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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
あうとおぶあす
77/90

全開の空

今更ですがジャンルをパニックから変えました


 だからか、自分たちはあまり先に進むこともなく、温泉宿が見えなくなった少し後にテントを立てて一日が終わった。


「おはよう」


「おはよう。まだテントの中みたい」


「そうだな」


 だからか、目覚める前に自分たちがまだ矢小間遊園地にいるのではないかと思った。でも、現実はずっと続いているらしい。


 昨日よりも重くなった頭を抱えながら、袋から搾り取った缶詰で朝ごはんを作って、ダラダラと牛みたいに食う。


 月見里もつまらなさそうな表情を張り付けている。


「味変えた方がいいと思う」


「ああ、毎日コショウと塩味じゃ、駄目だな」


「もっと……コショウと塩味以外の味ってないの?」


「塩味とコショウ味ならある」


「同じじゃん」


 同じすぎてもう粘土を食べているのではないだろうか。形の崩れた合掌をしてから、テントを片して、また旅の始まり。


 それでも、まだ鬱屈としないのは、道の先にあるのが森じゃなくて道路であるからだった。

 どうせ、このまま進んでいっても、また山にぶつかるのは分かっているくせに根拠のない期待をしているからである。


 しかし、昼頃。どうしてかその期待は裏切られた。山はあったが、その間に川が道路と並行するように流れていた。


 川の先には町があるのが、常だ。少なくともここまでの旅では、そのパターンである。だからなのか、道は土砂崩れで途切れることはなく、褪せたアスファルトでずっと続いている。


 体が軽くなったような気がした。自分の期待がこれほど外れることなんて滅多にない。


「ずっと広い」


「ああ……!爽快だ!」


 大外れだと言うばかりに空がずっと先まで伸びている。そのずっと先は、空の底のような蒼が広がっている。全開の空というのは、穴が開いているようにさえ見えるのか


「あそこまで行ってみない?」


 月見里の嬉しそうな声に、こちらも応じた。

 

 だが、突き進もうとすると、橋だったはずのところが崩れていて全開の空からは逸れてしまう。結局、期待が裏切られて、少し笑った。


 目の前には小さな上り坂があって、その先にまた森。幸か不幸か、アスファルトがベロのように伸びているのが見える。


 いざ、その中へと飛び込め。外側から見た通り、木々に埋もれて全開の空は濃くなった緑に潰される。


 せっかく会えた空なのに、それからは一向に姿を現すこともなく、下ったり登ったりの道は続く。


 それでも、時折森の隙間からが現れる穴の開いたような全開の空があって心が洗われていく。


 早く全体像を見たい。倒木に何度も遮られ、月見里と一緒にトンテンカンと木こりみたいに割っていくが、やっと次の道が見えたころには辺りは夕陽に染まっていて日の目が見えない。


 気付くと、自分の体が酷く怠くなっていた。

 

