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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
あうとおぶあす
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抜け落ちたページ


 バイクは進むよどこまでも。ずっとどうしようもなく同じ風景のまま進んでいくよ、どこまでも。感情が高ぶったからと言って、何が劇的に変わるわけも無し。今までのツケを返す日々。


 でも、心の中だけはもう道筋が経っているようで。なんだか心と体に断層があるようで。もうどういう感情を持ったら良いか分からなかった。


 もう掘り起こしてしまいたいが、きっと最初に出てくるのは月見里なのだと思う。


「月見里?」


「なに?」


「……いや、すまない、呼びたかっただけだ」


「……じゃあ、呼びたかったら、また呼んで」


「あ、ああ、わかった。ありがとう」


 思わず意味もなく月見里の存在を確認をするほどには、昨日の言葉が引っ付いて離れない。


 でも、月見里が本気で言っていたのは色のついた表情を見た時に分かった。あれほどまでに何でもないような顔をしていたのが、もうその欠片さえない。


 だから、バイクのスピードをあげるのだが、それでも同じような景色がただ回されていることだけに気付いて、結局元のスピードの収まってしまう。


 

「ねえ」


「なんだ?」


「なんでもない。ちょっと呼びたかっただけ」


「……わかった。また呼びたかったら、呼んでくれ」


「うん」


 日が暮れてテントを張らざる負えなくなっても、やはり同じ景色が黒く塗りつぶされただけ。


 今日も光は見えない、一向に見えない。あれは幻だったのかと思うほど、真っ黒に空が潰されている。

 最悪だ。せめて、最後の時は、星空ぐらいは見えたらいいのに。


 今日も今日とて、みそスープ。変わったのは、半分だけになった具材の量と、


「食後の金平糖」


「おう、ありがとう」


 月見里から金平糖を貰うようになった事だった。手つかずだったのか金平糖の貯金箱はパンパンのままである。

 あの時から、全く食べていなかったのだろう。今度ばかりは怒るはずもなく、ただ黙々と味を嚙みしめる自分がいる。


 ただ、どうしてだか金平糖の甘味が口いっぱいに広がっていくと、何だか脳髄の隅を引っ掛かれたように昔の記憶がおぼろげながらも思い出されていくような気がした。


 そういえば、昔遠足の時もこうやってどことも知らぬ森の中でお菓子を齧っていた記憶がある。

 班行動だったのに、自分は面倒くさくて、許される限りは一人で行動していたのである。当時は自分がアウトローになったようで気分がよかった。


 だが、今こうして思い返してみると、憶病で自意識過剰な自分は、単純に他の班の人たちの目が怖かっただけなのである。くじ引きで負けた末路が目の前にいられたら、気分もきっとよくなかったのだと思ったのだ。


 だから、自分は集団で行動しなければならなくなったときには、空気のように行動していたのである。

 でも、罪悪感を覚えていた自分は、ずっと人の顔から眼をずらして景色を見ていた。景色には何か気を使わなくてよかったから。


 ああ、だから、自分は何か気まずいことがあれば景色を見てしまうのか。なんという、卑怯者だったのだろう。

 

「へえ、そうだったんだ……」


 焚火のパチリパチリという音に覚めた。一体、何から覚めたのだろう。


「え?なにがだ?」


「だから、人付き合いが苦手で――話すのも面倒くさいからそういう時は景色を見るって話し」


「ああ……悪いな」


 頭がふわふわしている。脳みそに綿が詰まっているような変な気分がずっと続いている。でも、どうしてか、あまり違和感がないような気がして、どこか覚えのある感覚だった。

 


「ちょっと疲れたらしい。もう俺は寝る。ゆっくりしていてくれ」


「私も行く」


 そうして、いつもより早い時間に寝た。だから、吐いたのは、月見里が深い眠りに落ちたぐらいの時だった。


 

