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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
あうとおぶあす
70/93

褪せたフェンスの外側


 人間というのは時間を消費すれば何にでも慣れてしまえるものである。良いことも悪いことも、どれほど新鮮なことであっても、数日野ざらしにしていたサツマイモのように干からびてどうでもよくなってくる。

 

 フェンスを抜け出したときに一緒に服が裂けたかのように思えたぐらいの解放感は、どうして倦怠感に変わるのだ。

 ガタリガタリと尻を打つ振動がいら立つものになって、干からびた亀の甲の美しさはもはやウンザリするものしかならず、どうしてか変わらぬ森と木の山になった建物がある種の清涼剤になっているのが奇妙なところである。


 何か激烈なことが起きるかもと、学校にテロリストが来たみたいな淡い期待をしていたのだが、現実というのはどうしてこうも()()()()に続いていくのだろう。


 ここでいうテロリストというのはきっと『あれ』になってしまうのだから、無いに越したことはないのだが、月見里の足が何度もこちらの太ももを小突いてきて何とも辟易とした気分になる。持ち主である月見里の心中も察するところだ。


 しかし、せっかく出来た些細な平和も目の前に聳え立ち始めたものにまた打ち崩され、ため息しか出ない。


「ええ、うそでしょ」


 月見里が不平の声をあげる。道を真っ二つ割るように倒木があった。細い木であったほしいと願ったが、残念ながらよく肥え育った大木であった。だから、倒れてしまったのだろう。もっと節制をするべきだと言いたかったが、木相手に何をムキになっているのだとため息をついてバイクから降りた。


「斧で割るぞ。待ってろ」


「はいこれ」


 側車に転がしてた斧がどこかと探ってみたら、月見里が自分のポケットからものを取り出すようにすんなりと見つけた。もう何度目かなのに、覚えていない自分もどうかしていると思う。そして、何度かのありがとうを言って、気だるい勢いのまま斧で叩き割る。

 

 多少、コツは掴んだものの、これほど多かったらチェンソーを持ってくればよかったと後悔するが、使い方も分からないし自分の足を跳ね飛ばしそうな結末になりそうなのでこれはこれでよかったのかもしれない。そもそも、チェンソーを見たことがない。無いものねだりである。


 月見里の身長がもっと高ければ手伝わせたいところだが、今は側車に座り頬杖をついてつまらなさそうな表情を浮かべているので、まあいいだろう。


「今ってどのへん?」


「さあな。多分、遊園地からは着実に離れているだろうな」


 言っていて違和感があったが、飲み込んだ。そうでなければ、木を数本叩いてきた意味がない。


「・・・分かった」


 月見山も納得はいっていなさそうだが、無理やり飲み込んでくれたようだ。そうでなければ、土砂崩れのあった道を何度も迂回してきた意味がない。


 そして、それを証明するかのように幾千もの戦いの後、見事に破ることができた。そうでなければ、腕の節々が悲鳴を上げている意味がない。


「これ本当に遊園地からーー」


「それ以上言うな」


 そして、それが最後とはならず、勢いよくバイクのアクセルをぶん回したもののそうも掛からないうちに、また同じことでブレーキを引かざる負えなくなる。倒木ランキングも次々更新していくし、土砂崩れもまちまちあって登るためにバイクを押したり引いたりを月見山と共に繰り返し。


 全身の節々が伸び切った後ようやく山道を抜けて、平らな地へと躍り出ることが出来た。出来ればもう動きたくない。


 それを後押ししてくれるかのように、空はもう夕方になりかけていた。朝早くから出たと言うのに、時間は経つのが早い。これならば、たくさん距離を稼げたかと喜んだのも束の間、抜けてきた山の方を見上げると観覧車が気まずそうに立っているのが見えた。


「とりあえず、山からは出られたよね」


「そうだな」

 

 月見里がそれとなくフォローしてくれたが、あれほど意気揚々と脱出したというのに全く進んでないのは顔が真っ赤になるほど恥ずかしい。馴染み深い観覧車に見下ろされているのだから尚更である。


 もうこのまま顔の熱さを燃料にして距離を稼ぎたいところだが、真っ暗闇の中運転もしたくないし、月見里も自分も疲労困憊である。泥も被っているから、これで泥風呂に浸かっていることにならないだろうかと、考えるぐらいにはもう頭も働いてない。