「大丈夫?」


「ああ、全開の空が見えなくて、残念だ……」


「……明日でも見れると思うから」


「そうだな」


 深刻そうに聞いてくる月見里。そんな点滴の刺さった重病人を見るような顔をされるほど、自分は全開の空に期待をかけているのか。いや、体がそうではないと言っていた。


 これ以上動ける気がしないので、そのままテントを張ってその日を終えた。


 今日は塩コショウ味の粘土を食べた。


 月見里は朝と同じしかめっ面で、正直申し訳ない。そろそろ味を変えることにも挑戦した方がいいかもしれない。


 真夜中、森の中で吐いた。暗くてよく見えないが、きっと前よりも多い。

 冷えた体を押さえて眠りについた。


 ぬるい朝。おはようという月見里の息遣いと共に、目覚めた。月見里はこちらを覗き込むように見ていて、起きて早々ビックリしてしまう。


「どうした?月見里」


「ん、ちょっと寝坊したと思って」


「そうか、悪いな」


「もうご飯は出来てるから」


「月見里が作ったのか?――ありがとう」


 月見里はテントの外に出ていく。これは早く行った方がいいだろうと、外に出ると懐かしい匂い。


「みそ汁か?」


「うん、早く食べて」


 月見里はそう言って、お椀に汁を注いで手渡してくれた。赤いみそ汁。いつか見た、トーキョーの味噌汁。


「あの家から持ってきた。多分必要になると思って」


「月見里は食べたのか?」


「まだ。毒見役お願い」


「おう」


 月見里はどうやら食べずに待っていてくれたそうだ。お礼の毒見役として口を含んでみると、粘土の味がしない香ばしいみそ汁の味。


「うまい」


「でしょ?ちょっと味見したから」


「味見?月見里、それ毒見してるんじゃないか?」


「味見は味見。味見は毒見じゃないから」


「なるほど」


 月見里は美味そうに食べている。ここ最近は、粘土を食うより毒を食べていた方がマシだと言わんばかりの固い表情をしていたので、毒見もクソもなかったのだ。


 久々の美味しい味に出会って、舌鼓を打ってバチンと勢いよく合掌。


 空になったお椀に寂しさを覚えつつも洗い取り、テントを綺麗さっぱりなくしてしまえば、今日の冒険の始まり。


 あの全開の空はまだ残っているだろうか。空っぽな期待と共に、バイクを発進させてみると、森の隙間から昨日見たそのままの空。


「見ろ、全開の空だ!」


 思わず月見里の肩を叩いて、そう叫んでしまう。どうせ、隙間も消えて、見ようとしたときには空は見えなくなっているというのに。


 月見里は自分の肩を撫でて、わかったわかったと宥めてきた。少し興奮しすぎたかもしれない。


 でも、その程度では興奮は収まらず、アクセルを握る手が熱くなった。道はぐんぐんと滑るように短くなっていく。


 倒木に邪魔はされつつも、それでも道がカーブに曲がっているのが見えた。森が切れているのが見えた。いよいよ、空が拝めるのだ。


 森を出た。バイクを止めた。


 「山?」


 月見里が呟いた。快晴で何も遮られない空。だが、()()()()ではなかった。


「なんだこれ……」


 力なく出た自分の言葉が酷く小さく頼りなく聞こえるのは、目の前に見えるそれが空を遮るぐらいの山だったからだろうか。ああ、だから、遠目で見た時に自分は、空だと間違えたのか。


「壁みたい」


 月見里がそういった。まるで壁のような山があった。


 そんな超級の山が目の端から目の端へとずっと続いている。そんな山々が平然と折り重なってずっと奥にも連なっている。


 いつか見た鉄塔らしき遺物が山を横切るようにずっと途切れのなく伸びているが、果たしてそんなものがずっと続いているというのか。


「なんだこれ……」


 だから、自分は困惑するしかなかった。途方に暮れすぎて、どういう感情で捉えればいいのか分からなかった。

 

 まだまだ途方にもなく続いていたはずの道の先が、こうも壁のような山脈に終わっていたのかと。


「行き止まった」


 きょとんとした顔をする月見里に、自分は同じ顔をしてそう言った。交差して何層も重なる山の尾根が行き止まりのバツ印のようにさえ見える。

 

 もうどこにも行き道はないのだと。旅の終着点というのは、どうしてこうもあっけないものか。


「まだ道はあるみたい」


 体の中の空気だけで立っているような自分に、月見里は背中を叩いてきて指を指す。


 目の先を見ると、確かに道は左右にあった。まだ少なくとも選ぶぐらいの余地はあったようである。


「どっちかに行く?」


「ああ……分からないな。分からない……。月見里はどっちに行きたい?」


 だが、キツネにでも山にでも化かされた自分は選ぶ気力もなく、悩むふりもないまま月見里に押し付けてしまう。

 月見里は自分とは裏腹に、名探偵のように眉間にしわを寄せて考えていた。


 そして、重い口にならないまま、子供のような軽い口調で


「左」


「左?どうして?」


「左目見えない人がいるから。見えない方を見通してた方がいい」


 少しだけ合点がいった。死角こそ注意深く見ろと言ったのは自分だ。それを月見里が自分に言い返したかと、ちょっとだけニヤけてしまった。軽くなった体が少しだけ重くなったような気がする。


「一本取られたな」


「うん、私が総取り」


「ああ、だな。頭取だな月見里は。行くか」


 だから、またアクセルを回した。きっと果てしなく続こうとしている道も、結局はデカい山に押しつぶされるかもしれないのに。


 「うん」と月見里の声をスタートの合図代わりにして、また進める。とりあえず、左に。大きな山を右に。


 山から草木を吸われたかのように、道の横に木らしいものはあまりなく、ただ先が上にあがっていってバイクが登っていく。

 またジェットコースターみたいに下るのかと思ったが、ずっとそのままでおそらく丘のような道を走っている。

 

