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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
あうとおぶあす
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あてのない旅


 星空を見た明くる朝。もう光は見えなかったが、昨日は暫く瞬いていた。


 それが月見里考案の味噌スープをかき回す今も目の中に焼き付けられていて、あった方向をぼうっと眺めている。

 

「早いね」


「おはよう。月見里……もう朝か?」


「……もしかして寝てないの?」


「いや、寝た記憶はある」


 でも、起きた記憶がなかった。いつの間にかスープをかき回していて、我ながらビックリしているがやっているのも当たり前な気がして何だか妙に落ち着いてしまっている。


「ねえ、本当に起きてるの?」


「ああ、起きてはいる。大丈夫だ」


 月見里が深刻な顔をしているのを平坦な声で必死に隠しているのを見て、自分は事の重大さに目覚めたらよかったがどうしても頭が霞みがかってしまっていて他人事のように思えてしまう。


 だから、月見里がお腹を空かせないうちに味噌スープを彼女の椀によそって手渡した。


「ほら、熱いうちに食べるぞ」


 しかし、月見里は返事をすることもなく、一時味噌スープを覗き込んで、そのまま合掌。


 しょっぱくて昨日食べた味噌スープの方が美味かった。味噌を入れすぎたせいだろうか。


「昨日、月見里が作ってくれた方のが美味いな」


「私はこっちの方が好き。また明日作ってほしい」


 そんなことを言われたが、その何でもないことのような声と表情にまた無理をしているのだと分からされる。お前はそんなことをする歳でもないだろうに。


「わかった。だが、今度はちょっと塩気は減らしておこう」


「……うん。その方がいい、健康に悪いから」


 今日は早く食べてしまって、出発することにした。特に目的はないというのに、それでも昨日より進むスピードが速くなった気がする。

 

 気が付くと、ずっとあの光があった山の尾根を見ていた。ふつふつとぬるま湯が心臓に流し込まれているような感覚があったからかもしれない。

 

 どうしてか、パンドラの箱という言葉だけが頭の中を掠めていく。絶望しかなかった箱の底に希望というものがこびりついていたという話だっただろうか。

 では、自分は希望を覚えているのかと思ったが、それにしてはどこか据わりがない。


 でも、行く先はどう考えても光のあった方向へと進んでいって、近づく度に体がムズムズしていくような気がする。

 だからか、自分は月見里を時折見ているのかもしれない。彼女はこちらが見ているのを気にする素振りもなく、向こう側の見えない山脈をずっと見ていた。しかし、どうにも面白くないような表情をずっと浮かべている。


 本当にどうしても山が途切れることはない、道を進むスピードだけが速くなっていくのみ。それでも、山の高さは変わった様子もなくずっと壁のように続いている。


「ずっと途切れないな」


「うん」


 もう四六時中アクセルを回していても、もうずっとこのままではないだろうか。


「もうこれ一生終わらないのかもな」


「ううん、どこかで終わる。絶対」

 

 それでも、月見里はこちらの言ったことが妄言だと、はっきりとピシャリと落とした。


 街もなく、そこまで伸びていないと思っていた鉄塔だけがずっと山脈をなぞるように伸びあがり、道は歪にずっと続いている。


 だからか、それ以上の進展もあるはずがなく、また同じ景色のところで夜になった。周りは森しかないが、道のど真ん中で寝るのもうんざりであるため、道の少し外れたところにテントを張ることにした。

 試しにテントの中に座ってみると、ふわふわした座り心地で変に道路の上で寝るものじゃないなと痛くなくなった背中を撫でて思った。


 このまま寝てしまいたいが、お腹の虫で目を覚ますのも癪に障りそうなので夕食を用意することにした。


「そうか……」


 ため息って肝心な時には出ないらしい。食糧袋を掴んでみるともう自覚しなければならないぐらいにやせ細っていた。

 