「もうこのまま寝ころびたい気分だな」


「賛成」


 道の左右にはちょうど草原のようなものがあって、ふわりふわりと草が靡いている。ここに飛び込んでしまえば極上のクッションを味わえるのじゃないだろうか。


 正直、どこかの家に転がり込んで眠りたいものだが、近くを見れば平原で、遠くを見たらまた山があるようで家らしきものはなかった。ここは山間部といったところなのだろうか。

 山側に大きな鉄塔が立ち並んでいるが、電柱がないので多分隈なく探しても家は見つからなさそうだ。そもそも崩壊した家屋を道中何度目にしたためか、見つかったところでと諦めているところがある。

 だから、自分は空中に向けた銃を撃とうとしないのだろう。


「別に撃たなくても大丈夫だと思う」


「だよな」


 月見里に言われてこちらは銃をしまい。代わりにバイクのクラックションを鳴らした。ポォーと古めかしく鈍いクラックションが辺りに響く。ずっと奥の隅々まで、もはやこの音以外に聞こえてくるものがない。


 ただ、それが終わってしまえば草の揺れる音しか聞こえてこず、よく耳を澄ましてみると川の音さえ聞こえるぐらい静かなものだった。本当にただ二人しかいないようであった。

 

「テントを張る、準備してくる」


「そうだな、頼む」


 月見里は待ってましたとばかりにバイクから飛び降りるが、着地に失敗してよろめいていた。あれだけガツンガツンと長時間尻を小突かれていたら無理もない。こちらもシートから尻を上げると、ヒリヒリと痛んだ。


 月見里が足を慣らすのを待って、月見里の先導の元、原っぱの草をタイヤで踏みつぶすが振り返るとその跡はもう見えなくなるほど草は濃い。後一時間遅ければ、身動きも取れなかっただろう。そう考えたら、まだ山から出られてマシかとは思う。しかし、観覧車から見下ろされるのはやはり恥ずかしい。


「ここぐらいでどう?」


「いいな。ありがとう」


 ちょうど真ん中ぐらいでバイクを止めた。あまり奥に行くと森にぶつかるし、見晴らしが悪いのは経験上あまり好きじゃない。それに草原の方が地面はフカフカしてそうだ。


 手もとが暗くならないうちに、二人がかりでテントを打ち立て、その中に枕と食料品をぶち込んでしまい。過去の過ちは二度と繰り返さないと、カセットコンロを少しテントに離れたところに設置。目印代わりに二人分の折り畳み椅子を置いてようやく完成かと背伸びしたらまだ空は赤くなりかけているかどうかである。やはり、もう少し進んでおいた方がよかっただろうか。


 しかし、バイクから降りて少し体を動かしていると疲れがどっとが下から突き上げてきて、お腹も喉もカラカラになっていた。足もだるい。確かにこれではよろめかない方が不思議だ。


「喉乾いた」


「ああ、ちょっと川に行ってくる」


 ペットボトルの水も用意していたが、近くに川もあるのでそれですませた方が合理的だろう。保存性の高いものは大事に取っておかなければならない。道はきっと長い。

 しかし、月見里に生水を飲ますのもどうかとも思うので、小さなペットボトルを渡そうとしたがそっぽを向かれた。


「いい、私も川の水にしておく。勿体ないじゃん」


「分かった。待ってろ」


「分かった。皿とか準備してる」


「ありがとう」


 彼女もどうやら同じ考えらしい。ならば、持ってくる分も多い方がいいだろうと鍋を持ち出して、川の方へと向かった。


 目が一つないせいか、耳が一つ分冴えている。川の流れる音を頼りに歩くと、遠くに見えていた森の中に入りその中に小さな川があった。どうして、森の中にある川はこんなに小さいのだろう、こんな小さな川で森が育めるものか。

 どこかで見たことがあるような気がして無性に寂しい感情を覚えつつも、さっさと水をかっさらって戻った。

 

「おかえり」


「ただいま」


 結構早く戻ってきたはずだが、月見里はもうすでに折り畳みの机を広げて食器を用意してくれたらしい。机に置いてくれたカセットコンロにそのまま鍋を置いてみたが、月見里は中身を見て怪訝な表情を浮かべた。

 自分も恐る恐る中身を見てみると、持って帰ってきた水が微妙に濁っていた。少し泥でもすくってしまったのだろうか。


「これ大丈夫?ちょっと濁ってるみたいだけど」


「煮沸したら大丈夫だろう。本の受け売りだぞ」

 

