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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
らすとおぶあす
62/93

机吊っといて?


「ふぅ、とったとったあ。大漁。大漁!」


 そうして、ほくほく顔で3人帰路についた。抱え持った桶には底が見え隠れするくらいの大量の大小様々な魚がビチビチと跳ねている。 

 

「一番取ったのは私だよね」


 そういって、胸を張るのは月見里。


「でも、一番大きな魚を獲ったのは私だもんね」


 月見里と負けず劣らず胸を張る東台。どちらが大きいか言うまでもない。2人とも負けず劣らず競争心をバチバチに燃やしている最中であった。


「量が一番でしょ?」


「大きさが一番!」


 そうして、今は熱い目線を合わせて戦っている。引火しないのが不思議でならない。


「ふん、量取れなかった人が何言ってるの?」


「ふふん、このサイズ取れなかった人が言うセリフじゃないよね」


「ねえ、八雲はどう思う?」「ねえ、どう思う?」


「あっ――」


 そうして、こちらにも火花が飛んだが、すぐ気まずそうな顔になった。一方、こちらの成果はどうだろうか。

 

「やっぱり、大きさとか量とか関係ないよね。根性とか、そういうのが大事だから!」


「うん、獲っただけでもめっけもの」


 彼女たちの言葉を聞いて一目瞭然である。


 小魚一匹。嘲笑うように桶の中で自分の獲った魚が小さくはねた。2人が捕まえた魚のサイズとの差は、彼女たちの苦笑いと必死の気遣いでひしひしと感じさせられてしまう。


「あっ、でもさ、これだけ小さな魚を手づかみで捕まえられたって結構すごい――」


 東台の性格上、嫌味を言うようなタイプではないと思うのだが、言葉を詰まらせられるといろいろと心に刺さってしまう。月見里も、月見里で無理にフォローしてくるのをやめてほしい。


「東台」


「ん、っん!何かな!?」


「うまいの、作ってくれ」


 それに、こちらとしては一匹獲れただけでも不思議と満足している。2人が獲ってきたものを比べると申し訳なさはあるが、何も取れなかった方がマシだろう。


 こちらの言葉を聞いて東台はキョトンとした顔をしたが、こちらの顔を見ると自信満々に胸を張った。


「――ふふーん、任せてよ。八雲のやつも、美味しいのにしてあげるから」


 そう言い切られてしまえば、ついで腕をまくった東台も一流のシェフのように見える。いつも美味しい料理を作ってくれるので不安になることはあまりないが。


「ありがとう。俺の方も風呂の準備をするよ」


「うわ、楽しみ」


 一体何を作るのだろうと頭と腹で楽しみつつ、空を見上げれば夕方にそろそろ近づきそうな状態となっている。こちらも彼女たちの期待を裏切らないように、2人の作業が終わるまでには風呂の準備をしてしまおう。

 東台の言葉に混じって喜色の声をあげた月見里の御眼鏡に適うぐらいの出来栄えにはしておきたい。


 東台も月見里も風呂が好きなんだなと考えながら、棚田だったものと言われた地形を眺めつつ歩いていけば愛しの我が家である。

 月見里は洗濯物を取り込んでくると浮足立って物干し台のところに向かい、東台も嬉しそうに張り切って料理を作らないとねと言って台所へと向かった。

 こちらもさっさと風呂の準備をしたいけれど、桶を持っているのが自分なのでそのまま東台の後ろへとついていく。


「ここまででいいよ。ありがと、八雲」


「分かった。机に置いておくな」


「りょーかい」


 そういえば、調理器具ある場所知っているのかと心配なったが、シンクの開き戸のところから包丁やらまな板を出して洗い始めたので大丈夫だろう。

 そういえば、朝の時に俺よりも勝手が分かっていたようなので、心配されるべきは俺の方だ。


 それにしても、包丁で何をするのだろうか。魚を切るのだと思うが、それで何をするか想像がつかない。そこから、なんか焼いたりとか、なんかお湯につけたりするのだろうか。


「なあ、何作るんだ?」


「それは企業ヒミツ!楽しみに待ってて」


 興味本位で聞いてみるが、人差し指で口を閉ざしていたずらっぽく笑われると聞けるのも聞けない。そういわれると余計に気になるが、こういう時は楽しみに待ってた方がいいスパイスになるのだろう。どうせ、見ていても何を作っているのか分からない。


