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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
らすとおぶあす
69/93

終わった


 渡された銃はザラザラしていて、手になじむぐらいすり減っている。色も褪せていて、年季の入ったものだとうかがえる。それでも、嘘のように軽かった。


「もう終わったんだよ」


身体の重みが全部抜けきったような声で、落ち着き払った顔で老紳士は言った。そのまま、彼は遊園地の方へと歩み、自分の家を眺める。

 あれほどまでに暖かい光が充満していると思ったところは、ここからでは小さすぎて頼りない蝋燭の光のように見えた。


 それと同じくして、彼の声はまた感情の薄いものになった。


「毒虫さんたちが出発した数日後にはもうソーラパネルが使えなくなった。いや、もうそれは昔から分かっていたことなんだよ。ずっとずっと知らないふりをしてきただけだ。それがやっと現実になっただけなんだよ」


 ああ、だからだと思った。彼の家に篭る光が弱々しくなっているのは気のせいではなかった。


「あれもじきに消える」


 老紳士はそう言って、静かにゆっくりと縋りつくようなお辞儀をしてきた。


「お願いだ。私を殺してほしい」


「……ぁ」


 彼の言葉は非常に滑らかだったというのに、こちらはどもってしまって声にもならなかった。彼は何と言ったのだ。殺してくれという、言葉の意味が一瞬分からなかった。もうこのまま分からずにいたいが、彼は決して冗談とは言えないぐらい真剣な面持ちでこちらをじっと見つめてくる。


 俺は彼のことを知らない。そういう人間をおいそれとどう殺せばいいのだ。殴るのも出来そうにないというのに。彼の表情を見てどう断ったらいいのか分からなかった。


「本当に申し訳ない。八雲さんにも、月見里ちゃんにも……。もう皆も終わりになってしまった。だましだまし生きてきてしまった末路なんだ」


「……」


「ああ、そうさ。僕だけが生き残ってしまった。僕だけが皆を押し退けて生き残ってしまった。いまだに忘れらないんだよ。お巡りさん助けてって叫ぶ小さな子供の声が耳から離れない。発砲したときの甲高い音がまだ鼓膜にこびりついているんだ。衝撃が筋肉の隅っこに張り付いているんだ。カナちゃんの――カナちゃんの服が血に浸っていく光景がもう網膜に焼き付いているんだ。瞼を閉じるたびに思い出すんだ」


 まるで、駄々をこねる子供のようであった。


「もうあの時に死んでいるんだよ。僕は。ここにいるのはただ生にへばりついた抜け殻に過ぎないんだ。だから、お願いだ。八雲さん。僕をもう完全におわらせてほしい」


 そう言って、彼は地面に膝をついて、深々とお辞儀をした。それを土下座と呼ぶのは、あまりにも酷い話だと思った。

 てごでも動かさなそうだった。まるで地面に根を張っているようなそんな印象さえ受ける。


 いっそのこと、彼から渡された銃から手を離したかったが、どうしてかギュッと固く握ってしまっている。引き金からは指を外しているのが、最後の抵抗に思えた。

 

 無言でいるまま、彼はそのまま深々とお辞儀をして白髪に染まった後頭部をさらしていた。


 どうして、見も知らぬ不審者にこうも必死になって殺してくれと頼んでくるのだ。しかし、自分はそんな彼の姿がまともに思えてしまった。


「……分かった」 


 逡巡した後。俺は銃口を彼へと向けた。


「ありがとう。八雲さん」


 ゆっくりと顔を上げた老紳士はクシャクシャになりながらもスッキリしたような表情をしていた。その表情とよく似合う柔らかい声音でそうだったと言って、ゆっくりと立ち上がるとこちらに寄ってきたので慌てて銃口を下げたがそんなことに構わず彼はこちらに何かを手渡される。