 しかし、心配することはない。水を沸騰させてしまえば、消毒が出来るらしいとモールにあったサバイバル本に書いてあった。意気揚々と火をつけてみるが、月見里はまだ怪訝な表情のままである。


「煮沸どのくらいするの?」

 

「……わからん」


言われてみればと、手が止まった。煮沸消毒とはどれくらい待てばいいのだろう。沸騰させればいいのは分かるが、どれくらい水を蒸したらいいのだろう。煮沸消毒というかっこいい言葉に目を引いていたが、中身を見ていなかったことに今更後悔した。


「何分ぐらいがお好みだ?」


「何分ぐらいって……運が悪かったら赤痢になるって本に書いてた」


「赤痢?」


「お尻から血が出て、その後はずっと体中の穴という穴から滝のように血が出てくるんだって」


「嘘だろ」


 身が凍った。たかだが、水一つで人間は壊れてしまうのか。血液も水の一つと聞くので、いろいろ合う合わないがあるのだろう。つまんだツマミをこのまま締めてしまいたいが、ミネラルウォーターを使うのは論外。ならば、このまま回しきってやるしか道はなし。


「水を燃やすまでやってみよう」


「焼き加減はハードでお願い」


 火が踊るくらいの火力でやってみるが、流石に水は燃えずブクブクと激しい泡を立てて水かさが減った。このままいけば菌を全部殺せるのかと思ったが、その前にガスが尽きてしまった。

 

「このタイミングで言うことじゃないけど……」


「ああ、そうだな。その通りだ」


 こちらは月見里の言葉を遮った。そうでなければ、ガスボンベを無駄にした意味がない。


「……これどうするの?」


 しかし、このまま飲んでしまうのも気が引けた。これほど、贅を尽くした水がどこにある。いろいろと目を遊ばせていると、月見里が準備してくれていた食料に目が行った。そうだ。打ってつけのものがあったと。


「こいつにしよう」


「いいの?」


 取り出したのは贅沢尽くしのカレー味のカップラーメン。月見里も興奮気味になるのも無理もない。自分もス〇ムの次に好きな食品である。これにガスボンベ一本残り全部を費やした水を注ぐとは贅沢以外の何物ではない。少し勿体ないような気がしたが、旅の始まりだ。それぐらい意味づけをしておかないと、こういうものを貯めこんで結局腐らせてしまうのだと思う。


 アツアツになった水を2つ分注いで蓋を閉じてやればおしまいだが、そこに隠し味を入れてやる。しかし、自分も月見里もあまり嬉しくない表情を浮かべていることだろう。


「え、コーン入れるの?」


「ああ、不味いものは先に使った方がいいだろ?」


「……」


「月見里のは少なめにする」

                         

 月見里のジト目にやられて、コーンをこちらの容器へと流すことになった。なみなみと浮かぶ黄色い粒々。並々ならぬお姿。まあ、いい。こういうのもどうせ後で腐らせるしかなくなるのだから。


 時計を確認しながら振り子時計のように足をブラブラさせた3分後、蓋を開けるとあのカレーの匂いが立ち上る。腹の虫が吠えた。


 いただきますと二人手を合わせた後は、飛びつくようにしてそれに手を付ける。ズルズルという小気味のいい音に、カレーの辛いスパイスがガツンと頭の裏側をついてくる。塩気に体が潤される。嗚呼、おいしい。

 辛さにコーンは合わないだろうと思っていたが、スパイスの味が染み込んでいるなかにコーン特有の甘味が合わさって一つの口直しになってくれている。このまま飲み干していたところだが、カレーに浸された麺を食べて、プチリプチリとコーンを噛んで一服。

そういうローテーションを作れて、ゆっくりと味わうことが出来る。なんという、素晴らしい発見をしたのだと思った。ああ、これが料理の妙なのかと思った。東台がもたらした料理の魔法の片鱗を垣間見たような気がした。


「ねえ、コーンまだある?」


「ああ、勝手にもってけ」


 月見里もコーンを気に入ったようでなにより。残りは全部自分の容器に入れてしまったので、仕方なく容器を差し出して勝手に取らせることにした。箸で探られ、遠慮もなくコーンが取られていくが、麺は取ろうとしないのが情けである。結果、ちょうど半分取られた。ゆっくりと噛みしめて食べてほしい。

