さな体躯で短い足なのに、ばてることもなくズンズン歩いていく。木曽馬の中でも小さいというのに、お前は凄いなとたてがみを撫でたらヒヒーンと首を揺らしていた。ごめん、邪魔だったな。
一軒ずつ回っていって、いろいろとお喋りをして、家畜たちがモーモーとメーメーと草を食んでいるのを眺めながら何度も往復して最後の家に赴く。
「こんにちはー!飼料と塩のお届けにあがりました」
「あらー、ありがとう、ヴィーちゃん。今日ももう昼近いからここが最後かしら?上がってきなさい、ミルクをごちそうするわ」
「いいんですか?ご馳走になりまーす!」
そして、運び込むやいなやミルクをご馳走になりに、ひょこひょこと家に上がる私。世が世なら賄賂になるんだろうなと、縁側でミルクをすするヒトヒトマルマル。
どうせ、ザポロージャンも生産部のお偉いさんにお酒に誘われて、赤ちょうちんを作ってくるんだから別にいいか。
「ごちそうさまでした。美味しかったです!」
「あら、よかったわ。運んでくれてありがとね」
「いえ、私の仕事ですから」
牛乳も飲み干し、牛さんにもお礼代わりの敬礼をして駆けだす。いやあ、今日もおいしかった。
ヒトフタマルマル。昼ご飯を食べに、食堂へと向かう。食堂といっても、子供たちの学校に行くわけなのだけど。
学校に着いた頃には、他の兵の馬がたくさん止まって、校庭近くの草を食んでいる。どうやら、また私が最後になってしまったらしい。最高司令官がいてもいなくても、皆勝手に校内に入って子供たちと昼を待っているのだ。
校内に入ると、もう配膳の人たちが料理の入った鍋を持ってきていて、子供たちと他の連中は学習机をくっつけて行儀よく混ざり混ざって座って待っていた。
ザポロージャンはまた霧ヶ峰の方に行っているんだろうな。通信係が私を見るや否や通信機を渡してくる。まだ時間になってないがいいだろう。
「あーあー、こちら、ヤツガタケ方面軍。全員食事場に集合した」
「こちら、キリガミネ方面軍――。ヤーヤー司令。こちらも――ザポロージャン少尉と問題児含め全員食事場に集合しました」
「了解よくやった。現時刻からヒトサンマルマルまで自由行動とする」
了解という声が通信機から聞こえてきた。ようやく、昼ごはんにありつけられる。
「しれいかん、まだー?」
子供たちもしびれを切らしていて申し訳ない。でも、他の兵の連中も同じ事をしているのは腹が立つ。良い歳して何やってるんだテメエら。
「もういいぞ。列を作れ」
でも、大人で軍人であることは確かなので、子供達よりも早く並ぼうとするやつは誰もいない。やはり、子供達にはたらふく食べて大きくなってほしい。
私は最高司令官なので当然一番後ろである。
うちの若い兵士は相変わらず配膳のお姉さんこと朝比奈さんを軽く口説いていてちょっと辟易する。口説いているやつらは独身だから別にいいんだけど、子供の前で愛の言葉をささやくのはやめてくれみっともない。
でも、誰にバラを渡すのか気になってしまう私がいる。これはきっと恋愛脳といったやつだろうか。当の配膳のお姉さんは、相も変わらずにこやかな笑みでそれとなく躱していて大人だ。
「ヤドヴィガちゃん、はいどうぞー」
「あっ、ああ、いつもありがとうございます」
「いえいえー」
そして、わたしの番が来て、朝比奈さんからほんわかした笑みと共に昼飯をもらって、軍人っぽい笑みを返す。
当の私は少しだけ朝比奈さんが苦手だ。顔に泥とか迷彩しか塗りたくったことのない私にとっては、化粧気のあるゆるふわな女性との接し方が分からない。そもそも歳の近い同性とあんまり喋る機会もなかったし。
「えと……今日もお綺麗ですね。朝比奈さん」
「ありがとー。ヴィーちゃんも可愛いね」
「ヘヘヘヘ……」
だから、私はぎこちない笑顔で塗り固めて、自分の席へと逃げ帰り軍人の顔へと戻す。機会もなかったのに、彼女のキラキラな顔を見て、どうやっているのか聞きたくなる私がいた。こっ恥ずかしくなってやっぱり聞けない。
「よおーし、皆、昼飯は貰ったな。じゃあ、手を合わせて」