「うちの家の鍵だ。玄関に報酬は置いたけど、家財とかも必要だったら全部持っていってほしい」


「……」


 温かな手の感触。思わず、手が震えた。今からこれを殺すのだ。人を殺したことなど。いや、俺は人殺しだ。


 彼は黙ったまま、そのまま後ろへと下がった。ちょうど銃口を向けたら頭にかち合うようなぐらいまで下がり、彼は軍人のような真顔になった。


 がちがちになった銃口を向けた。それでも、彼はもう覚悟を決めているようだった。ただ、申し訳なさそうな顔をしていた。それに既視感を覚えた。

 ああ、そうだ。これはいつも遊園地の老人たちがこちらや月見里にしていたものだった。俺よりまともな人の顔だった。



 撃った。


 空気が一気に乾ききってしまうような爆発音。孫思いのおじいちゃんはパタリと地面に倒れた。その後は声ひとつあげず何かを掴もうと手をピクリと動かしただけで、それっきり動かなくなった。それだけでは、足りない。


「……」


 撃った。撃った。撃った。生気の抜けきった体に何発も撃ち込んだ。


 弾が切れた。ならば、衝撃で震える腕を押さえつけて、近くに打ち捨てられていたスコップで体を何度か叩いた。その頃にはもう彼の体はズタボロで、これで彼はもう被害者にしか見えないだろう。



 その後は殴ったシャベルで穴を掘った。平坦な墓に隣り合うようにして掘ったが、歪んだシャベル一つでは人が一人かろうじて沈むくらいの浅い穴しか出来ず、それを補うために持った土は山のように盛り上がった。彼の体は意外なほど軽かった。


 そして、墓標の代わりの銃をそこに置いた。まだそこから黒煙が立ち上るような錯覚を受けるほど、鼻の奥に硝煙の臭いがこびりついていた。俺は彼をだました。銃は彼のではなく、自分の銃だ。


 それを黙って見続けていると、その頃には遊園地にあった唯一の光も消えていた。

 

「俺が殺した」

 

 その光景に、空っぽの言葉しか出てこなかった。


 そうして、自分の手の中には鍵の感触があって、こちらは最後に残った彼のライトを持って報酬を取りに丘を下った。

 とぼとぼと歩いても遊園地の中世ヨーロッパのような道に戻り、そのまま彼の家へとついた。


 彼の言う通りドアは開かれており入ってみると玄関のすぐのところに山積みにされた物資はあった。サツマイモ、缶詰、カップラーメンなどの保存食糧。おそらく、もうこれっきり見れないぐらいの量であることは間違いない。


「三か月程度か」


 生存権。数か月生きる権利。そんな最後に残ったものを、感動もなく機械的に自分のリュックサックに突っ込み、最後に彼の家の中のずっと先を覗いてから外へと出た。

 リュックサックに入りきらず外側にはみ出て、残ったものをリュックサックベルトに巻き付けてもまだ両手に抱えるものがあった。意外にも重みをあまり感じなかった。


 ようやく欲しかった報酬を手に入れた。後は月見里のところに戻るだけだ。しかし、歩く度カツンカツンと音がした。


 転がる缶詰。両腕でしっかりと掴んだはずだが、どうしてか歩くたびにいくつか零れてしまう。

 拾おうとするが滑るようにまた手から零れ落ちてしまう。


「――――っ」


 そこで自分の手が震えていることに気付いた。


 彼の言った言葉を思い出した。俺も耳から銃声が離れない。鼻の裏側から硝煙の臭いが落ちない。殴った時に伝わったシャベルの震えがまだ残っている。

 彼自身が頼んできて、それで人の形をしたものを幾度となく殺してきたというのに、温かみを持った人間を殺すのはこうも酷い感情になるのか。いや、俺は人殺しだ。昔も今も。


 心も体も震えて、胸の高まりで気持ち悪くなる。喉の奥からせりあがるものもあって、今すぐ立ち止まりたい。だが、それをしてしまえば、もう二度と動けないような気がする。どうせ、時間がたてば収まるものだ。零れた缶詰をゆっくりと感触を確かめながら拾い、深呼吸に合わせて歩いた。


 

 まだ臭いが残っている。遊園地の入り口へと近づく度、また煙の臭いが濃くなっていた。まだ火種が残っているのだろう。これが人がいなくなる臭いなのか。この中に門番の老人のものもあるのだろうか。 