 それでも手繰り寄せておみくじを引いてみるが、それが馬鹿らしいと思えるほど引けるものがない。

最後の晩餐という言葉を思い出したが、これでは家庭料理さえままならなくなるんだろう。


 それが出来ること自体、きっとすごいことなんだろうと気づいたところで、後の祭りだ。


「味噌でもいいよ」


 横から月見里がそう言ってきた。表情を消して言ってきた。


「……ああ、わかった」


 もどかしい。それでも、自分はコーンしか入っていないみそ汁を作ることしかできないのだから。

近場に川はあるのは分かっていたので、そこに水を汲みにいって、コーンと味噌を放り込んでスープにして終わり。


 少なくとも、普通の料理にはなったらしい。美味しいだとか不味いだとか口にすることもなく、2人静かに食べた。


 その頃には夜になっていたが、残念ながら曇り空で空は見れなかった。


「ねえ」


「なんだ?」


「そっちのスープ、私より少ない」


「……そうか?俺にはそう見えないがな」


「嘘。よそうときに、明らかに私の方を多めにした」


「ああ……いや、すまない。だが、月見里、成長期だからちょうどいいんじゃないか」


「そういうの大丈夫だから」


 そういって月見里はお椀に入っていたスープを移してきて結局半々になる。ぐらぐらとお椀の中で激しく揺れるスープにもの悲しさを覚えた。


 微妙な雰囲気のまま夕食を終え、全て片付けて、テントの中でひろがっていた寝袋に転がり込む。どうやら、月見里が敷いていてくれていたようである。


 当の月見里は寝袋に入ると、すぐに眠ってしまった。今日はちょっと走りすぎたのかもしれない。独りよがりだ、クソ。


 いったい何をしているんだろうなと真っ暗闇になった天井に呟きそうになった。起こさないように口の中に留めていたのか、空っぽの期待に自分は虚しくなっているのか――。


「――ああ、またか、クソ」


 脳みそがくちゃくちゃにぼやけていく感覚を覚えて、外へと出た。


 今日はいつにも増して激しくてなりふり構わず一目散に森の中へと入り、もう立っていられなくなるぐらいまで走って四つん這いになって倒れこんだ。


「あ”、あ”ぁぁぁあ」


 強烈な吐き気に、吐いた。


 灼熱のような極寒のようなドロドロかサラサラかのよくわからない液体が口からあふれ出す。ただ、体の大事なところから吐き出されいるのだけが分かった。


 日を重ねるごとに量が多くなっているのも分かっていた。これがすべて吐き出されてしまったらどうなるのだろう。多分、これも自分は分かっているのだ。

 


 ひとしきり吐いた後、頭の揺らぎが無くなるのを待ってから、テントに戻った。戻ってみるとやはり半開きの状態だったようで、月見里に迷惑をかけてしまったと急いで中に入り静かに寝袋へと戻った。


「ねえ」


 しかし、月見里は目を覚ましてしまったようである。


「どうした?」


 声をかけられてしまったので、言いながら何と答えればいいかと考えを巡らせていた。トイレにでも行っていたと答えたらいいかと次の月見里の言葉を待っていると、


「……なんでもない」

 

 そんな言葉が月見里の後頭部から返ってきた。声色まで完全に真っ平にしてしまって、紡ぐはずの言葉がなんとなく分かってしまう。


「月見里」


「……なに?」


「今日は光がなかったな……」


「……」


 月見里から返事はない。きっと、次にこちらが言う言葉を察しているのだろう。


「なあ、俺はあの光に行ってみたい」


 意を決して自分は言ってみたけれど、月見里からは返事がなかった。月見里の方からガサリガサリと身じろぐような音が聞こえてきて、見ると月見里がこちらの方に顔を向けていた。



「私は飢えて死んでもいい」


 暗すぎて、顔は見えなかった。


 でも、久しぶりの色のある声色だった。本気で言っているのだ。

 冗談でも自分は許せなかったが、自分の根拠のない計画と何が違うのだろうかと口ごもってしまった。

 

「お前、そんなことを……」


「あそこまでの距離は相当ある。そこまでもたない」


 ぴしゃりと放たれる月見里の言葉にその通りだと思っている自分がいる。でも、それがどうしたというのだ。


「まだ食料はもつはずだ。少なくともお前の分を心配するほどじゃない」


 自分から出てきた言葉はやけに弱々しかった。


「……あてのない旅って言ったじゃん」


「あてのない旅は終わりだ。意味のある事がしたい」


「あてのない旅も、私にとっては意味があること」


 何を馬鹿な事と言いかけた時、月見里がこちらににじり寄ってきて裸の手を掴んできた。


「……いいじゃん。あてのない旅楽しいから。倒れた木を一緒に切り落として、土砂で埋もれた道でバイクを一緒に押して泥んこになったの。二人で一緒にいろんな景色を見られて、すごく楽しかった……だから、もういい。満足」


 何を言っているのだ。あんなのが楽しいだと、満足だと、ふざけるな。才色兼備な月見里はもっといい人生送れるはずなのに、どうしてこんなどうしようもない人間の隣に転がっている。