 朝だった。


 泥のように眠れなかった自分は、砂になったような気がした。今回は月見里が先に起きたようで、みそ汁を作ってくれていた。

 みそ汁を啜っても、この渇きが癒えることもなく、中にある渇きが全く別のものなのだと実感させられた。


 嫌なほど、体が軽い。


「……ねえ」


「なんだ?」


「……何でもない」


 月見里はそう言って、こちらの食器を奪いとって洗ってくれた。どうやら、自分はもう食べきってしまっていたらしい。


 今日も同じ景色を回すために、バイクを走らせる。夏空になりかけた空は太陽が照って、まだ朝なのに手が汗ばんで鬱陶しい。


ろくろみたいに回れ、景色。そのうち回っていたら何かに変わってほしい。最初は綺麗だと畏怖していたこともあったが、慣れてしまうと所詮こんなものかと底を見たような気分になる。


 アクセルを回すのもだるい。自由なのは怠い。あまりにも選択肢があったら、もうどうしようもなく思考停止してしまう。

 

 もうアクセルを回して自由度の高い道を進むのはうんざりだ。出来ることなら、自分はレールの上を走るロボットになりたい。そうしてくれれば、自分は選択せずに済んで、誰かを邪魔せずに済む。

 ひたすらレールの上を走って、釣りをしてお金を稼いで、お腹が空いたらお金を払って雌ロボットに攪拌機を入れて燃料を補給するのだ。


 頭の中に、動画サイトで見た古ぼけたゲーム映像を思い出した。俺はどうして流行りのゲームもやらず、そんなズレたものを見ていたのか――。


 

「一体、何の話を……」


 バイクが止まっていた。いつの間にかアクセルから手が離れ、空から朝の光が引き剝がされた黄昏時。


 景色が出発時と比べて微妙に変わっているので、どうやら進んではいたようではある。胸をなでおろしそうになったが、後ろの月見里の存在に気付いてハッとする。


 月見里は俯いて黙ったままだった。

 

「や、月見里?」


 いつものような態度を取ればいい癖に、下手くそな自分は黙りこくる彼女にしどろもどろになった。


「……今日も私が夕ご飯を作る」


 でも、月見里はそういうと、バイクから飛び降りて夕食の準備を始めた。

 みそ汁を食って、いつの間にか目の前から無くなって、いつの間にか目の前が真っ暗。寝袋に包まっていた。もう夕方から夜になったのか。


「なあ、月見里」


 自分はどうやって寝袋まで寝たのだろうか。月見里に聞こうとしたけれど、そんなことどうでもいいと思ってしまっていて口はそのまま欠伸に終わった。


「……なに?」


「ああ、いや……ありがとう。月見里」


「……なにが?」


「いや、飯を作ってくれたのと――テントを立ててくれて、ありがとう」


「……どういたしまして」


 予想が当たってよかったと胸をなでおろしたが、月見里の寂しそうな声が胸にチクリと刺した。もうさっさと寝てしまおう。そうすれば、どうしようもないモヤモヤも無責任に忘れてしまうのだろう。


 


「あ”、あ”ぁぁぁあ――」


 また深夜に吐いた。人間は本当に器用らしい、同じ時間にやっぱり吐いてしまった。早寝をしておいてよかった。もう声を抑えられないほど、大量の何かが吐き出されてしまっている。