「「「「いただきます!」」」」
合掌して、私たちは昼飯を食らう。今日は野菜炒めに揚げパンにワンタンポタージュ。どれも好きなので、私は丁寧に食べよう。と思ったら、いつもの悪ガキが嫌いなものを他の子に押し付けているのを見つけた。
「あっ、お前、またトマトを他の奴と交換しやがって、偏食していると大きくなれないぞ」
「司令官みたいに?」
「ああ、そうだ、ピーマンを食べなかったせいで、私はずっと小学生のままなんだ」
「まじかよ。やべえ……!」
そうして、悪ガキはかきこむように食べた。そんな青い顔をしなくてもいいのに、私の分も大きくなれよと私も野菜炒めに紛れ込んでいたピーマンを何でもないよという顔で食べてやった。
「ごちそうさまでした」
ちょっと不足感がありながらも、満足感と共に手を合わせた。量も結構あるのに、配送を午前中しまくっていた体にはすっと入ってしまう。
今日もおいしかったなあ、絶妙な味加減でご飯を作ってくれる生産部の人たちには本当に頭が下がる思いだ。
まだ時間の余裕はあったので、子供たちと鬼ごっこをして遊んだ。私は大人だから結構手加減してなかなかいい勝負になった。
休憩後、ヒトサンマルマルにザポロージャンが戻ってきて、訓練が始まる。そのために、背中に突撃銃を背負って馬に乗り、ザポロージャンの先導のもと森へと向かった。
「昨日、このあたりで鹿を目撃したと報告を受けている。発見次第、囲い込みを行え」
訓練と称した、鹿狩りである。射撃訓練とか戦闘訓練とか、せめて行軍訓練とかしたいけれど、鹿は農作物を食べてしまうので生産部にお願いされるのである。
いつも食べさせてもらっているし、馬主だから文句を言いたいわけではないけれど、ザポロージャンが感情の薄い顔で乗馬と連携の練度を上げられるから一石二鳥と言ったときにはちょっと複雑な気持ちになった。
「くれぐれも、弾は無駄にするな。我々の命より重いぞ」
そういって、撃っていいのは3発までだと釘をさされた。刺されすぎてもうキューッとした痛みもない。
前みたいに一発だと言われないだけ、マシか。少ないながらに弾を作れているのは、最近のことだからいつかはバンバン撃てるようになるのかな?いつかって、いつだよ。
生産部の人たちといろいろと交渉が難航していたので、作れるだけまだマシなのだ。
でも、排莢口に袋を取り付けられた愛銃を見ているとわびしい気持ちになる。薬莢も貴重品になる日が来るとは思わなかった。
「それでは、司令官殿。号令を頼みますぞ」
「了解……突撃ー!」
私は今日も今日とて、旗のように手をあげて振り下ろし号令を行い、森へと突撃。文句を言っても仕方がない。皆必死に無くなった袖を作ろうとしているのだから。
すぐに鹿は見つかった。夏場は避暑のためなのか、高原まで登ってくる鹿が多い。私たちは声を張り上げて一言二言喋って、木々に遮られながらも距離を詰め退路を潰して逃げ場を失くす。
ちょうど私のところに射線が通っていた。
「ヤーヤー司令、撃っちまえ」
「おう!」
(シロマルが気を使ってくれてはいるが)馬上で揺れる中、鹿も木々の密集したところに逃げようとしている。
ケツを絞めて、照準器越しに鹿を睨みつけ、ピントが合ったときに深呼吸をして引き金を引く。
外れ。
でも、鹿が銃声に怯んだスキをついて、発射。胴体に着弾。倒れた。初弾の時に着弾場所を見定められたのが功を奏でたみたいだ。
拍手と歓声が他の連中から飛んできて、ちょっぴり誇らしい。ザポロージャンは次は一発に挑戦ですなと言われて、ちょっぴり顔が強張った。
「鹿はまだいるぞ。狩りつくす勢いで追いこめ!」
自分に言い聞かせるみたいに、檄を飛ばした。おーうと、爆発したような声音で帰ってくる。
後ろからついてきている馬車に鹿を乗せて、狩りを続行。1匹いたらその10倍はいると思えというのが、ザポロージャンの口癖だ。
鹿に野菜を食い荒らされた結果、当分の間すいとんしか食べられなかったのは、いい思い出でずっと留めて居たい。
安寧なる生活を守るために我々はいるのだ。
「突撃ー!」




