東台発弾丸ツアー
今月短いの連発でごめんやで
遠いところにあると思っていた目的地は、確かにある意味遠くはあるのだが、距離的には僅か2時間程度で到着してしまう程度の小旅行ぐらいにしかならないところにあった。
穏やかな海の波に横たわる村。村というよりは街と呼んだ方がいいだろうか。運転中に見た街並みは酷く綺麗で、まだ感動が胸の中に残っている。流石に真珠のような美しさみたいな月並みな言葉は出てこないけれど、紺色に焼ける屋根瓦が多く並ぶそこに草木が食い荒らしているわけでもなく、ポスターに見る在りし日の光景そのままのように見えた。
どうしてフェンスの外側にこんなものがあるのだろうか、もしかしたら前倒しで封鎖させられたのもかもしれないが、僅か数年で高速道路が倒壊した都市部と比べて状態が雲泥の差である。まるで先ほどまで人がいたようなそんな印象させ覚えさせられる。
その町名と共にようこそと歓迎する看板が出てきて、駐車するのにうってつけな真っ平の広いスペースがあった。その近くの褪せた看板にPの文字があったので、昔も駐車場として使っていたのだろう。
それでも、封鎖されたところに車一台もあるわけもなく、車5台ぐらい止められそうなスペースにバイク一台はいささか寂しさを感じてしまう。
「ここが東台の故郷?」
「……うん」
「ちょっと待っててくれ」
早くあの街並みへと入ってみたいと好奇心は隠せない。正直、長時間座りっぱなしで固まった足を延ばしたいところでもあるが、これだけ状態が良ければ『あれ』がいる可能性だってある。
「耳を塞げ」
銃を真っ青な空に向け放つ。
否、放とうとしたが、手に持った銃の重みに一発程度しかない頼りなさを感じた。
弾倉を外してみるとやはり空っぽ、チャンバーにはやはり一発しか残っていない。
「ねえ、どうしたの?」
「月見里、銃弾持ってたりするか?」
後ろにいる月見里がのぞき込むようにしてこちらの様子を見てくるので、弾倉を見せてそう聞いてみた。しかし、その表情を見ると持っていそうにはなかった。
「あの時撃ち尽くしたので全部だと思う」
「そうか……」
まあ、一発はあるからいいだろう。なにか出てきたとしても、すぐに逃げればいいだろうと弾倉を入れなおしてそのまま空中に向けてみる。
「八雲、ちょっと貸して」
側車から降りたのか、隣に東台が現れる。そして、銃を取られた。
以前、彼女が暴発させたことを思い出して、両腕で顔を隠すがこの程度で銃弾を防げるわけも無い。
月見里みたいにうわぁとバイクの後ろへと隠れた方がいいのだが、そんな頭があったらバイクに座ったまま出来るだけ身を屈もうとするような真似はするはずがないだろう。
当たるも八卦当たらぬも八卦。どうか銃弾が当たりませんようにとバイクのタンクに祈り、月見里はちゃっかりとバイクの下に避難しやがっている。
ちょっとしたお祭り騒ぎになっているが、肝心の銃声が聞こえてこない。恐る恐る頭を上げてみると、銃弾を込めながら苦笑いを浮かべている東台がそこにいて呆気に取られた。
「そんなに身構えなくても……」
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。最近安全装置を覚えたから」
「うわあ、絶対暴発させるやつだ」
「大丈夫だって、唯ちゃん。ほら、安全装置もちゃんとONにしてるし、マガジンとか外してるでしょ?」
「ほんとだ」
東台に取り外したマガジンを見せられて念押しされても、やはり月見里はバイクの下に隠れている方が好きらしい。俺も当然、このままバイクにキスでもしておきたい気分だ。
しかし、暴発する音は聞こえてくることはなく、そのままカチャカチャと手際よく弾倉にリロードする音が聞こえてきて、やがて装填が終わる軽い音になって肩透かしを食らった。
本当にどうやら、東台は銃をマスターしたらしい。
「ね?」
自分の腕前を念押しされてこちらの手もとに返される。掴みにくかったのは腕の震えが残っているせいで、無駄に騒いでいた自分が恥ずかしい。
「弾薬を持ってきてたのか?」