 淡白ながらもおいしそうに食べるのを見せられると、あげてよかったと溜飲が下がった。


 しかしながらも、楽しい時間はあっという間で、容器の底を箸でつつけるほどの余りもなく綺麗になってしまって、目の前に広がる薄暗くなった景色を眺めつつ、口蓋に残るカレーの味に浸った。

 いつの間にか、月見里も食べ終わって、同じ方向を見ていた。


「ねえ」


「なんだ?」


「川にホタルいた?」

 

「いや……あのぴかぴか光る玉みたいなやつか。いなかったな」


「また、見たいね」


「……見たことあったか?」


 そう聞くと、月見里は眉を落とした。いつもながら淡白に見える表情だが、不機嫌になったことが容易に察せるがその理由は分からない。

 その理由を告げることもなく、何もないふりをして何でもないと呟いて席を立って、そのままテントの中へと吸い込まれた。


「歯は磨けよ」


 それだけ言っておいた。イエスもどきの返事が返ってくる。こういう時は気づいていないふりをして、いつものセリフを言っておけばいい。追いかけたところで、もっと酷いことになるのだと経験に分からされた。

 その音が消えれば、残されたのは自分一人で気まずく寂しい気分になった。

 

 どうしてか自分の脳裏に、テントに潜った月見里の小さいときの姿が浮かび上がってきた。ふと思い浮んだときは鮮明なくせに、思い出そうとすると思い出せない古い古い記憶。


 何かつかめたような気がするが、目の前の景色を見ていると掘り出せるような気がしなくて、かつてカレーの入っていた容器を月見里の忘れ形見分もバイクへと追いやって。歯ブラシを取り出し、テントの中へ自分も潜った。


「…………」


 中に入ると月見里が歯磨きをしている。こちらを見やると、興味がなさそうに自分の歯磨きに戻った。こちらも月見里の歯磨き粉をもらい、自分の寝袋の方で歯磨き。口に広がるイチゴ味。

 そういえば、最後にイチゴを食べたのはいつだっただろうか。ふと出てきた雑念を振り払って、無心で歯磨きを続けた。やはり、気まずい。


 終わるタイミングを見つけられず、カニのようにブクブクと泡立てて文字通りの歯磨きをやっていると歯磨きが終わったらしい月見里がこちらに目配せをしていきた。


「残ったやつ、使っていい?」


「ふぃふぃぞ」


 月見里よろしくのモグモグ言語。この場合はブクブク語族にあたるのかは分からないが、いいぞという言葉に月見里はありがとうといって、テントの外へと出た。

 気が抜けてこちらも外へと出た。唇から汚い汁が漏れているのは、流石にもう嫌だ。


 二人で口を洗い流し、適当な地面に吐き出す。もうその頃には、空は完全暗くなって見通せていた範囲もすっかり塗りつぶされて、テントから零れるオレンジ色の光しか見当たらなかった。

 しかし、遊園地のような真っ黒に潰れたという印象もなく、名前も分からぬ鳥の声が時折あって、風で草の靡く音が鮮明に聞こえるような静寂がおそらくずっと先まで続いている。


 それをじっと見つめていた。月見里も見つめていた。その中にホタルはいない。綺麗な川に行かないと見れないと本に書いてあったが、まだ微妙に季節がずれているとも本に書いてあった。

 

「まだ虫はいないな」


「……うん」


 少しだけ柔らかい口調で返ってきた。


 後は少しだけ景色を眺めて、ぶつかってくる風に寒気を感じたころに、またテントへと戻り寝袋を被った。ランタンの光はもう豆粒ぐらいになって、月見里の様子も自分の様子も見えない。

 潜り込んだとたん、すぅすぅと可愛らしい寝息を立てる月見里に、今日はいろいろ大変だったなと呼び掛けてやりたいが起こすのも悪い。


 これが旅の始まりか。真っ暗闇に染まったオレンジ色の天井を見て、そうつぶやいた。どうしてか、明るいときにみたここの景色が浮かんでくる。


 ずっと広く長く続いているはずなのに、奥の方を見ると鬱蒼とした森が続いていて窄んでいくそんな景色。なんだか暗示されているような気がした。



 でも、あまり沈んだ気持ちにはならなかった。

 


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