 これは一体何だろう。分かりもしないのに、以前よりもずっと濃いものが吐き出されている。無味無臭なくせに大事なものが流れていくのが分かる。

 その大事なものさえ分からないというのに、心臓を掻きむしりたくなるほど怖い。


 どうしよう、どうしよう。自分はどうなるんだ。記憶もぽろぽろと抜け落ちてしまっている。いつか、自分が何をしているかも分からなくなるんだろうか。


 そうなったら――そうなったら、あの子はどうなるんだ。いや、嘘をつくな。自分自身が消えていくのが怖いだけだ。


 どうせ、無責任に後は二人死んでいくだけだろう。もうあの光の先には何もないのだと気づいたはずだというのに。自分は無計画にただ突き進んでいる。


「あ”、あ”ぁぁぁあ――」


 また吐いた。止めどなく地面に零れていく。二回目は初めてだった。怖い、怖い、怖い。何もかもを忘れていくのが。月見里さえ忘れていくのが。


『妹を不幸にさせたのはお前か』


 自分の過去の過ちだけは、吐く度に鮮明に浮き上がってくる。自分の中に罪だけが残されて、それさえもなくなっていくのが。


「誰か……」


 怖い、怖い、怖い。死ぬのが怖い。




 不意に、背中を擦られた。天使に撫でられたのかと思うほど、小さく温かい手だった。


「月見里……」


 バツが悪かった。ついにばれてしまったのだ。でも、胸のつっかえが取れてしまって、今撫でられることに安堵してしまった自分に気づいて罪悪感を覚えてしまう。


 それでも、月見里は何も言うこともなく、こちらの背中を優しく撫でる。違う。月見里は今喋れないだけなのだと、背中越しに伝わる震えに気付かされてしまった。


「……私はテントを立ててない」


 背中を擦る彼女の手があまりにも小さいと思えた。自分は嘘が下手だ


 だから、自分は手で口を塞いだ。その瞬間、内蔵がひっくり返るような吐き気に襲われ、口内にたまっていく液体にむせてしまい、鼻からも噴出して苦しいけれど両手で塞いで耐えた。

その間も黙って、月見里は背中を擦ってくれた。


やがて、吐き気が無くなった。自分は残された液体を飲み込み、疲れきった口を無理やり開いた。


「約束はちゃんと守る」


 それが最後の使命だ。たとえ、どうしようもない終わり方になったとしても、彼女との約束だけは守りたい。独りぼっちさせてたまるものか。


 それでも、また大事なものが口から零れていた。慌てて飲み込んだが、もう吐き出した方がましなぐらいの量しかない。


「……うん、うん」


 月見里はひとしきり頷いて、ずっと擦ってくれていた。酷く小さな手だ。お前はそんなことをする歳でもないだろうに。


 やがて、飲み込んだはずのなけなしがまた吐き出された後に、ようやく落ち着いて、こちらの背中でコアラのようになった月見里を引っ提げて眠りについた。



 朝。月見里が先に起きていて、朝食を作ってくれていた。慣れ親しんだ味噌汁の匂い。山から下りてきた穏やかな風が自分たち2人に取り巻いて、そのまま森へ行き木々をあやす。いつもの風景。


 今日さえも自分は忘れてしまうのか。だから――。



「なにしてるの?」


「日記を付けようと思ってな」


 だから、自分は文字で残しておこうと思った。でも、いつかは書いたことさえ忘れてしまうのだろう。


「……毎日見て、記しておきたい。もし俺が忘れているようだったら、その時は教えてほしい」


 途端、月見里はいろんな感情を煮詰めた顔をしていた。それはどうあっても見たくなかった表情だった。

 

 バイクの燃料ももう後一缶しか残っていない。それももうチャポチャポと鳴いている。どうせ、早いか遅いかの違いだ。


※ ※ ※



 今日もいい天気だ。ずーっと同じ景色が続いているなと思ったが、山の嵩が少し下がっているような気がして、森もなんだかスッキリしていくような気がした。

 いや、違うらしい。森自体は相変わらずだが、視野が広がっていっている。どうしてだろうか考えたが、理由が分からぬまま視野が夕闇に塗りつぶされる。ちょうどいいときに黄昏時になるのはやめてほしい。

 夜飯は自分が作った。みそ汁は好きにはなったが、これだけ連続で食べていたらもう嫌いになりそうである。

 月見里も何でもない顔をしているが、舌で感じないように急いで飲んでいるのでさもありなん。でも、じっと見て居たら、金平糖を食べるときに際立つから最高だと言っていた。食糧袋はカラカラなるほど残り少ない。やはり、何か新しい味が欲しい。いろいろ考えながらも、結局は床に就いた。



「やっぱり、脱字が多いな」


 こうやって色々書いていると、自分の学識のなさが分かる。なるべく丁寧に書こうともしたが、我ながら汚い。ミミズどころか、もう文字の死体になっているのだ。


「誤字もある。でも、ちゃんと読めるから大丈夫」

 