「まあね」
東台はあっけらかんとそういって、そのまま耳を塞いだ。なんて用意の良さなんだろうと感動を覚えたが、自分の手際の方が悪いということなんだろう。いつの間にか月見里もバイクに隠れたまま耳を塞いでいる。
そして、一発撃つ。空気が乾いた。火薬の爆発する音があたりに響く。波の音すら聞こえてこない眠るような静寂さにその音は酷く大きく、木霊さえ聞こえた。きっと、あの街並みの奥底まで届いているだろう。
その音が終わっても、それから後も何か変わることはなかった。木霊も終わり、それでもやはり音は還ってこない。やはり、ここにはもう誰もいないみたいだった。念のため、もう一発撃とうとしたが、東台が耳を塞ぐのを止めて、街の方へと続く階段に足をつけていたのでやめた。
「東台。そんなすぐに行かなくても――」
「月見里。いろいろあるんだろう」
そんな二人のやり取りも無視して、階段を下りていく東台。それを見ているとどうして道中あまり言葉を発さなかった理由が分かったような気がする。
彼女は一刻も早く自分の故郷に戻りたかったのだろう。そうじゃなければ、逸るようにして階段の段に踏みつける暇も無いように急いで階段を降りるようにはしない。
「大丈夫なの?」
「銃声鳴らしても出てこなかったから、大丈夫だろう。最悪、すぐにバイクのところに戻れるにはする」
「そういうことじゃなくて――」
月見里が何かを言いかけると、東台がこっちこっちーと手を振って満面の笑みで呼びかけてくる。
ある程度長い階段を踏み終えると、確かに街の名前と一緒に歓迎の言葉が書かれ、街の玄関口があった。
東台がその看板をじゃじゃーんと両腕に抱えるような仕草をして、
「中鹿村へ、ようこそ!」
確かにそう言ったのだった。
「え?」
「じゃあ、早速!案内しちゃおっか」
月見里の言葉を待たず、東台は旗を持つような仕草をしながらそう言って、街の中へと入場する。自分達では勝手が分からないので仕方がなく、こちらは後をついて言った。
看板を潜り抜け街の中に入っても、こちらの舌はやはりカメレオンのそれから戻らない。
古き良き日本家屋。時代劇みたく漆喰で塗られたような年代物ではないが、粘土色の瓦を被った木造家屋が並んでいる。
しかし、整然と並んでいるわけでもなく、ぐねりぐねりと川のように道が湾曲しているところに、家がはめこまれているような形になっている。少なくとも、ショベルカーみたいなものではなく、軍手をはめた手ではめ込んだような温かみのある並び立てられ方。歴史の授業でしか見たことがないような、そんなものが並び立てられている。
「……っ」
それがどうして、瓦の一つも落ちずに現存しているのだろう。不思議という感情は、困惑に酷く似ていることに気付けるぐらいには、頭が混乱している。こんなところ、都市部にもないはずなのに、外側にはまだこんなものが残っていたのか。
もはや、その理由を東台の口からききたいものだが、あっけらかんとする彼女からそんな言葉を聞くはずも無く、ずっと別の話をしていた。
ツアーガイドみたくここの歴史の話をするわけでもなく、この場所でだれだれと遊んだとか、どちらかといえば何のことだろうと分からなくなるぐらいのプライベートな話がずっと続いている。
「あっ、そうだ。ここって結構建物の間とかに隙間が多くてね、皆で追いかけっこするとき、足の遅い子とかこういうところ使ってもいいルールがあってさ。私もそんなにかけっこ得意じゃない方だったから、こういう近道をたくさん使って、かけっこ自慢のミチルくんを捕まえたりしてたなあ」
いやあ、ハラハラだったなあと感慨深げに言っているが、ミチルくんって誰だろうか。そもそも、カナちゃんとか、タナカくんとか、先ほどから当たり前のように出てくる人について何か聞いた方がいいのだろうか。
そんな風に思うが、体中の汚れが取れたようなすっきりとした顔で矢継ぎ早に思い出話を話されると、そんな隙間も無さそうである。
月見里もこちらも、白昼夢を見るかのように茫然とした表情をしているのだと思う。