 鼻をつまむための両手も塞がっていて、どうしようもなく吸い込んで肺の中を満たしていく。不気味だと思っていたがその正体を知ると腹がムカムカしてたまらない。


 自分の隣で、ぱさりと情けのない音が聞こえた。見るとポケットの底から遊園地のチケットが滑り落ちていた。その姿と同じくもはや紙屑にしかならない。替えのズボンの中に入れっぱなしにしていたのだろう。拾う気にもならず、ただただ胸がぽっかりと空いたような気分を覚えた。もうこのまま走って逃げだしたい気分だが、両手いっぱいの報酬がそれをさせてくれなかった。


 もう何もない。鍬をふるう老人も、ぼろ切れを縫って服に仕立てた老人も、何か難しいことを話し合っていた老人も。自分の抱えているものがひどく軽いもので、頭の中がスカスカになったように思った。いや、もともとスカスカだ。腹のうちの怒りは自分が原因なのだ。それに気づいて、ますます足は速くなった。


 それでも、慣れたせいか進みは順調に早くなって、最後にはガチャガチャと乱暴な音を立てて、門へたどり着いた。

 そんな音を出していれば月見里は当然気付くわけで、門を少しだけ開けてこちらの様子をおっかなびっくり見ていた。


「お、おかえり……」


 こちらはその返事をする余裕もなく、口を出来損ないの貝のように閉じて、外へと出た。そして、ぴっちりと門を閉めた。ざまあみろ、これで本当の棺桶だ。


 そして、一人残る月見里。どうしたのかと必死になってこちらの様子を伺うとしてくる彼女の前に、両手の缶詰をドロドロと地面に落とした。ついでにリュックに詰め込んだものもドボドボ落とした。


「3か月分ある」


「え?」


「お前ひとりなら三か月生きられる。バイクに置いてある物資もあれば、半年はもつ」


 俺は嘘をついた。2人なら一か月半程度の食料しかなかった。保存食が大半なのが不幸中の幸いといったところだろうか。どうせ、土に埋めても増えるものではないし、もう気休めにしかならないのだ。

 

「なにいってるの?」


 月見里はただただ困惑の表情を向けてきている。


「もう帰るところはない。だから、全部やる。持っていけ」


「え?なにそれ?なにいってるの?」


 月見里から困惑の声が飛ぶ。顔をしかめていたが、怒りたいのはこっちの方である。自分自身に腹が立つ。


「お前ひとりでも生きていけるだろ。いいや、お前ひとりじゃないと生きていけない」


 そう諭すと、月見里は目を見開いた。だが、すぐに萎んでスーツでも着ているかのような冷静な顔に戻る。そこに呆れの表情がないのが、ひどく癪に障った。


「生きていけるわけないじゃん。何にもないところでどうしろっていうの?そもそも私一人じゃそんなの持てないじゃん」


「なら、バイクを側車ごとお前にやる。転ぶことはないから、お前ひとりでも運転できるはずだ。運転しろ」


「そうだとしても、足がつくわけないし、この荷物を運ぶのは無理」


「それなら、荷造りまでは手伝う。その後はどこへでも行けよ」


 正論ばっかりが月見里から飛んでくる。そんなものは関係ない。どれほど正論を突きつけられようが、俺の出来の悪さを治せるわけがない。自分の声も荒っぽくなっていって、腹のムカムカがますますエグみを孕んでくる。八つ当たりであることは分かっているが、スッキリしている自分に気付いて止められようがなかった。


「どこへ行けっていうの!」


「どこへでもいいだろ!どっかいけよ!」


 いつの間にか感情まみれた怒号が飛んでいた。そりゃあ、そうだ一体どこに行けばいい。

月見里も木霊のように怒鳴って最初の落ち着きはもうどこにもない。こちらが叫んだら、彼女は何を言っているのだと手をわなわなと震えさせて、こちらを睨みつけた。ああ、そうだ。なんでも言え。どう貶されてもその通りにしかならない。


「やっぱり、私のことが嫌いなんだ。そうなんでしょ?だから、あの時だって私を突き飛ばして化け物を見るような目で見てきたんだ!」


 月見里のことが嫌い。


 胸を締め付けられるような感情を覚えた。そんなことは口が裂けても言えるわけがない。いや、俺はうそつきだ。いや、俺は月見里が嫌いだ。


「ああ、そうだ。お前のことは好きじゃない――大っ嫌いだ!俺の前から消えろ。消えろ、クソガキ!さっさと消えろ!クソガキ!これをもって、どこか俺の視界の入らないところに消えろ!」


