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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
らすとおぶあす
68/93

閉楽園 


 野暮ったいと思いつつも多少の美麗さをあるように思えた矢小間遊園地。真っ暗闇に塗りつぶれただけでこうも不気味でどうしようもないものに見えてしまうのか。

 

 月見里が門番の老人を呼んで、こちらが門を叩いてもうんともすんとも反応がない。まだ頭が追い付いてないせいで、勢いなく叩いたせいなのかもしれない。月見里が気の抜けたような声で呼んでいるせいなのかもしれない。そう信じたくなるほど殺風景な光景であった。


「開いた」


 そんな言葉が不意に漏れた。門番の老人でなくては開かなかった門が、少し内側の方を押しただけで伸びきったゴムのように開かれた。

 しかし、迷惑がられる声もなく、お経の声もなく、どこが痛いだとかどこそこが動かなくなっただとかそういう在り来たりなものもなく、ただ吸い込まれるような暗闇。ごうごうとトンネルのように言うわけもないのだが、それと同じように何もかもが見えない暗闇が固着している。

 

 それでも手に取るように外観を思い起こせるなじみ深い場所であることは確かなのだが、足先で小突くのも躊躇われるほどの重い雰囲気しか感じ取れなかった。


「月見里。ここで待ってろ」


「え?私も――――ひっ」


 それは月見里も例外ではない。地下鉄で暗闇に浸かりきった彼女だが、一瞬だけこちらの体の隙間から門の中を覗くと、泣き出しそうな表情になってもうそれ以上は動くなと訴えかけているように固まった。

 多分それには自分も含まれているとは思うのだけれども、依頼品を渡さなければならないし報酬も貰いたい。


 何もかもがつかめない自分だが、どうしてか老人はまだ中にいるような気がした。いや、いなければこちらが困る。


「すぐ帰ってくる」


「――――ぇ」


「……多分、電気でも付け忘れたんだろ」

 

 言ってみて自分のジョークのセンスのなさに驚かされる。月見里もどう反応していいか困惑の表情で、俺も居心地の悪さに苦笑いで返した。


「すぐ戻ってくる。だから、ここで待っててくれ」


 ひとまず念を押して、中へと踏み込んだ。なるべく音を出さぬようにゆっくりと門を閉める。最後の抵抗と僅かばかりに生じた門の隙間からオレンジ色の線が浮き出ているのが見えて、そこから僅かばかりの安寧を吸った。


 こちらはライトを取り出して、出来るだけ慣れた道を辿ることにした。枯れた噴水の縁にズボンを擦り、お経の声があった方へと手繰っていくが、やはり声はない。

 白髪ばかりだった通りさえも、毛髪一本さえ見当たらなかった。誰かの名前を呼んでみたかったが、言葉に詰まる。一体、誰の名前を呼べばいい。


「――――っ。なんだこの臭い」


 歩いてみて、やっと門番の老人を呼ぼうと思いついたときに、強烈な煙の臭いに襲われて鼻をしかめる。それで、自分がお経の声が垂れ流されていた場所にいることに気付いた。


 でも、その匂いは線香の白い匂いとは似ても似つかない。ただただ何かを燃えつくしているような重苦しい臭い。硝煙とは違う黒々しい臭いが鼻と喉を焼いてくる。

 

「誰かいるか?」


 手で濾して出た声は小さかったが無音の中でよく響いた。それでも、返ってくるものはなかった。


 もう全くこちらを訝しむ声も、陰口も無かった。不安になって、髪の毛一本でも逃すまいと周囲を探してみるが、動くものは何も見つからない。

 訝しむ視線で覗かれていたあの葬儀の場所もぴっちりと閉じられている。開いてみるかと一瞬思ったが、近づく度臭いが濃くなって近づけられそうになかった。

 

 煙から逃げるようにそのまま歩くスピードも速くなり小走りと呼ばれるものになって、観覧車へとたどり着くとようやく煙が消える。

 

 そして、安堵感を覚えた。管理側の建物の一つ、真っ暗闇の中に小さくはない光が漏れていた。


 ようやく、合点がいった。それもそうだ、こんな死んだような真っ暗闇の中で叫んでいても反応があるはずないだろう。


 光がともっていた場所は依頼をしてきたあの老紳士の家だった。まさしく灯台のように光っていて、なりふり構わず走って無人の通りを突っ切てしまうと、すぐにあの洋装の要塞のような彼の家が見えた。近づいてみてどこからどう見ても、温かな光が充満していた。


「――――」


 恐る恐るドアを叩く。小気味のいい音が鳴り、しばらくして笑みを浮かべた老紳士が出迎えてきた。


「やあ、毒虫さんだったか。おかえり。もう仕事は終わったのかな?」


「……ええ、そうです。終わりました」

 