「分かった。俺は風呂の準備をしてくるよ」


「その風呂って言ってるけど、どんな感じのお風呂なの?」


「それは俺もヒミツにしておく」


「もおー、マネした」


「悪いな、準備が終わったら何か手伝う」


「ありがと。後で食器の用意とか、机を吊るのお願いしちゃうかも」


「分かった」


 どうせ、後で見るのだ。見て分かるかどうかはともかく。楽しみに待っておこうと東台の声をBGMにしながら、風呂の用意へと向かった。


 そうはいっても、風呂場は台所の反対側にあるのでそんなに遠くはない。まずは風呂釜に水を入れなくてはと井戸に向かった。


 縁側を通っていくと、月見里は既に洗濯物を取り込んで部屋の中で一個づつ畳んでいる最中だったようだ。相変わらず、仕事が早い。


「ああ……」


「ん」


 挨拶しつつ、彼女のライン作業みたいな手捌きを見ながらも、東台のカラフルなやつを見つけてしまったので外の方へと視界を逃がして、そのまま井戸に直行。

 到着した後に、ようやく水を組むための桶が無いことに気付くが、既に井戸の脇に置かれていた。きっと、月見里が用意してくれたのだろう。どうりでこちらを見て得意げな顔をしていたわけである。


 月見里の気配りを噛みしめつつ、水をくみ上げてそのまま風呂場へと向かう。縁側に上がるのが面倒なので外と境目が分からない庭を経由して風呂場の裏口から入って風呂釜に水を流し込む。


 両手で抱えないといけないぐらいのサイズなのだが、それでも底に薄い膜を張る程度にしか満たせない。

 数人入れるような風呂釜が両手で抱えられる程度の桶の水で満たせられると考える方がダメなのだろう。

 その風呂釜上部に取っつけられている蛇口が恨めしい。これをやるたびに使えればいいかと蛇口を回したことが何度あったか、残念ながら水が出てくるほどの文明は生きていない。


 風呂釜のデザイン自体、美術館で見るような古めかしい茶碗をそのまま大きくしたような無骨で洗練されたようなもので見ていて落ち着くのだが、やはり辟易する。

 厚ぼったい灰色でシックではあるのだけれど、少しでも暗くなれば水嵩が見えなくなって、変に水を入れてしまったり、入れなかったりして本当調整に困る。

 できればもっとプラスチック的な明るいデザインにならなかったのだろうか。

 

 自分が葛藤しているものがすべて蛇口一つで解決するということにまたウンザリとした気分にさせられてしまう。

 仕方がない。他のインテリアも見る限りここを作った住人のセンスは良いと思う、見ていて落ち着くのも事実でもある。それに、黙々と作業するのは好きな方だ。黙って、手と足を動かしてしまえ。


 そうして、何度も何度も井戸と風呂場を行き交った。重たいものを持って移動しているが毎度毎度同じことをやっているので水の重みも馴染んではいる。

 それに黙々と同じ作業をしていると落ち着く、月見里もそういう自分の性質を知っているからか通るたび目を合わせるぐらいで自分の作業に集中している。これぞ分業体制というものだろう。

 しかし、その度に期待に満ちた視線を浴びせてくるので、さっさと作業を終わらせておきたい。

 

 なるべく水をなみなみと注ぎ、庭に小さな湿地が出来るくらいに往復した後にようやく月見里が肩まで浸かれるぐらいの量になった。


「あとは沸かすだけか」


 沸かすといっても、人力で水を注いでいたものがボタン一つで沸かせるのではなく、不幸中の幸いか、ボイラーに薪をつっこんで火をつけてなんやかんや火加減を調整するというアナログチックな方法で沸かせられる。


「薪ぐらいは作っておくか」


 薪はいくらあってもいい。とりあえず、暗くなってしまう前に作っておいた方がいいだろうとさっそく薪を割りに行く。

 絵本とかで山に木に切りに行くみたいな話があったが、今どきは風呂場の裏手にあるボイラーのすぐ隣に丸太で置かれている。きっと、この住民だった人が作っていたのだろう。

 

「これだけしかなかったか」


 付属でついてきた手斧で薪に加工していたわけだが、ゴロゴロと転がってたはずの丸太がもう数本ぐらいしかない。

 そういえば、前もそろそろ無くなるなあと考えていた気がするが、そんなこともすっかり忘れてしまっていたらしい。

 

 段差の地形を跨いだ森か山の方に行けば薪になりそうなものがあるが、そこに行けるほど日は昇っていない。少なくとも、薪を準備してしまえばもう日が落ちるぐらいの時間だ。


「まあ、いいか。さっさと作ろう」


 そんな風に独り言ちて、こちらは丸太を引き抜いて、そのまま割って薪にする。二回ぐらいは使えそうなぐらいは残っている。また次の時に適当な木を切って、薪を作ればいいだろう。