 あのクラスメイトたちのような、まともな人たちが送る人生が待っていたはずなのに。


「月見里なら――月見里ならもっと楽しい事が出来るはずだろ。こんな要領も悪い怠惰に生けている人間なんかあてに……」


 月見里の顔は見えない。でも、掴む月見里の手が震えているのに気付いて、口ごもってしまった。

  

 また月見里を悲しませてしまったようだ。月見里が自分の頭に銃口を突き付かせたときと、自分は全く変わっていないのだ。


「……いいじゃん。死のう。キリギリスみたいに遊んで暮らして死ねるの最高だと思う」


「悪い。俺は……生きていてほしい。お前に」


 幸せになってほしい。そんな言葉は重すぎて、今の自分に言えるはずがない。情けない、月見里はただこちらの手を握り続けるだけで、何も言ってくることもなかった。


 やがて、手を握る力が弱まった。ゆるゆると手を撫でるように触り、やがて萎むように止まる。


「私も生きていてほしい。一人だけで生きるのは嫌」


「……ああ」


「正直、あの光に行ったとしても、何か当てが出来るわけでもないと思う」


「……ああ」


「だから、ある意味これも当てのない旅の延長」


「……そうか!」


 彼女の答えに喜びそうになったが、その前に月見里が口をはさむ。


「でも、一つ約束」


 また強く握られた。自分は何も言えなかったが、月見里は構わず続ける。


「食べる量は一緒にして、それで到着する前に食べ物が無くなってどうしようもなくなったら、景色のいいところを見つけて一緒に行こ。それで、手とか足とか体とか馬鹿みたいに萎むまで一緒にいよう。それで終わろう」


 どうして、そんなことを言うのだ。でも、鎖のように握られた両手に、これは断るのは無理だと思った。



「わかった」


 いいのだ。どうせ、どこかでやらなければならなかった()()()だったのだから。


 こくりと頷いた後、月見里から返事はない。代わりに寝息が聞こえてきたので、もう眠ってしまったみたいだ。


 もう寝てしまおう。明日のことは明日考えればいい。寝返りを打とうとしたが、手を繋がれたままだったようで、自分も月見里と同じくらいの力で握って仕方なくそのまま眠った。



 明くる朝。まだ手を繋がれていた。昨日からずっと繋いでいるので、ここで放すのも中途半端だと思って月見里が起きるまでずっと待っていた。安らかな顔をしているのに、起こすのは悪い。


「おはよう」


「おはよう」


 しばらくして、月見里が起きてきたので、そのまま一緒に朝食の支度をする。どうせ今日も味噌スープである。ほうれん草と水と味噌を入れて、完成。

 後は、かき混ぜるだけだが、片手でやろうとするとどうもやりにくい。


 それでも、ある程度料理をしてきたおかげか、とりあえず鍋もかき混ぜるのが終わり、配膳。配膳も片手でやるのは難しい。

 

「手伝う」

 

「おう、ありがとう」


見かねた月見里が、こちらのお玉を奪って、こちらの手に収まっているお椀にスープを入れていってくれた。配膳も完了。

 後は食べるだけだと合掌しようとしたが、片手では足りないので、月見里の手を借りて合掌。


 箸で具材を先に食べてしまってから、お椀を持ち上げてスープを飲み干す。片手だとなかなか食べずらかった。


 食べ終わったらごちそうさまと、月見里の手と合体。

 

 二人三脚といった感じで、月見里は食器にこちらはスポンジで洗っていく。初めての試みなのに、月見里とのコンビネーションが上手くいって難なく完了。


「出るか」


「うん」


 リュックで手を塞がれて、バイクへと向かう。


「なあ?」


「なに?」


「どうして、俺たち手を繋いだままだったんだ?」


「……さあ?別にいいんじゃない」


 昨日からずっと手を繋いだままじゃなかっただろうか。だが、まあいいか、バイクに乗ったらどうせ手を放してしまうのだ。後、一歩と二歩。


「――お手をどうぞ」


 側車に二人、リュックを落として、バイクに乗り込む。月見里の手を優しく取って、月見里はお姫様みたいなステップで優雅にまたがる。

 

「よきにはからえ」


「ヘヘー」


 いつか見た時代劇のマネをして、搭乗完了。目の前に見える道も、時代劇さながらのどこともつかぬ砂利風の道。


 そして、銭湯で見るような大きな山。似つかわしくない鉄塔がずっと自分の行く方向に伸びていた。

 多分、きっと、きっと終わりがあるのだ。でも、それもどうでもいいことなんだ。


 どうせ、自分たちは()()()()()()をするのだから。



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