 こちらは月見里から貰っていた本を荷物から取り出して差し出すと、老紳士はそれを両手でゆっくりと掴み抱き寄せるようにして自分の胸元に置いた。

 安心しきった表情をしているのを見て幾ばくかの達成感を覚えるが、自分はどうしても今の遊園地の状況の方が気になって仕方がない。


「東台さんと月見里ちゃんはいないみたいだね」


 しかし、どう聞いていいのか思いつかない。老紳士に東台のことを聞かれてドキリとしたが、嘘をつくのは違うと思う。


「月見里は外で待たせてます。東台は――もう帰ってきません」


「……そうか」


 言っていて口の中が乾いた。きっと、俺のせいで死んだと思ったことだろう。しかし、老紳士は達観したような表情でうんうんと納得しているようだった。


「あの……」


「ちょっと付いてきてくれるかな?」


 老紳士はにこやか顔でそういった。呆気に取られたが、老紳士は玄関から大きな懐中電灯を取り出すと穏やかな笑みで本を抱いたまま、魚のように口を開けたままのこちらを通り過ぎてどこかに行こうとしている。

 こちらは慌ててついて行った。あくまでも依頼人だ。最後まで依頼を果たしてから全部聞けばいい。


 老紳士は何か語ることもなくゆったりと歩を進め、どれくらいの距離間で付いていけばいいのかと距離感に迷ってしまう。綺麗な建物群もあっという間に小さくなり、舗装された道も靴にべったりと土がつく狭い道になり、行きついた先はどこともつかない丘。

 

 老紳士は踏み固められていなさそうな地面をひょうひょうと歩き、それに付いて行ってそれほど長くない坂を上がった後、雑草の中に四角に切り取られたようなところがあって、近づいていくと墓場らしきものがあった。


 垂直に刺さった木の板が一本刺さっていて、その傍にクマのぬいぐるみがしな垂れかかっている。それだけしかなかったが、老紳士が愛おしくそうに見つめていて墓場であることに気付いたのである。

 

 彼は空いている方に抱いていた本を供えた。


「私の孫娘の墓だ」


 そう言って、墓の隣に地面に座り込んだ。あまり上品と呼べるものでもなく、今から酒でも飲むのかと思うぐらい開けっ広げな座り方をしている。それを証明するかのように頬がそれっぽく赤みが買っていたが、力のない笑みを浮かべていた。


「しょう――この子の両親は交通事故で死んでしまってね。父方の方はもう皆死んでいたから、僕が引き取ってね。まあ、大変だったよ。僕ももう定年に足をかけてた警察官で、孫はまだ自分の親が死んだかどうか分からない小さな子供だったからね。しばらくはママはどこに行ったのかと泣いて、僕が何かしようとする度ママの方が上手いなんて文句を言ってくるもんだ」


 そういって彼は後頭部を掻いていた。文句を言っているのに、どことなく嬉しそうにしている彼にどこか既視感を覚えた。

 だが、墓を見下ろしなおすと表情はまた寂しそうに暗くなった。


「だからなのかな、僕はよく怒ってしまったんだよ。必要以上に。なんでだったのだろうね。妻も病気で亡くなったばかりで、自分がどれほど仕事にかまけてばかりよく分かったよ。ああ、その通りだ。娘も妻も僕より家事が上手かった。だから、僕は自分に対して怒ってたのだろう。あまりいい人間ではなかった」


 彼はどうして申し訳なさそうに言う。

 

「それでも、僕は家事のコツを掴んだ。孫も僕の料理に慣れてしまった。時間というのは本当に残酷なものだ。だからこそ、僕たちは仲良くなれたのかもしれない。ただ、親子じゃなく友達みたいなものだったよ。僕が仕事に出てしまっているときに、洗濯物とか食器洗いとか代わりに家事をしてくれることもあってね。見様見真似に料理をしてくれていた時もあった。その時は流石に怒ってしまって、仲直りで一緒に料理をさせることになってしまったがね」


 彼は枯れ木のように笑う。一時して笑いを終えると彼はポケットから銃を取り出したのでぎょっとしたが、懐かしそうにそれを撫でるのみであった。くすんだそれはきっと警察官の証なのだろう。


「警察官で日夜秩序を正してきたが、家の秩序を正せるほど甲斐性はなかった。休日がバラバラだったから、孫娘には寂しい思いをさせてしまったよ。彼女をほかの皆より大人にふるまうのが辛かった。だから、私たちは休日が合ったときにどこか遊びに行くことにしたんだ。安っぽい罪滅ぼしに思えるだろうね。不幸中の幸いか、ちょうど孫娘の誕生日が近いときに休みが合うときもあってね、そういう時は遊園地に行って、最後観覧車に乗るときにプレゼントは何がいいかと聞くんだよ。それで、この絵本が欲しいって言ったんだ」