 だが、それでも決して壁のような山が下になる気配もなく、傍にくる気配もなく、どれだけ進んでいても、山からは一向に進まない。


 まるで化かされているような気分になった。自分は一体どこに進んでいるのだろうか――。




「ねえ?」


「なんだ?」


「今回も街には入らないの?」


「街?あっ……」


 月見里は一体何を言っているのだろう。不思議そうに肩を叩いてくる彼女に気が付いて、そちらを見やれば街が目の前にあった。


 山と自分たちを挟むようにして街があった。高層ビルはないものの、郊外によく似た街並み。


 高い山があったとしても決して見逃すはずのない規模の町なのに、今そこに現れたかのように見えてしまった。


「いつから……」


「昨日からあった。隙間から見えてたよ」


「ああ、そうだったのか。ハハ、片目が見えないと難儀だな」


「……うん」


 飲み込み辛そうに肯定の言葉を言った月見里。


「いや、今回もやめておこう。また『あれ』の津波に襲われたら……な」


「え?……うん。分かった。うん、そうだと思う」


 あの黒い波。今思い出すだけでも身の毛がよだつ。あれを避けられるのなら、ひとつの街を見逃すくらいなんてことない――。



 そういえば、あの黒い波、いつどこで見たのだったろうか。




「ねえ」


「……」


「ねえ!」


「あっ、ああ、すまない……は……?」


 月見里の木霊のような声に、自分は水中から引き揚げられたように目が冴えた。その時には、もう先ほどの街は目の前から無くなって、草原ばかりの道に様変わり。段々に平べったい道が続く。


 でも、まだ壁のような山はずっと連なっている。今日はいつにも増して化かされている。ずっとずっと、脳みそが水の中で溺れているような。



「本当に、大丈夫?」


「月見里。すまない。今日はここで落ち着かせてくれ」


「うん」


 月見里はまた飲み込み辛そうに言った。自分はそれを無視するフリをして、テントを組み立てようとしたが嘘をつく余裕のなくなるほど手もとがボヤケて時間がかかってしまう。自分は一体何をしているのだろうか。月見里の顔を見れなかった。


 結局、業を煮やした月見里が途中から手伝うことになって、一人でやったというにはあまりにも月見里の力を借りすぎることになった。


 こちらを見る月見里の目線が、とげとげしいものだと思ってしまう。いや、月見里は普通にこちらのことを見ているだけだが、今の自分にとってはそう見えた。


「今日の晩御飯も私が作る」


「あ、ああ、頼む」

 

 月見里はこちらをテントの中へと追いやって、夕食を作る。眉や目つきをいつもより定位置におくのは何事もなかったようなふりをしようとしているからなのだろう。


 胸に針を刺されたような気がした。自分は何かを隠すのが下手くそだったらしい。そして、作られたのは朝と同じ味噌入りのスープ。具材も変わらず。



「みそ汁は体にいいって――」


「ああ、だな」


 月見里からお椀を受け取ってそのまま飲んだ。体の中の冷えたものが温まるのを感じる。うっかり、いただきますを言うのを忘れてしまった。


「いただきますは?」


「いただきます」


 一つ舐めただけでも美味しい。でも、朝と同じ味で、これも後何日かすると粘土のような味になるのだろう。もっと、きっと上等なものがあるというのに。


「うまいな」


「うん」


 だから、味噌の何か分からない一粒さえ見逃さずに飲んだ。やはり、うまい。


「今日はもう寝る?」


 食べ終わった頃には、もうあたりは暗くなっている。眠気はあったが、体にあるみそ汁の温かみに寝袋に包まるのが面倒くさいと思ってしまった。


「いや、ちょっと余韻を楽しんでいたい」


「じゃあ、私も起きてる。でも、歯磨きは先にした方がいい」


 付いてきてと手を繋がれ、月明かりを頼りに道の隅に行って一緒に歯磨き。 

 しかし、月明かりでは手もとさえはっきり映せるものでもなく、青白い光に映る影を頼りに月見里の存在を捉えつつカニのように泡を口元に作ってどことも分からぬところに吐き捨てる。


 こういうことを何度もしていると型にはまってきてしまうのだろう。吐き捨てた時に見知ったものが混ざって出てきたのが鉄の味で伝わってきた。


 それが月見里に見られることはないように、彼女に背を向けて吐き出した。どうせ、暗闇で何も見えないというのに。


「ねえ……」


「あとは、寝袋に寝ころんで眠るのを待つだけだ」


「……うん」


 さっさとテントに帰って、寝袋に包まる。少し間をおいて月見里が寝袋に包まる音が聞こえてきた。

いつもならその音で眠りについて深夜にまた起きるのだが、今日は冴えてしまっている。


 何度か身じろぎして寝やすいところを探してみるが、どこをどうしても瞼を重くする余地が出てこない。

 

 さっきの眠気を無視してしまったせいだろうか。今日は期待が外れることが多い。


「もう寝てる?」

 