 それで自分の人生を生きろ。悪者に追放されたら、その先には幸福が待っている。それが物語だ。空想上のお話に過ぎないが、それしか頼るすべはない。少なくとも、俺みたいなどうしようもないやつを頼るよりましだ。


 それでも月見里はそこから動こうとしない、呆れた顔をしない。もっと罵詈雑言を吐くべきだと思ったが、口はそれ以上動かなかった。月見里もそれっきり動かなかった。

 

 ただ、聞こえてくるのはすすり泣く声で、わなわなと体を震わせている幼女から聞こえてくるもので、俺は何か言える度胸はなかった。


「……もういい、分かった。迷惑かけてごめんなさい」


 胸を締め付けられた。感情で炙った頭が急速に冷えていくのを感じて、自分の暴言に後悔した。お前に謝るところがどこにあったのだという。否定したかったが、そんなことをするのは中途半端だ。そうだ、ここで突き放せ。そうすれば、彼女は生き延びてマトモな人生を送れる。月見里は俺より賢い。

  

 まったくだ。そんな嘘を吐こうと息を吸い込んだが、月見里がリュックサックから取り出したものを見て飲み込んだ。


「おま――――」


 震える小さな手。握られているのはまた銃だった。


 東台の最後に見た姿と重なる。彼女はもうどうしようもないから終わらせたかったのだ。ならば、月見里もそれを選択してもいいはずだ。違う、俺は暴言を吐いたせいで自殺しようとしているのだ。だが、今ある食糧を食べきってしまえばそれで終わりだ。それで、ただただ仲良しこよしして、食糧が尽きるその時まで知らないふりをして過ごすのが正しいことなのか。それならば、なあなあにして、いつの間にか腹と背中がくっついくような飢えに苦しむよりも、今死んでしまった方がまだ幸せじゃないだろうか。


そんな葛藤が頭をめぐる。そんなこちらを知らず、月見里は東台とは違い悲痛な面持ちをして、自分のこめかみに銃口を突きつけていた。手は震え、その振動で引き金を引けるぐらい。


「やめろ――――やめてくれ!」


 とっさに足が動いていた。いや、足は動いたが絡まってすっころんで、そのまま這って縋りつくようにして近づいて、月見里の銃を掴んだ。しかし、彼女から銃を奪い取って、どうする。どうでもいい。


「やめてくれ、やめてくれ」


 ただただ、銃のスライドを握り締めて、そういった。耳が熱すぎて自分の声が水に浸かっているように聞こえた。自分でも何を言っているか分からない。ただただ、自分は懇願している。

  

 月見里が死を選ぶかどうかなんて、彼女の勝手だ。これから先どうしようもないのだから。俺さえどうしていいかよくわかってない。それでも、銃を握る手は強くなっていった。震えているのはどちらの手だろうか。


 月見里は抵抗するわけでもなく、何も言ってこなかった。ただただ、すすり泣く声があった。それがどちらかなんて言うまでもなく、それもおさまりがつかなくなって濁流のような涙になった。


 お互い泣くこともあまりなく、泣き方も分からずみっともない涙声が暫く垂れ流された。



 

 ※ ※ ※




 カピカピになった枕の上で目が覚めた朝。


 何も決まることもなかった。結局、泣いて疲れ切って、眠気もあってお互い示す合うこともないまま、銃越しにお互いの手を掴んだまま、光をとびきり明るくして家へと戻ったのを覚えている。

 そして、いつもと同じく萎びたベッドに潜り、カラカラになった顔を枕に埋めて眠りにつき、どうやら朝がきた。


 いつものように身支度をして、家を出る。いつもと変わっているところと言えば、中にある全ての食料と、ぬいぐるみ一つをぎゅうぎゅうに詰め込んだことだろうか。


 そのまま遊園地から出た。道中はやはり静かで、エグみさえあった煙の臭いはもう微かなものになって、人影さえない。明るくなってようやく空っぽなのだと自覚した。門番の老人の影を空目して、門を出て、ぴっちりと再び門を閉じた。意外なほど、音が立たなかった。

 

 

