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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
あうとおぶあす
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干からびた痕

 

 数々の戦いを経た後、まだ薄暗さの残る早朝に目が覚めた。古傷代わりの筋肉痛で普段使わないところが悲鳴をあげている。頭もグワングワンと揺れて、どうやら脳みそもつっている。


「ああ、頭が痛い」


 そのせいか、月見里よりも早く起きれたらしい。健やかな眠りにつく月見里がうらやましくてたまらない。


 体が動かしたら多少はマシになるかと思って、運動代わりに調理器具を外に運び、早速朝ごはんを作る。


 これまで何度か料理をしたけれど東台のレシピ内容が分からず、月見里考案の塩コショウのスープで勝負。朝っぱらから重いものは食べられないから、肉なしの野菜スープ。ホウレンソウだけである。


 ホウレンソウだけだというのに、コショウを振り掛けてしまえば、どうして美味しそうな理由がするのだろう。

 香りを楽しんでいると、風に搔っ攫われて草原がそよぐ。行きつく先は墓石代わりの建造物群に、その先の森と山にぶつかってしまう。一体行きつく先はどこなのだろうか、どこか遠いように感じた。


 空っぽの頭でその光景を眺めて居ると、テント入口のチャックが下りる音がした。月見里が、匂いを嗅ぎつけて起きてしまったようである。


 目を擦って寝ぼけながらも、ゆっくりとした歩みでこちらの隣に座り込んだ。


「おはよう。月見里」


「おはよう。もう起きてたの?」


「健康的だろ」


「うん、そうだね」


「ああ、ダッ!」

 

 月見里に腰を突かれ、鈍い痛みが走る。


「やっぱり、ダメじゃん」


「クソ、お前だって、痛いだろ。ほら、どうだ」


 仕返しに月見里の腕を突いてみたが、もはやプニプニしているだけで彼女は涼しい顔さえしていた。


「ぜんぜん」


「そ、そうか」


「背中ついても無駄。仕返し」


「あがぁ!クソ、俺だけか」


 いたずらっぽく微笑む月見里。残念ながら、それだけでは背中の痛みも取れない。


「おいしそうな匂い。今日はなにごはん?」


「ほうれん草と塩コショウのスープ。多分」


「多分、おいしそう」


 匂いもちょうどいい香ばしさを放っていたので、月見里と自分のお椀によそって、いただきますの合掌。


 美味しい。やはり、塩コショウのスープは最強なのだ。月見里の頬袋を見ながら、またどことも付かぬ世界を眺める。


「今日はどこまで行くの?」


「……あそこの、道が続いているあの森の外を超えたいところだな」


 指さしてみたけど、ピンと指したはずの指が萎れるほど切れ目の見えない長く深い森。


「ふぅーん、ちょっと無理そう」


 何食わぬ顔で弾かれる。それでも、表情はなんでもない日常の表情に染まっていた。どこへでもいけてしまうのが、この旅の醍醐味。


 食事を終え、テントを片して、再びバイクを動かす。カタンカタンと電車のようにエンジンが動くけれど、終点があるのかどうかまた分からぬ。


 線路とも道もつかない、畦のようにずっと伸びるそれをなぞり、森の中へと入っていった。



 森の中はやはり酷い。道というよりもう木々の隙間をお情けで通らせてもらっているような不整地で、ボコボコとずっと木の根っこ轢いている。

 ここを抜ける前に、自分ら二人の尻が赤くなってしまうのかと思うぐらいに、体が跳ねたり強請られたりする。


 それでも赤くならないのは、ずっと似たようなことで擦られて皮が厚くなったせいなのか、ズボンを二重に履いて家からかっぱらってきた座布団を二人で共有しているせいなのか。

 

 幹の間を潜るようにしているので、当然倒木も当たり前。斧を振り下ろすのももはや日課。ふるう度軋んでいた腕も、多少の太さであれば簡単に木の幹を割ってしまうことが出来ていた。


 これが成長というのかと、まじまじと手もとを見つめるが、


「異世界転生した人みたい」


 と月見里から言われて、少し恥ずかしい。けれど、少し納得した自分がいる。しかし、成長したところで、結末に意味はない。


 バイクはただただ木を割った後の、()を進んでいく。ああ、やはり、迫ってくる木々がうっとうしくてしょうがない。


「異世界転生もの読んでたんだな」

 