「やっと終わった」


 そうして、ついでについでにと二日分の薪も作っていると、手と足が輪郭が多少ぼやけるぐらいの空模様に落ち着いていた。

 何事もほどほどが一番である。いい時間つぶしにはなっただろう。火をつけるのは後でいいかと、薪だけをボイラーに突っ込んでいると、どうしてか煙の臭いがした。


 間違えて火をつけてたかと焦って薪を探ってみるが、火の気配は一つもない。じゃあ、どこから臭ってくるのだとボイラーに頭を突っ込んでみると、灰が上から降ってきてクシャミをしてしまい、そのままガツンと後頭部に衝撃を受けた。


「クソッ……ああ」


 急いで引き抜いて、絶妙な痛みに声も出せずウンウンうなって地面をのたうち回るハメになった。頭に衣服を巻き付けているせいか、痛みはすぐ治まると自分は一体何をしているのだろうと胸が痛くなる。

 

 そうして、冷静になったところで起き上がると、その煙が風呂場より奥から臭ってきているらしいことに気付いた。

 一体どこから臭ってくるのだと辿ってみると台所が見えてきて、入ってみると東台が黒い煙に包まれていた。


「東台!」


「ゲホゲホゲッホ。八雲!もう終わったの?」


「ああ、まあな。大丈夫なのか?」


 黒い煙に覆われた彼女をのぞき込んでみると、バケツの口に金網を張り付けたようなものから黒い煙が立ち上っており、どうしてか金網の上に魚が乗っている。


「水とかなんか持ってきた方がいいか?」


「大丈夫!別に火事にはなってないから」


「そうなのか」


「うん、これも料理のうちの一つだから」


「料理……?」


 そういえば、焼くとか煮る以外に、燻すという調理方法も本で読んだことがある。これが燻製というものなのだろうか。

 その中心にいる東台はなんとも苦しそうに咳き込みながら、煙を団扇で仰いでいる。


「本当に大丈夫なのか_」


「大丈夫。大丈夫。昔はたまによくやってたし。えほっ、ゲホ」


「そうか――それで、なにやってるんだ?」


「ん?七輪で魚焼いてるの」


「七輪ってなんだ?」


「知らない?昔のコンロみたいなやつで、この中に炭を入れて火を起こしてあげると、じゃじゃーん金網の載っているやつを燻ることが出来まーすって感じのやつ」


「一応、携帯コンロならあるぞ」


「ううん、それもいいけどね。お魚って七輪で焼いた方が美味かったりするんだよ。こう、炭火でじっくり焼いてあげると味とかにも深みが出たりするんだよねえ」


 そういいながら、涎を垂らす東台。確かに、魚も薄っすらとオレンジ色に焼けていてなんだか美味しそうに見える。

 もっと近くで眺めてみたかったが煙のニオイがきつくて咳き込んでしまい、とても近づけそうになかった。


「それにしても、炭なんてよくあったな。そんなのどこにあったんだ?」


「炭は持ってきたやつだよ」


「え?東台が持ってきたのか」


「うん、まあね」 


 天然の獣よけにもなりそうなエグい匂いだが、推定経験者の東台が持ってきたものなら大丈夫なのだろう。

 そうは思っても、肺まで燻製にしてしまうほどの煙を立ち昇っている光景を見ていると、本当に大丈夫なのだろうかとやっぱり不安になる。

 正直、水か何かで火を消した方がいいかもしれないと思ったが、東台が当たり前のような顔をしているので本当に大丈夫なのだと思いたい。

 

 しかし、喋っている間に何度も咳をしているのを見ると、このまま放っておくのも何だか気が引けた。


「何か手伝えることはあるか?」


「うーん、げっほげっほ。じゃあ、食器の用意と、机吊っとくのおねがーい」


「分かった」


 東台がありがとと言おうとして咳き込んでしまう。そんな彼女に手を小さくあげて、その場を去った。


 確かお皿は部屋の隅にペーパータオルを敷いて置いてたはずである、それを机に。それにしても、最初から最後まで苦しそうにしていた、それだけ価値があるものなのだろう。

 

 そういえば、生みの苦しみという言葉というのがあったはずだ。料理も生むものだと思うので、苦しむようなこともきっと不思議ではない。

 今もなお、難産級の苦しみを味わっている東台には、頭を上げる余地はなさそうだ。


 とにかく、いろいろと苦しそうにしている彼女の手伝いが出来るようで何よりである。


「皿の準備の前に、まずは机――」 


 彼女に頼まれたことを逡巡して、立ち止まった。



「机を吊るってなんだ?」

 