 また長い階段を下りて、途中神社で手を合わせて、下って下り終わりった麓で矢小間山という看板を見る。そして、相も変わらず年季の入りすぎたバイクがこちらの帰りを待つかのようにたたずんでいる。

 ただいまの代わりに、側車に食料と燃料を置いて、溢れた分はロープで外側に巻き付けておいた。重みで僅かながらに車体が傾く。これが三か月分の重み。

 

 それを2人で眺めた。階段を椅子代わりにして座り込み、すぐ隣にやはり月見里がいる。


 天井を見てから山を見上げたここまでで、俺と月見里は一言も発さなかった。昨日の喧嘩に情けなさを覚えているのもあるけれど、この先どうしたいいのか全く分からず、どう話しかけたらいいのか分からない。


 ただ、これだけ気まずい雰囲気があっても、自分の胸の中はスッキリしていた。実はもう考えていることはあった。寝起きに考えてぐらいの荒唐無稽で自分勝手な案だが、何もしゃべらず無言のまま不機嫌に固まっているよりかはマシだろう。

 月見里は相変わらず真顔だが、横目で何度もこちらの様子をうかがっていた。


「なあ」


「なに?」


「もし、あてのない旅をするっていっても、着いてくるのか?」


「うん、もちろん」


 即答だった。なるべく明るく軽めに言おうとした自分よりも、軽い口調だった。


「そうか、分かった」


 ならばもう聞くことはない。立ち上がり、勢いそのままバイクへと乗り込んだ。月見里も軽い足取りでバイクへと乗り込み、特撮ものみたいに格好つけてヘルメットを同時装着。この頭に守れるほどのものはない。

 キーを掛けると、調子の乗ったガキのような軽快な音を鳴らす。


「行先はどこか知らないが――」


「いい。必要ない」


「そうか」


 蛇足を終わらせ、こちらはアクセルを引っ張った。独逸製のミシン機のような音をあげて、バイクは坂道を上る。街とは違う反対の方向へと昇る。


 後、もう一つだけ嘘をついていた。遊園地から下る道に、遊園地から上る道もあった。でも、そこから何があるのか何も知らない。

 後は野となれ山となれ、行く先も野か山か。アスファルト道路も削れて土の色が見え隠れしている。がたりがたりと汽車のように車体を揺らした先に、蜘蛛の巣のように覆われたフェンスがある。


 そこにもこの先インフラを保障しませんとかつて赤色をしていた文字が印字されている。錆びだらけでせっかく張り巡らされたものは大きな鹿が入れるぐらいの穴が開いていて、多少ぶつかるところもあったが、薄氷を破るかのように崩れる。あれほど躊躇していたものが、いとも簡単に通れてしまった。


 電車を待っていた時、白線の内側に下がらず電車にクラックションを鳴らされ怒られたことがあった。どうして、そんなことを思い出すのだろう、あの時は気まずかったのに、今はどうしてスッキリしたような気分になるのだろう。

 ガチャンとフェンスにぶつかる音が鎖の音のように聞こえた。


 月見里がポンと背中を叩いてきた。こちらもお返しにペチペチと太ももを叩いてやる。そうして、ジェットコースターのようにまたその後も上へと昇り頂上に着いた頃に、遊園地の観覧車が見えた。ぶら下がらるゴンドラが僅かながらに揺れて、さよならを言われているように思った。


 そして、また下っていく。もう遊園地の形もなく、目の前に別の山脈が伸びている。剝がれかけたアスファルト道路が蛇のようにのたうち回り、さび付いた標識がかつてのどこかを指し示している。


 行先はシャングリラ。もうどこへだっていい。終着点に着くまでどうせ分からない。


 

 

 

 

これで一章完結です。彼と彼女のルーティンが終わりを迎え、見も知らぬ世界へと放り出されたわけですが、どうやらここまで来るまでに半世紀かかったようです。長かったですね。書き続けてきて、「あれ?これパニックじゃなくて、ローファンタジーっぽくね」とか、「ギャグにするはずだったのに、なんかシリアスになってね?」とかいろいろありましたが、ずっと応援していただいてありがとうございました。

評価も感想もブクマも、また最初からここまで見ていただいたのも私にとって大きな励みとなっております。重ねてありがとうございました。

これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いいたします!

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