「ああ、くそ。本当に読めるか?これは」


 月見里からは謎のフォローを受ける。こんなのが読めたら、もう何億年前かの恐竜の文字さえ読めることだろう。


「天気はいいけど、走っているとき同じ景色で詰まらないかと思ったら景色が微妙に変わっているので嬉しい。でも、微妙に景色が変わる理由が分からないまま夕方になったのが腹正しい。夜飯つくったけど毎日味噌スープだから、うんざりしてる。別に強がってないけど――私が強がっているように見えるから新しい味が欲しい。でも、食料も残り少ないからどうしようもないよねってことでしょ?」


「嘘だろ、当たってる」


 考古学者誕生の瞬間である。月見里はもう白亜紀だろうがジュラ紀のものだろうがどんな文字だって解読できる。しかし、恐竜って文字が書けたのだろうか。いや、人間以上に生きていたのだから、書けるやつもいるのだろう。多様性の時代である。


「何か抜けのある内容はあるか?」


「ううん、ない。大丈夫」


 なら、問題ない。月見里も分かるならこのままでいい。


「また明日も教えてくれ」


「うん、逐一教える」


「ありがとう」


 ランタンが消されて、テントが真っ暗闇になった。結局、自分は日記の半分程度しか覚えていなかった。いつか読んでいて実感さえ抱かなくなってしまうのだろう。



 今日も吐いた。月見里に背中を擦られながら吐いた。昨日より怖くはなかった。でも、申し訳なさでいっぱいだった。


 飲み込もうとしたが結局全部吐き出してしまった。



 今日もいい天気だ。山の嵩は確実に減っていて、微妙に開かれていた視野は羽化をするかのように開いていって、変なわくわく感がある。でも、今日も味噌汁を食うしかないのだと考えると億劫になってしまっていた。だから、自分は横に流れる川をずっと眺めているのかもしれない。魚が食べたい。

 そういえば、あの時は小さい川で取っていたはずである。なんとなしに探してみると川が山の間に別れているところがあって、いつか見たぐらいの狭い川があった。

 いいところを見つけたと早速月見里と共に行ってみるが、残念ながら網がない。これでは魚が食えないのではないだろうかと思ったが、月見里が岩を使って川をせき止めようと提案してくれた。

 確か前も同じことをやったのだったろうか。忘れてしまっていたが、月見里はしっかりと覚えていたらしく、岩で魚の通り道を限定して逃げないようにしてくれた。

 そうすると、面白いように魚が入ってきてくれたので、手づかみで取ろうとしたがどうあがいても失敗してしまう。股下を観光させられたので、いつか自分は世界遺産に登録させられるんじゃないだろうか。

 東台の言っていたとおりにやっているのに、こうまざまざと自分の才能のなさを思い知らされる。才能の塊である月見里は、相変わらずその道の職人みたく捕まえて、食料袋で作った袋をぱんぱんにしていくのが圧巻だった。

 あまりの獲りように思わず、「魚の王様だな」と言ったら、「それじゃあ、私暴君じゃん」と返された。確かに暴君である。ほめ方は考えよう。


 おそらく、その後に月見里にレクチャーをもらって、一匹にお情けで合計2匹の魚が取れた。数少ない臣民である。この者らもどうせ月見里とこちらの胃袋に滅びるのだ。

 囲いを解体してテントに戻った後は、どう食べるかを月見里と思案をした。七輪はないのだが、月見里がキャンプファイヤーを作って、その火であぶる事を提案してくれた。

 しかし、どう魚を焼くのかと思ったら、魚を棒きれで串刺しにして焼くらしい。なかなかにエグイやり方だなと思ったが、月見里によると東台のレシピ本にそう書いているらしい。

 料理の達人東台が言う事なら正しい。とりあえず、自分はキャンプファイヤーを作って、月見里は魚を串刺しにしてもらった。東台によると、塩とかを振ってから炙るといいらしい。

 塩はないがあじ塩はあるので、それで代用してみた。同じ代用なので、試しに味噌も魚に塗って炙った。焼いているとき味噌の甘い匂いがした。食べ過ぎて食欲をそそらないかと思ったが、お腹の虫が鳴るほど鼻腔をくすぐられてしまった。