 そういって、老紳士は墓の隣に供えた本を撫でた。だが、笑み一つ彼からは見えてはこなかった。


「それがあの日の前だった。君は町の人たちが『あれ』になった日のことをまだ覚えているかな?」


「……いや」


「……そうか。あの日は急に呼び出されてね。非番だったから、書置きだけ残して急いで制服を着て持ち場についたら、いきなりバリケードを組まされることになってね。街の中央で警察官勢ぞろいで折り畳みの壁を並べて車が何百何千何万通る道をせき止めたんだ。自分でも一体なんでこんなことをしているのか全く分からなかった。でも、自衛隊のヘリがいくつも頭上をかすめていって、発砲許可をもらった時には、ああもう本当に大変なことになったのだと思ったよ。家にいる孫娘が心配でたまらなかった


 その後、軍隊が行った方から爆発や銃撃の音が沢山あって、周りの空気が固くなった気がした。いや、決して恐怖ではない。機動隊の人たちが誇るように盾を構えて、いつでも出迎えられるようにしていたんだ。自分たちよりも数倍の暴徒を押しのける人たちだ。それを見て、皆気を引き締めた」


 そう話す彼はその頃を逡巡するかのように、ぴしりとした顔を張り付けていた。ならば、震える足は武者震いなのか。そう捉えるにはあまりにも弱弱しい。

 

「最後の爆発音が終わった後、すぐに何か別の音が聞こえてきた。バキバキって何かが折れる音が其処彼処に。まるで街の骨が折れてるなんて訳の分からないことが思いつくぐらいに轟音が聞こえた。そしたら、急に目の前に黒い靄みたいなのが見えて、それが近づいてきたと思ったら視界の端から端まで人の手や足や、口や、何か、人の部位を寄せ集めた何かが雪崩のように降りかかってきた。ああ、それが人の形をしたものが何重に折り重なったものだと気づいたときには、機動隊の人は文字通り飲み込まれた。同僚の人も皆飲まれた。食いちぎられたんだよ。屈強な人たちが赤子のように泣いて、身体をひもを解くみたいにバラバラにされていた。もう目の前が真っ暗になった」


 彼はまた深く息を吸った。顔だけは見られぬようこちらの見えない死角へと追いやって、それでも怯え切った声はもう隠しようがなかった。


「気づいたら、僕は逃げていた。帽子を落としたのをなりふり構わず、この銃だけをバカのように振って走った。そしたら、僕に助けを求める声がいくつも聞こえてきた。お巡りさん助けてって小さい子供の声さえ聞こえてきた。それでも、僕は逃げたんだよ。耳を塞いでね。そうやって――――そうやって、叫び声と破砕音を振り切って、僕は家にたどり着いた。その頃にはカナちゃんのことしか頭の中になくて、一目散に家の中に入った」


 そこで老紳士は言葉を出す前に、しゃっくりのような嗚咽を一つ漏らした。もうこれ以上感情を押さえつけられないようなそんな嗚咽。

 彼はそれを堪えて一つ深呼吸をすると、また元の調子に戻そうとする。


「カナちゃんはその日誕生日だった。ケーキを準備して、綺麗な一張羅着て待っててくれていたんだ。僕は予約していた絵本を取に行けず仕舞いで、約束も守らず手ぶらで帰ってきてしまった」


 だが、また嗚咽を漏らす。彼が泣いているのを堪えているのを、こちらは見ないふりをして一緒に地面を見つめた。何も入っていない平坦な墓を見つめた。 


 次に彼から出たのは決して理知的な声ではなかった。泣いているのか怒っているのかそれさえ分からない声だった。


「カナちゃんはなっていたんだよ。あの機動隊を飲みこんだ――『あれ』に。人間の構造ではできない姿勢になって、生気が逆さまになったような酷い表情をしていて僕を見るなり襲い掛かってきた、


 気づいたら、僕は撃ってしまった。撃ってしまった……バチンと床にぶっ倒れて、我に返って起こそうと近づいたんだけど――――そしたら、もがくように苦しんだ後に立ち上がって、またあの酷い表情で見てきた」


 そうして、彼はひとしきり泣いた。声を出す余裕もなく、土下座をするように地面へしな垂れかかって静かに泣いていた。自分はどうすればいいのか分からず、そのまま彼を見つめ続けていた。


「だから、僕はまた銃を撃って、逃げたんだよ――――」


 そう言って、彼は決壊した。情けなく何度も何度も銃を地面へと打ち付けて、頭を擦りつけて熊のようにウォンウォンと泣いていた。俺はどうしていいか分からず、見下ろすような形で彼を見ていた。




 一生続くと思っていたが涙も声も枯れてしまえば、泣くことはできない。


 彼はひとしきり泣いてもう出てこなくなった後、銃を支えにして嘘のように静かに立ち上がった。こちらにクシャクシャになった顔を見せつけてその銃をゆっくりとこちらに手渡した。


「毒虫さん。僕をこの銃で殺してほしい」

 

 


 

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