 そういえば、机を吊ると言われなかっただろうか。その吊るものであるそれを見てみるが、東台が4人乗れるぐらいのサイズである。おそらく、東台一人程度では到底吊れないぐらいのサイズである。


 一体何の意味があるのだろうかと、空を見る。バカにするほどの赤い夕陽で、物干し台には垂れるほどの影が伸びていた。

 

「そうか、そういうことか――!」


 人間は思わぬときにピースがはめられるものである。自分の場合は物干し台だった。衣服を外干しすることによって、こびりついた菌とか虫とかを綺麗さっぱり無くなるのだそうだ。


 ならば、服以外のものを干しても同じ効果が得られるはず。よくよく考えてみれば、机によくソースだとか食いカスを溢してしまうこともあるので、菌の温床になっている可能性もある。


 医者一人いない今、食中毒一つ起こしただけでも危険な状態になってしまう。生ものを扱うのだから、猶更だ。


 それを見越して、東台はそんなことを言ったのだろうか。ならば、もっと早く聞いていればよかったと後悔してしまう。

 だが、しかし、これをどうやって干してしまえばいいのだ。寝転んでみて自分一人では到底吊れないサイズである。

 

 口ぶり的に、実際に東台はこれを吊っていたのだ。ちょっとやり方を聞いてきた方がいいかもしれない。そう思い東台の元に行こうとしてみるが、煙に悶絶している彼女を脳裏に浮かんできて、聞きに行けるような空気ではないような気がしてきた。


「何か考え事?」 

 

 図らずとも、苦悩で悶えていると、いつの間にか月見里が背中にいた。これが苦しいときの神頼みというのだろうか。


「ああ、まあな、結構な難題を抱えている」


「ふぅーん――手伝おうか?」


「いいのか?」


「うん、なんで?」


「そうか、助かる。じゃあ、机を吊ってくれないか?」


  月見里は若干強気な表情でいたが、机を干すのところで神妙な顔でこちらを見てきた。否、それを通り越して唖然とした顔をしていた。


 少々突飛な考えかと思われているかもしれないが、月見里は頭のいい子だ。もしかしたら、解決策を見出してくれるかもしれない。


「なんで?」


「東台に頼まれたんだ。机を干したら細菌とかが、こう――太陽光とかが殺してくれるんだろ」


「それなら、普通にアルコ――」


 月見里に頭を下げた。


「頼む。もう時間がないんだ。お前しか頼れない」


 有無を言わさない自分が情けないが、腹には代えられない。


「わかった」


 月見里がいろいろと考え込むそぶりを見せていることが後頭部越しに伝わってきたが、頭を下げると上から淡々とそんな言葉が降ってきた。


「いいのか」


「うん、やろ」


 そういうと、月見里は間髪おかずに机を掴む。そのキリっと覚悟を決めた顔がとてつもなく頼もしく見えた。


「それで、どうやって吊るの?」


「まだ考えられてない」


 正直、こうやって机を前にしても、全く吊るビジョンが思いつかない。しかし、月見里はこちらに何か不満を言うまでも無く、綺麗な拳を口元に当てて早速とばかりに机と天井を交互に見て推理を始める。その姿、シャー〇クホームズさえ倒せそうだ。


 そうして、名探偵月見里は名案を思いついた。


「机に紐を巻いて、あそこの壁の開いてる小さな襖のところにかけたらいけるかも」


「なるほど」


 月見里がビシりと指さしたところを見てみる。確かに、縁側の方面の壁には謎の小さな襖が取っつけられている。

 何に使うのだろうかとずっと疑問に思っていたが、なるほど机に吊るすようの穴だったのかとようやく合点がいった。

 

「だが、紐か」


 しかし、紐がない。ここの住民は机を吊らなかったのだろうか。確かに、一人だけなら吊るのも一苦労だったのだろう。

 何か使えるものがないかと視線を動かしてみると月見里が畳んでくれた洗濯物を見つけたが、流石にそれは使いたくはない。

 他にないかと視線をふらつかせてると、月見里が既に部屋に備え付けられていた押し入れから何かを引っ張り出そうとしているのを見つけた。

 

 同じく後ろから引っ張ってみると、中からは見慣れた布団ではなく、純白な箱が出てきた。 

 お中元とかいうご立派な名前と金縁の紐で縛られているそれをいともたやすく月見里が開くと、中からは高級そうなタオルがビニールにくるまれていた。

 それも躊躇も無く2人一緒にビリビリと開けてみた。中身を手にしてみると、よく見るような薄いものではなく、毛布みたいな厚みのあるものであった。本当に毛布の切れ端じゃないだろうか。