「うん、ちょっとした気分転換。読む?」


「いや、今はやめておく」


 本を旗のように振ってくるが取れない。揺れを抑えつけるために両手が塞がってしまえば、読むこともできないだろう。


「それで、今はどういう展開になっているんだ?」


「チートスキルで無双してて、ハーレム作って、現代と異世界飛び回ってる」


「なるほど、大変そうだな」


「そういうのって興味ある?」


「いや……ないな」


「ちょっとは考えてるんだ」


「ああ……いや、でも、ハーレムが出来るほど器量のある人間ではないとは思っている」


 そもそも。一人の女性を抱えるほどの器もないと思っている。


「ふぅーん、酒池肉林が男の夢じゃないの?」


「やめてくれ、恥ずかしい。そもそも、俺は酒が飲めない」


 成人になった時、一度だけワインを飲んだことがあったが、埃みたいな味がしてすぐに吐いた記憶がある。

 その後は風邪を引いたときのように頭がのぼせて散々であったのもあったから、酒自体に忌避感が出来てしまった。


「前言ってたね。じゃあ、異世界行ったら何がしたい?」


「とりあえず、景色でも見るかな」


 異世界だというのだから、珍しいものでもあるのだろう。できれば、空に浮かぶ街を見てみたい。


「えー、それだけ?」


「ああ、後は誰からも見つけられないようなスキルが欲しい。それでハッピーエンドだ」


「……でっかい魔法で、でっかいドラゴン殺したくない?」


「いや、あまり」


「えー、異世界ものの定番じゃん……」


 つまらなさそうに呟く月見里。自分も月見里ぐらいだったなら、ドラゴンの一つや二つ戦ってみたくはある。


「月見里なら何がしたいんだ?」


「うーん……私は逆境を簡単に打ち崩せるようなスキルがほしい。それで、パンパンバンバン敵をやっつけて銅像を建ててもらう」


「いいな。Sランクの銅像を作ってくれそうだ」


「うん、でも一人だけ銅像作られるのは恥ずかしいから、その時は一緒に作られよう」


「……ん、俺もいく設定なのか?」


「当たり前じゃん。一人で知らないところにいくのは寂しい」


 なんだよそれ、と思ったけれど、目の前から流れていく景色を見ていると、ここもある意味異世界だ。こんなところ、一人で進むのは寂しくて嫌だと思う。


 

 木々を抜けていくと、暗くなっていた。どうやら、森を抜けられなかったらしい。


 それが終わるまで木々のあまりないところを探しだして、テントを立てて寝泊りをすることが日常になった。

 出発してきたときから目に見えてやせ細る食糧の袋に、むず痒い危機感を覚えながら、しかし、どこか他人事のように思いつつ旅は続く。


 ただ、森の中で近くに川もなく、水だけがあからさまに減っていて、料理をするための水もなくなって、最後の最後にはお互いに水をチビチビ飲んで渇きをごまかしさえしていた。


「ああ、もっと……」


「あう……」


 もっと琵琶湖の水を飲んでおけばよかったと、カサカサになった唇で後悔を吐いた。


 冒険はひたすら続く。



「やっと、森が終わった!」


 疲れ切った月見里の声。最後のトラックみたいな大きな木の幹を割った頃に、ようやく遠くに次の墓石が見えた。


 アスファルト道路も復活してきたので、まだ物資が残っているかもしれない。一匹目すらいない二匹目のドジョウを期待して、近づいてみるとどうやら結構大きい都市らしい。


 標識には一つも読めない地名の市名があったが、月見里によるとギフと読むらしい。ここは何か逸話があるのかと聞いたら、どうやら信長がこの地名の名付け親ということを教えてくれた。


 ようやく、見知った名前を聞いた。無念は晴らしたぞ信長。もしかしたら、城があるのかもなと、淡い期待を覚えるけれど、その入り口付近までまたインフラ保証しませんと固く閉じようとしたフェンスに遮られた。


 しかし、そのフェンスも倒木で崩され、倒木を避けていきさえすればすんなりと通れてしまう。残り何キロだと書かれた標識を励みにして、アクセルをぶん回すと目の前に何重も連なるビル群に出迎えられた。


「うわあ、結構大きい街」


「元居た場所と変わらないな」


 既視感に安堵感を覚えたが、またコンクリート壁にぶち当たったのかとガッカリしてしまった。結局、どこも一緒なのだと。唯一、変わっているところと言えば、どのビルも蜂の巣のようになって、中のコンクリートがさらけ出されていることだろうか。


 それにもうなにかもが軒並みへし折れている。ここは確かに放棄された街であったようだ。


「なにもなさそう」

 

「ああ」


 なにもない証拠である。以前、こういうところみたいな人気の無かったところに入ってみたけれど、外と同じように外壁の禿げたコンクリートの構造物があるだけで何もなかったことは覚えている。

 

「一応、どこか入ってみるか?」


「それで前に落ちてきたがれきで大けがしそうになったからダメ」


「ああ、そうだったな」


 行ってみようかと思ったけれど、すぐに月見里から拒否された。結局、古傷を貰っただけで、何の成果も得られなかったのだから仕方がない。


「じゃあ、このまま通り過ぎるぞ」


「分かった」


 もはや、無人の土地。何かあるわけでもない。


 だが、用心に越したことはないと、クラックションを鳴らしてみた。

 