「あっ、ここ……ここの駄菓子屋さんでよく買い食いしたなあ。学校帰りとかにさ、うめえ棒とかの定番のお菓子とか甘納豆とかちょっと冒険したものを買ったりして、皆で交換したりしてさ……それでね、それでね、ここさ、クジ引きがあって、一等賞がお菓子の詰め合わせだったから、素寒貧になったときにお金出し合って運試ししてたんだよね。普通にお菓子を買えばいいのにさ。でも、一等賞が何回か当たったことがあってね。それを皆で分けて食べたの。すごく美味しかったなあ」
「…………」
まだまだ、東台のツアーは続く。彼女の思い出話が名前しか知らない彼らを肉付けしていくが、やはりそれでも全貌はつかめずますます混乱してしまう。口に出す暇も無く、東台はまた別の場所へと案内した。
正直、口を挟んでしまいたかったが、カラッとした笑顔を浮かべ一つ一つ丁寧に話をしていく東台になんて言葉をかけていいか分からず自分は口をパクパクとすることしか出来なかった。
また、彼女が指を指す。
「ここ、すごい広い空き地でしょ?放課後になると皆ここで集まってさ。いろんなことしたなあ。流石に野球とかは出来なかったけど、キャッチボールとかし、バトミントンとか、とにかくたくさん遊んで……。それでさ、それに飽きちゃったらみんなで冒険団とかって言って、河川敷とかよく知らない公園とか行ったりしてさ。あっ、そういえば、河川敷行ったときに、ケンちゃんたちが騒いでたことがあって、何だろって思ったら女の子が裸になってる漫画をフンフン言って見ててさ、私がのぞき込んだらびっくりした顔をして慌てて川に投げ捨てようとしたんだけどね。勢い良すぎて私の足下に来ちゃってさ、なんだかおもしろくなっちゃって、それを旗代わりにして歩き回ったんだよね。あの時のケンちゃんの真っ赤かな顔面白くてさ。途中、手もとがくるっちゃって、川に投げ込んじゃって、それもおかしくて皆笑ってさ――」
東台は少なくとも幸せな子供時代を過ごしていたらしい。猥雑な本でさえ、彼女はいい思い出にしてしまえるのだから。東台のツアーは続く。こちらからでは、彼女の後頭部しか見えない。
「それでさ、皆で集まった時に街の端っこってどこにあるんだろうって、疑問に思ってさ。それなら確かめに行こうって、冒険に行ったことがあってね。初めはね、知らない街並みとかがたくさん出てきてすっごく楽しかったんだけど、進んでも進んでも全然終わりが分からなくて、道も全然分からなくなってさ。辺りも暗くなっちゃって、必死で帰り道を探したんだよね。足下も見えなくなってるのに、涙でぼやけて全然見えなくなっちゃって、それもそれで楽しかったのかな?」
東台はその道を辿るように、止まることも無く道を進んでいく。こちらはただただ追いかけることしかできなかった。
そして、立ち止まった。確かに目の前は行き止まりである。
「それで、ここが終着地点。ここに標識があるでしょ?山間の何にもないところだったけど、ここに私たちの家があるところが載ってて、そっちの矢印にずっと進んでいったんだよね。そしたらさ、ちゃんといつもの街並みが見えてきて、すっごい嬉しくて泣いたんだけど。私たちがいなくなったことですっごい騒ぎになってたみたいで、家に帰ったら身がちっちゃくなるくらい怒られて大泣きしちゃって、もう泣きすぎて何もかも疲れちゃって、布団に入ったらもうバカみたいに寝ちゃって――いちばん、楽しかったな……」
言い止まる。こちらと月見里はあんぐりと口を開けたままだった
目の前は海だった。
ずっと、違っていた。紹介された駄菓子屋や広い空き地も、ただの家屋とか、公園とかで全く違うものだけが面前にあった。村の名前でさえも。
それをどうして何食わぬ顔で喋っているのだ。こうして終わった後も、微妙な表情で固まるしかなかった。
こちらから触れてはいけない気がして、こうして口を開けているのは東台の少なくとも現実的な言葉をくれるのを待っているからだと我ながらに思えた。
それでも、東台は次の言葉を発することはない。
「なあ」
東台はパンと手を鳴らす。
「はい、これでツアーは終わり!後は自由行動ね」