 

 なぜこんなものがあるかは分からないが、似たような箱がまだいくつもある。


「多分、これ全部を縛って繋げていけば、紐になると思う」


「すごいな、よくこんなの見つけたな」


「似たようなの、見たことあるから」


 なんだか奥に何か詰まっているような口ぶりだが、どこか自慢げである。よく分からないが、誇っていいと思う。


 膳は急げと、次々と箱からタオルを取り出し、昔ながらの伝統工芸のようにタオルとタオルの端を紡いでいく。


 そうすれば、一本の紐のようなものが完成。それを手先が器用な月見里が机にバッテンを作るように結びあげて、ラッピング完了。


「完成。引っ張っていいよ」


「分かっ――た!離れてろ」


 無駄に天井に手をつけられるこちらが小窓みたいなところを開けて紐を潜らせて、縁側へと踊りたち勢いママ引っ張りあげる。

 確かな重みを感じるが持ち上げられないぐらいのものではない。持ち上げられたそれはグラグラと禁忌でも触れたかのようにグラグラと揺れる。


 重みの感覚がぐちゃぐちゃになって力の入れどころが入れ替わり立ち代わり。それでも、足を前へ前へと踏ん張りをつけた。


「もうちょっと――!」


 そうすれば、月見里の感嘆の声と共に、机が頂上へと着きそうになる。


「―――あっ」


 ブチンと嫌な音がして、腕に伝わる重みが急に軽くなった。その重みが足の甲に伝わったのはわずか数秒後のことであった。


「あああっが!」


 そして、悶絶。少し軌道がずれたおかげで掠った程度だが、足の甲が割れたんじゃないかというぐらいの激痛が走る。

 大丈夫。大丈夫。こういうのは、時間が経てばマシになるやつだ。出来れば、一時間ぐらいは蹲っていたい。出来ることなら、そのまま冬眠してみたい。


 足の甲を抑えながらも、背中に映るはずの夕日はジリジリと光が弱くなっていって、目の先には橙色の髪を垂らして心配そうな表情を浮かべた月見里がいる。


「大丈夫?すごい音出てたけど」


「ああ、机から出てないだけマシだ。続きをやろう」


 小指じゃない分、打ちどころはいい方だ。赤くなったそれを見なりふりして、立ち上がる。やはり、痛い。

 それでも、こちらのやせ我慢に気付いたのか、月見里はこちらのことを見ないふりして倒れこんだ机を睨みつけて次の手を考えているようだった。

 

「どうだ?」


「――もっと、紐を補強した方がいいかも」


「わかった、やろう」

 

 そうして、既に紐からタオルになったそれを再び結びなおしていく。確かにちょっと結んだ程度では、あの重みは支えられなかったのだろう。


「さっきはタオルの端に輪を作って結んでたけど、タオルをこうやって縦と横でクロスして重ね合わせていって、重ね合わせてない方を結んで行って数珠つなぎにしていくのはどう?」


「いいな、それ」


 月見里からレクチャーを受けながら、今度はムラが出ないように出来る限り丁寧に紐を結び合わせていく。


 出来たころには、鎖のようなものが出来ていて、引っ張ってみると結構頑丈そうな感触があった。

 

「これで完成だな」


「まだダメ。さっき一つしかなかったせいでそこに力が行き過ぎて千切れちゃってたから、今度は2個作って力を分散させよう」


「お、おお……わかった」


 彼女の言っていることをなんとなくでしか分からないが、それでも何だか今度は失敗しない自信が沸いてくる。


 そして、空の境目が浮かび上がる寸前のところで、それが出来上がると確信へと変わった。


「出来たよ」


「すごいな」

 

 綺麗に出来上がったタオルの鎖を、月見里が机に張り巡らせ、月見里は2本の長い長いロープを両手に持ち。月見里はこれまでになく胸を張る。


 多分、彼女はどんな帽子も頭に入らないだろう。彼女の姿を見て、確信以外の何に変わるというのか。

 

「吊るぞ」


「うん。さっき部屋の中に吊ってたけど、危ないから縁側の方に吊った方がいいかも」


「ああ、言えてるな」


 多少面倒くさいが、先ほどの足の痛みが癒えていないので、恐る恐る机様を縁側へと運んだ。運び終えたら、ロープを小窓みたいなところに通して、なるべく机から遠ざかる。これで準備は万端。