「いや、まったく。ちょっと外で空でも見ていく」


 そして、微妙に暑苦しい。もう外に出てしまいたい。どうせどこに行くにもないから、寝る時間も起きる時間もどうとでもなれるのだ。


 湿気まとわりつくのを振り払うように外へと出る。


「なんだ……」


 外へ出ると空が弾けていた。それが星空だということは知っているが、あまりの変わりようにそう例えるしかなかった。

 

 無数の星があるのは、いつも見るような光景だが、空の真ん中あたりに星が斜め横に線を引いていて、その裂け目には小さな星が溜まっている。


 星の色は白だけだと思っていたが、青白いようなオレンジ色の滲んでいて一つだけではなかったらしい。


「きれい」


 ぼんやりと眺めていると、月見里が隣に座り込んだ。星空の光に惚けたような顔を晒していて、なんだか久しぶりにそんな月見里を見たような気がする。


 頭の小さい自分にとっては、ただ圧倒されるしか能がない。

 地面に落ちても不思議ではないほどに星が張り詰められて、もう限界だとばかりに大きな割れ目が浮き出ている。いつかあの裂け目がもっと広がるんじゃないだろうか。


「あれ、天の川って呼ばれているみたい」


 月見里がそう言って指さしたのは、割れ目だった。あのまま割れてしまってブラックホールが生まれてしまうと思っていたが、確かに月見里の例えの方がロマンがあっていい。


「天の川か。洪水でも起こして、空が落っこちそうだな」


「違う。それは杞憂」


「俺は別に不安になってないぞ。ブラックホールとかな」


 そんな幼稚なことを考えているわけないだろうと、身振り手振りを交えて言ってみたが、当の月見里はこちらの様子をひとしきり見ると呆れた顔になった。


「……そうじゃなくて、彦星と織姫の伝説知らない?」


「いや?悪い、分からないな」


「7月7日に竹に願い事書いて短冊とか飾らなかった?」


 竹に短冊。そういえば、そんなことを小学生の頃に学校でやった気がする。小さい竹みたいなものに、黄色とかピンクとかの長方形の紙に何かを書いて張り付けていたのを覚えている。


 そういえば、その時にどういう願い事を自分は書いたのだろうか。世界平和とかは絶対考えてないだろうし、金持ちになりたいだとか欲張りなものを書いた記憶もない。


 書いたはいいけれど、他のクラスメイトの短冊が■■菌に犯されるのが申し訳ないから、書いたふりをして飾ったふりをしていたような気もする。


「……ねえ?」


「――ああ、悪い。少し天の川に行ってた」


「へえ、織姫寝とったの?」


「お前何てことを……!織姫を寝とるって、どういうことだ?」


「さっきの話。織姫様と彦星様は天の川で働いていたんだけど、2人がカップルになってからは、仕事そっちのけでイチャイチャしてたから、上司の神様が怒って天の川の対岸に二人を引き離したんだって」


「はあ、神様も上下関係があるんだな。それでどうなったんだ?」


「うん。それで2人が悲しんで仕事に手がつかなかったから、上司の神様が年に一回天の川に橋を作って2人を合わせることにしたんだって」


 それが7月の7日と自慢げに答える月見里。


「はあ、ロマンチックと言えばいいのか。なんというか、世知辛いな。もう一年に一回しか会えないのか?」


「うん、多分。一生、一年に一回しか会えなかったと思う。ちょうどあそこに織姫と彦星がいる」


「嘘だろ。どこだ……そうか、星か」


 指さした方向を見ると、天の川の両端に周りと比べて明るく大きな星があった。


 たかだが、川のように見えるぐらいの特徴で、その中にひときわ大きな星があったぐらいで、そこまで考えつくことが出来るとは昔の人は本当に夢を沢山持っていたのだろう。


「うん。それで天の川の中にある大きな星を結んで、夏の大三角形になる」


 そう言って指で三角の形を作る月見里。確かに指で星をなぞってみると三角形になって、なるほどと声が出てしまった。


「はあ、あれが上司の神様になるのか?」


「違う。多分、あれは間男」


「間男……だとするなら、天の川でおぼれてるな」


「間男は馬に蹴られて川に沈められるのが相場」


「じゃあ、俺もいつかはあの星になるわけだな」


 自分も彦星と織姫の間に入っていたわけで、自分なら馬ならず鹿からも蹴られて、川に引きずり込まれそうだ。そんな一幕を想像してしまって、少し笑ってしまったが、月見里は何も言わず向こうを向いて黙りこくった。

 