 そこらじゅう蜂の巣のような構造になっているおかげか、都市部にしては妙に音が響く。隅々までといった感じはしないけれど、虚しいと思えるぐらいには響いた。


 残響が完全に消えるまで待ってみるが、


「何もいなさそうだな」


「うん」


 虚しさの正体が分かったぐらい、なにもなかった。


 残されたのはがらんどうの建物と、まだ道の体裁はあるぐらいの道路。突っ切って進むぐらいの溶融はまだある。


「進んでみるぞ」


 ならば、進むしかない。もう、森は懲り懲りだ。どうせまた森に突っ込むのだから、その猶予ぐらい楽しんでもいい。


 月見里からもOKの代わりに右肩を叩かれる。一瞬、右の方を見そうになったのはご愛嬌。


 バイクもどこか快調である。ようやく、マトモな道を走れるのだ。アクセルを切りたいが、陥没穴が多すぎるのでゆっくりと進んでいく。


 おおよそ、原付で出したスピードよりもちょっと速い程度なのに、遅いと感じてしまうのは何故だろう。

 ビル群から吐き出されたがれきも、道が広いおかげでいとも簡単に通れてしまう。

 

 見える障害物もへっちゃらである。もはや敵なしだと、意気揚々と進んでいく――。


「右!」


 ふいに、月見里から右肩を叩かれた。


 また何かあるのかと一瞬思ったが、右を見ると急いでアクセルをあげた。


 『あれ』がいた。

 

「まずい!スピードあげるぞ!」


 出来るだけ遠くにと思ったが、また目の前に陥没穴が現れて急ブレーキをかける。


 月見里から『あれ』の位置を教えられて、臨戦態勢。


 まだ一匹。もうこうなったら仕方がないと、固まったホルスターから銃を引き抜き、撃ち込もうと構える。


 だが、照準の先にいる『あれ』は先ほど見たところと同じ場所にいた。


「……死んでいるのか?」


 多少進んだという自負はあるもの、それぐらいのことで『あれ』はどうして大きめの石ころ程度になっているのか。


「動いてはいるみたい。這って進んでる」


「本当だな」


 よくよく目を凝らして見てみると、月見里の言う通り倒れているのではなく這っているようだ。


 必死に手を伸ばしてこちらに近づこうとしているみたいだが、それほどの力もないようでまるで進んでいない。

 

「……寝たきりだった田中さんみたい」


 月見里の言葉に不謹慎だと思ったけれど、何かに似ていると思ったした自分がいる。

 そういえば、最後に見た田中さんもこんな感じで、死んでいるのか寝ているのか境目が分からないぐらい生気がなくて瞼だけが呼吸しているかのように動いていた。


 目の前の『あれ』も同じようで、やせ細っていて干からびていた。轟音を立てて雪崩れ込んできた『あれ』の面影はどこにもない。


 

「9時の方向にもいる」


 淡泊に伝えられる。見ると、『あれ』がいてこちらに迫ろうとしてる。

 

「15時の方向」


 そちらの方向を見ると、『あれ』がいた。


 どうやら、囲まれそうになっているみたいだが、他人事のように思えるのはそのどれもが這いつくばっているからである。


 銃を収めた。全く意味は分からないけれど、どれだけ気を緩めようが足を止めていようが襲われる未来が見えない。


「進むぞ」


「うん」


 それでも、用心に越したことは無い。陥没穴を避けて『あれ』に近づかないようにゆっくりと進んでいく。

 

 それでも、あっという間に『あれ』が小さな点になった。


 肩透かしを食らったと言えばいいのか、なんだか不思議なものを見たような気がして変に力が抜けてしまう。


「ラッキーだったな。月見里」


「うん」


 いつも必死になって街の中に入っていた自分たちが、馬鹿らしくなった。これだったら、どれほど物資を搔っ攫うことが出来ただろう。


 そう思ってみるも、逆に数年程度の廃墟だったからこそいろいろと手に入れられたのだと考えると、人生というのはうまく出来ているのだなと諦観が沸き上がってきた。


「本当に、あれはなんだったんだろうな。月見里」


「さあ?でも、安全に越したことは無い」

 

「……それもそうだな」

 

 これだけ木にぶつからず、鬱陶しい虫も振り切れるほど走れているのだ。目に見えるのも瓦礫ばかりで、あんなところに『あれ』が潜んでいたらいろいろと厄介である。ただただ、ここは通過地点でしかないのだ。


 ならべく大通りらしいところを、ずっと進んでいった。ちらほらと『あれ』を見かけはするものの、こちらを追いかけようとするものは分からなかった。

 

 それでも、場数だけは無駄に踏んでいた自分たちは、一言もしゃべることもないまま、『あれ』を警戒しながら走った。


 ただただ、ずっと晴天で、どうして鳥の声さえ聞こえていて、今自分は走れているのだろう。


 違和感だらけで胃を撫でられたような気持ち悪さの中、気づけば鹿の群れが蜂の巣になった建物の隙間に見つけた。

 

 『あれ』のすぐ近くに鹿がいる。どれも不思議そうにこちらを見ていてどこか既視感を覚える。


「鹿がいる……」


「……うん」


 エンジンの音で月見里の声が掻き消えた。か細すぎて聞こえなかった。



 街がまた墓石になるまで、その後一言もしゃべることのないままずっと走った。


 


 

 


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