 しかし、引っ張ろうとしたときに、月見里が手を伸ばしてきた。


「一本紐貸して、力よりもバランスが大事だから、私が片方引っ張る」


「おう、分かった。頼む」


 結構引っ張られるから気を付けろよと注意を促しながら、ゆっくりと紐の先端を渡して準備完了。バランスが大事だと言っていたので、自分も目線の高さを合わせていた方がいいかと見ていたが、月見里は若干後ろに下がっていたので織り込み済みだったらしい。


「1,2,3で引っ張るか」


「うん」


「じゃあ、いくぞ」


 3,2,1。数が小さくなっていくごとに、遅くなっていくのが自分の緊張具合を表しているような気がした。


 0と言った瞬間、こちらと月見里は同時に後ろへと引っ張った。2人で引っ張っているためか、心地のいい重みと共に、するすると旗のように悠々と昇っていく。

 そうして、机はまるでそういう役割だったかのように揺れることも無く、天井へと頭をつけた。


 いろいろと準備をしたせいか、達成感よりも解放感を覚えたが、どうしてこういう感情はすぐに現実へとしぼんでしまうのだろうか。


「これ、どうやって固定すればいいんだ?」

 

よくよく考えたら気づくことだ。りんごが木から落ちるのと同じく、机も天井から落ちてくる。どうして、そんな当たり前の問題をここまでした後に気付いたのか。


「任せて」


 しかし、月見里は予測済みだったようである。引いてもだめなら押すということで、なるべくロープを自分のもとへと手繰り寄せると、そのまま近くにある縁側の障子の柱に巻き付ける。


「貸して」


「おう」


 そして、こちらのロープを受け取ると、そのまま柱のそれの上に巻きつける。天井の机が抵抗を見せるが、猛獣をいなすかのようにロープを引っ張ったり押したりして、とにかく俺には分からない卓越した手捌きで2本目のロープを結び終わる。


 そうすれば、天井に鎮座した机がいるではないか。まるで元から天井に顕現していたようにも思えた。少なくとも後光は差している。どうやら、天は俺たちに味方してくれたらしい。


 もう拝んでしまいたいが、こちらも月見里もその場で立ち尽くしているのみだった。この胸にふんわりとつっかかるものが満足感というものなのだろうか。


「やったな」


「うん」


 とりあえずは、喜んでおこう。少なくともこちらと月見里から出た声は清々しいものであった。

 これで机も短いながらの日光浴が出来る。机冥利に尽きるだろう。


「ただいまー。皆、出来たよお――」


「おう、おかえり」


 どうやら、東台が戻ってきたようである。びっくりするほど大きなお皿を両腕に抱えているが、それを見る俺たちよりも驚いた顔をしていた。

 否、それでは形容できないな、豆鉄砲食らったみたいな顔をしているように見えた。


「なんで?机を縁側に吊るしてるの?」


「は?」


 張本人が一体なにを言っているのだ。まるで目の前の東台に頬をつままれたような気分になったが、机は夢から覚めたようにガラガラガッシャンと空中から地面に戻ったのだった。


「悪い。机を吊れなかったみたいだ」


 しかし、どうして東台は不思議そうな顔で見てくるのだろうか。

 

「ううん、別にそれはいいけど……本当にどうしたの?」


 どうして、今度はかわいそうな人を見るような顔で見てくるのだろう。もしかして川の水とか飲んじゃったとか心配そうに聞いてくる。

 もしかして、自分の聞き間違いかと不安になったが、いや、そんなことはない。どう間違えれば机を吊ると勘違いするのだろうか。


 月見里もどうしてか当然という顔をしていた、困惑したいのはこっちの方である。


「いや、東台が机を吊ってくれっていうから」


「あっ……ああ、そっか、そうだったよね」


 そういって苦笑いを浮かべる東台。どうやら、東台も忘れていなかったようでほっとした。

 しかし、今更ながらに残念な顔をされると、ちょっと胸にくるものがある。


「もう一回吊った方がいいか?」


「あっ、ううん。いろいろやってもらった後で言うのは気まずいけど、机を運んでほしいって言ったつもりだったんだよね」


 後頭部をかきながら申し訳なさそうにして謝ってくる。それなら、どうしてそのまま言ってくれなかったのかと聞きたいぐらいだが、彼女を様子を見るに事情が違うような気がした。

 

「実はさ。机を運ぶって、私の地元だと机を吊るっていうんだよね。ごめんね、つい癖で」


「いや、別に。いいんだ。納得した」


 なんだか、奇妙に思えるが、納得したという言葉に嘘はない。そういえば、昔はまん丸形をした餡の菓子が地域によっていろんな呼ばれ方をしたらしいので、多分それの名残だったりするのだろう。