 自分のジョークはやっぱり寒いのだろうか。そういえば、昔一度だけクラスメイトにジョークを言って変な空気にしてしまったのを思い出して、恥ずかしくなった。


 それならば、月見里が気まずくなっておかしくはない。むしろ、気まずくなくてはおかしい。


「なあ、月見里?」


「天の川にある星は白鳥座。織姫は琴座で、彦星は鷲座の元になってる」


「嘘だろ。星座にもなってるのか?」


 目を凝らして見てみるが、どれだけ見ても砂粒に見えるだけで一向に琴にも鷲にも見えてこない。


「昔の人は奥深いんだな。全部砂粒にしか見えない」


「違う。星一つだけじゃなくて、たくさんの星で星座が作られているから。彦星の上下と左右に他と比べて明るい星があるでしょ?あそこを結んでいくと。鷲に見える」


 月見里の指さす方向を見てみると、確かに彦星の近くに少しだけ輝いている星があった。試しに結んでみると、確かに鷲の骨格らしきものが浮かび上がってきた。昔の人はすごい。


「すごいな。他にはないのか?」


「うん、当然。次は織姫の星のところ、真横と下あたりにある明るい星を手繰っていくと、琴になる」


「なるほど……琴というより壺っぽくないか?」


「昔の琴はあんな感じ」


「おお」


 月見里が指をなぞると、織姫から琴になる。おおと歓声の声をあげると、月見里は上機嫌になって指を躍せながら、呪文のように星座の名前を言っていった。


「で、あそこを結ぶと白鳥で――」


「おお、白鳥」


「あそこを結べば、へび座」


「おお、蛇」


「その隣が蛇使い座」


「おお、蛇使い。合体技だな」


「ところ変わって、ヘラクレス」


「へ、ヘラクレス?昆虫には見えづらいな」


「そういう名前の人がいる」


「おお、ヘラクレス」


「あれが、いて座」


「おお、いて」


「いては、弓を射る人。痛がる人じゃない」


「そうだったのか。悪い、いて」


「あれが、ケンタウロス」


「ケンタウロス……?なんだそれは?」


「下半身が馬の人。そういう人がいる」


「おお……ケンタウロスだ」


 月見里の指と呪文と共に星座が浮かび上がっていく。何気なく見ていた夜空にはこんなにも賑やかだったとは知らなかった。


 中には名前通りのものに見えない星座もあったが、昔の人はこういう僅かなものからでも何かを見出してしまうのだからすごい。

 

「それにしても、こんなによく星座を知っていたな」


「うん、前に星を見た時に気になって、調べた」


 そういって、月見里は今日一番のドヤ顔をする。博士はおろか魔術師と言ってもいいほど、星座という星座を当てたのだからすごいという一言しかない。


 やはり、月見里は賢いのだ。ここにいるのが違和感を覚えるほど賢かった。


「やっぱり、空は広いな」


「うん、何万光年もある」


「……万光年ってどれくらいだ?」


「光が一年で……一光年でも一生バイクで進んでいっても辿りつかないぐらいの距離だから、途方もないほど遠い」


「そんなに遠いのか。よくそんな距離のものがこんなにも見えるんだな」


「ううん。実際は見えてない。距離がありすぎて、今見えているのは何億年前かの星の光。だから、今もそこにあるかどうかは分からない」


「……ああ、そうだったのか」


 ああ、だから、自分は星を見ると寂しいと感じていたのか。


 奇妙な感じもするけれど、ガラス張りに見せられているような感じだと思えば自分の中のズレが嫌なほど直ってしまう。どこもかしこも、月見里は独りぼっちなのだ。


 でも、自分は眺める以外やることもなく、ずっと眺めていると月見里があの星座どこかと探していた場所を見つけた。

 下側の方がやけに暗いと思っていたら、あの全開の空が遮っていたようだった。


 またあの壁のような山に騙されていたのかと。結局、ここは窮屈なのだ。



 いや、それでももしかしたら月見里の言っていた星座がどこかに引っかかっているかもしれない。

 どうしてが、歯に小さな砂粒がくっついたように気になって、山脈の境目をずっとなぞるように見ていく。


「――ん?」


 そうしていると、山の隅の方に他の星とは違う朧げな白い光を発見した。多分、月見里が言っていた星座の一つになるのだろうか。


「なあ、月見里。あれは何の星座になるんだ?」


 そう月見里の肩を叩いて聞いてみると、予想とは反して怪訝な顔をして一緒になってそれを覗き込む。


 そして、神妙な顔つきに変わった。


「違う。あれは星座じゃなくて――」


 

 月見里は少し言い淀んだ。でも、自分は月見里のあんぐりと口を開けるさまに、その光の正体を思い出した。



 何万光年でもなく、わずか数ミリ先に存在していた人工の光だ。  


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