 実際に食べてみると美味しかった。塩焼きはしょっぱさの中にガツンと来る魚の旨味があって、味噌で焼いた方は辛みの中に魚のとろけるような甘みがあってうまい。

 食感もしっとりとして噛めば噛むほど味が出てくる。なんだか、自分が川の中でゆったりと流されているような気分になった。もっと噛んでいたいと思ったが、いつの間にか目の前からなくなってしまった。

 焦って月見里に聞いてみたら、ちゃんと半分均等にわけて食べてたと言っていた。表情を見る限り、それは本当なのだろう。そればかりはよかったと思った。


 締めに月見里の金平糖を食べた。やっぱり、これが一番美味い。



 今日の天気は久しぶりの雨だった。いや、出発した時は、晴れだったのだが突然の雨に襲われたのである。あまりのことだったのに対応策を知らない自分は、月見里に何か羽織れと叫んだら無我夢中でアクセルを回し続けた。

 その途中で偶然にもバス停らしきところを見つけて、バイクだけを置き去りに急いで中に入った。木造づくりの年代物でところどころ雨漏りはあるが、正面以外には屋根と壁が張り巡らされていて、ベンチもあるので雨宿りにはもってこい。

 雨漏りのなかった真ん中あたりのベンチに座って、晴れを待つ。こういうのをゲリラ豪雨っていうのだと、月見里から聞いた。確かに、突然襲われたのでそういって申し分ないだろう。昔の人はネーミングセンスがピカイチである。

 こういうのはすぐにやむものだと月見里が続けてくれたが、その後ザーザー降りしきると少しだけ止むと、また普通ぐらいの雨が降ってきて泥沼状態。地面もドロドロになっているので、この中をバイクで走りたいとは思わなかった。


 今日はずっとバス停で雨宿りになりそうだ。アウトドア好きだったらきっと億劫になることは間違いないが、自分はインドア派である。それに家の中で聞く雨の音が好きだったので、ちょっとだけ嬉しかった。

 月見里もどちらかというとインドア派なので、どこか穏やかな顔をして広がる景色を見ていた。相変わらず森ばかりだが、それよりも高くそびえる山脈があるので見るものには事欠かない。あまり変わらない風景にうんざりしたけれど、雨の中でみる山々は霧みたいなものに包まれてどこか荘厳で寂しくて綺麗だった。


 前の時もこういうバス停みたいなところで雨宿りしたよねと言われた。こんなことをしたのは初めてじゃなかっただろうか。でも、なんだかあったような気がする。

 

 前の時とはいつかと聞いたら、月見里が小さいころらしい。どうしてか、月見里が小さかった頃の、遊園地に行く前の記憶を覚えていない。月見里は少し悲しそうな顔をしていたけれど、いつものことなのですぐに止む。それに、また空っぽの罪悪感を覚えてしまった。それでも、自分はいつも欠片さえ思い出せない。


 止んだ。テントで寝ていた。吐いた。


 今日は晴れた。よかった。書いたころにはバイクに乗っていた。月見里によると昨日も今日も魚の残りを食べたらしい。煙で炙って干物だったか燻製だったかを作ってくれたみたいだった。美味いと言っていたらしい、月見里も美味しかったそうで、それが一番良かった。

 目の前を潰していた山はすっかりなくなって、寂しくなっている。でも、道は曲がりくねっていてスッキリとはしなかった。進んでいた道が無くなっていた。またテントの天井を自分は見ている。


 その後、自分は吐いた。介抱してくれた月見里からまた燻製を食べていたと聞いた。もちろん、その味は知らぬまま。

 

 どうしようもなく淡泊な声に自分は月見里を抱きしめてしまった。すまない、すまないと言ってしまった。それなのに抱きしめるのを止められなかった。悪い奴だ。地獄に落ちろ。



 今日は晴れた。今日っていつだ?進んでいた道はどこにある?目の前には以前みたような大きな湖があった。琵琶湖に戻ったのかと月見里に聞いたら、どうやら違うらしい。あれは一体なんだろう。

 

 今日は――。





 

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