 そういえば、長野だったか、広島だったか、とにかく東の地域の人たちは言葉遣いが変わったりすると本にあったので、きっと昔の人の意思疎通はいろいろと難儀するものだと思う。


 そう考えれば、机を吊るという言葉があっても不思議ではないと本心で思っているが、自分的にはいつの間にか漂っている気まずい空気感を終わらせたいようなそんな思惑があったような気がした。


 しかし、その思惑はうまくいかなかったようで、軽く口を開くのを躊躇うほどの重たさが滞留している。


「――それが獲ってきたやつ?」


 それでも、彼女が両手で抱える香ばしい匂いが消えるわけでもなく。月見里にとっては、特にお気に入りの匂いになってしまったようで、少なくともこんな空気感を気にする余力もない。


「う、うん。そうだよ、唯ちゃん。こんな感じで出来ちゃいました!」

 

 じゃじゃーんと中を見せびらかす東台。黄金色に焼けた魚がそこにいた。川の中で泳いでいた時と様変わりしたが、今の方が美味しそうに見えるのは何故だろうか。無性に頬張りなってしまう。


「だからさ、八雲。とりあえず、机を、えーと、運んでほしいな」


「今すぐ運ぼう。月見里も手伝ってくれ」


「うん」


 縁側の外に落ちっぱなしの机に気付いて、急いで運びなおし、元の部屋へと収まった。結構な音が出ていたが、どこも折れたり欠けたりするところがなかったのでホッとする。

 やっぱり、机は地面にいる方がお似合いだ。


 そうして、その上に大きなお皿が乗っけられるころには何時もの通りの雰囲気に戻って、和気あいあいとした団らんである。


 当然、自分は目の前の香ばしい匂いの漂うそれに夢中になるしかない。こうなったら、もう人間の尊厳も無く、涎を垂らしてご主人様のヨシを待つ犬のようである。しかし、当の東台は荷物の中の箸を探っている最中なので、まだ時間はかかりそうである。


「東台、まだ?」


「あっ、あったあった。唯ちゃん。おまたせおまたせ」


 東台はおどけたようにロボットの真似して、箸置きに箸をおいた。月見里の反応を見るに、あまりお気に召さなかったらしい。

 さあ、もう準備が出来たから、食らいついてしまおうか。そんな風にポーズをとってみたが、月見里は俺のポーズがお気に召したようである。


 そこでどこかで見た上品な咳ばらいをして、理性を取り戻してみる。自分は人間だ。目の前の食事がどんな料理なのかは気になる。


「これ、どんな料理なんだ?」


「うーん、焼き魚料理っていうのかな?塩水に浸して、七輪でじっくりと焼いて完成的なやつ」


「簡単そうに聞こえるな」


 そう言ってはみるが、目の前の魚を見ると余計に難しいもののように見えてしまう。一体どのように火をこねくり回せば黄金色に焼けてしまえるのだろうか。


「うん、結構簡単だよ。塩をまぶしたりしたら難しくなっちゃうけど、塩水だったら八雲も唯ちゃんも出来ちゃうかもね」


 笑みを浮かべて平々凡々に言う東台を見ていると、やはり難しいものだと思った。


「まま、温かい方が美味しいから、食べちゃお」


 待ってましたと食らいつきたいところだが、どうしてか箸が動かなかった。不味いとかネガティブなものなじゃく、どうやって箸を進ませればいいのか分からないそんな感情。


 こういう時なんと言えばよかったのだろうか。月見里もいろいろと箸を泳がせているようだった。


「ん、どうしたの二人とも?」


「ああ、いや、どう向き合えばいいのか分からなくてな」


「プフッ、大丈夫大丈夫。魚はもうこうなったら逃げられないからね」


東台にサイコじみたことを言われると、少しだけビクッと身構えてしまえる。自分がどれだけ魚を食べることに緊張しているのか自覚すると、やはり下らないことだと思える。

、 

「食べるか。月見里」


「う、うん」


 意を決して箸を魚につけた。そうして、また箸が止まった。

 スーパーの棚の片隅にあった期限の切れた牛乳を口にした時も似たようなことがあったが、それとは違い口の中には美味いの感覚しかなかった。否、もう比較してはいけないほど真反対。


 塩水に浸したというが、辛味も無くむしろ甘みさえ覚える。頭の中にありとあらゆる幸福が駆け巡っているようにさえ思った。噛めば噛むほど深くなっていくが、それが一粒一粒溶けていってしまうのがすごくもどかしい。

 追い打ちをかけるように、魚の身は雪のように溶けていった。後に残された骨にしゃぶりついて、魚の風味を味わってみるがどうしてここまでひもじくなる。こういう時に、丁寧に食べる月見里が羨ましくなってくる。

 

「どう美味しい?」


 東台の言葉に返事したいが、まだ口の中は旨味でいっぱいだ。もう飲み込みのも嫌だ。ならば吐けばいいかと思ったが、それは粘土質の食感だけに許された行為である。


「ふぅふぅふぅんふぅん」 


 葛藤の中、月見里のモグモグ言語に助けられる。どうやら、すっごく美味しいと言っているみたいだ。こちらもうんうんと頭を振ってみる。


 東台はご満悦のようである。照れくさそうに鼻を擦っている様は、高いコック帽を被った一流コックさんのように見えた。


「まあ、でも、七輪で焼くのは難しかったなあ。いやあ、炭火で焼くのって難しいよね」


 そういえば、東台が植木鉢みたいなので魚を焼いていたことを思い出した。変わった見た目をしていたが、ここまでのものを作ってくれるとは三種の神器か何かだろうか。


「ング、炭で焼いてたのか?」


「うん?何で焼いてたと思ってたの?」


「いや、適当なものを燃やして煙で焼いてたのかと思ってた」


「あーね。燻製っていうのもあるけど、残念ながら木炭で焼いただけでした」


 そういって、 木と棒で火を起こす仕草をしてくるが、それにどのあたりに炭要素があるのかは未知数極まりない。


「そういえば、遊園地の人たちに頼まれて炭を調達したことあったよね?」


 月見里の言葉を聞いて、そんなことがあったなと思い出した。いろいろ雑多なものを頼まれることは珍しくはないのだが、炭のためだけに炎天下の中ホームセンターと高速道路を往復したことがあれば否が応でも記憶に残る。

 バイクのサイドカーに乗せてグルグルと拠点と炭のところまで往復した時に、月見里が機関車みたいだというオチも付けてくれたのでおそらく一生頭の片隅にこびりつくことだろう。


「ああ、東台が持ってきた炭ってそれのことだったのか」


「ううん、それとは別のやつから。あっちの臭いはあんまり好きじゃなかったし」


 そして、東台が持ってきていた炭にも合点がいったが、それはどうやら違うらしい。確かに、両手に抱えるぐらいの重くて扱いづらいものを普段使いなんてしたくないだろう。


「あんなデカいレンコンみたいなやつ、持ってくるの大変だろうしな」


「……だね」


「それにしても、あんなにたくさん何に使ったんだろうな、月見里」


「さあ、焼き芋とか?」


「一生分作れそうだな」


「絶対いや。そんなの見たくない」


 月見里がうへぇと参ったような顔をする。確かにそれだけ食ったら、乾パンの次に芋が嫌いになりそうだ。

 そんな冗談を言い合っていたが、いつもより熱量が無い気がした。どうしたのかと考えてみると、東台が一言も発してこないことに気付く。彼女は神妙な表情をして箸で魚を突いていた。


「大丈夫か?」


「ん?ごめんごめん、名探偵しちゃってた。多分だけど、最近電気がチカッチカッって、よく切れちゃうし、炭のストーブとかもあったはずだし暖を取るためだったんじゃないかな」


「それなら、秋の時に頼んでくれた方が助かったのに」


「そうかもね。そっちの方があまり迷惑がかからなかったかも」



 また、東台のしんみりした声で、黙りこくって変な雰囲気になった。いや、変な雰囲気になっているのはこちらのみのようである。

 というより、何故俺は炭で焼くという話をして、今まで思い出さなかったのだろう。


「悪い行ってくる」


「八雲、行ってらっしゃーい、どこに?」


「風呂だ。入れるの忘れてた」


「ええー」


 やはり、月見里が残念そうな声をあげる。


「お前が食ってる時間には終わってる。俺の分もモグモグしといてくれ」


「わかった」

 

「じゃあ、私も八雲の分モグモグしとくね」


「ふぅん、ふぅんふぅん!」


 じゃあ、東台の分も丸ごとモグモグすると月見里の返事を背中に、急いで風呂の様子を見に行く。薪はもう突っ込んでたはずなので後は火をつけるだけでいいはずだ。


 そうして、外に出れば辺りは真っ暗闇で、家から漏れ出る光しか残されていなかった。

 

「骨が折れるな」

 




 

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