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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
らすとおぶあす
38/93

文殊の知恵でも物量にはかなわない

 

「ああ、一体どれくらいあるんだ。これ」


コンビニ程度の規模を連想していたのに、天下のショッピングモールにある書店はその範疇に収まっていてはくれない。

 大黒柱を想起させる3本の巨大な円柱で支えられた書店は下手な大型書店、否、下手な劇場よりも大規模であった。


「うん、結構並べるの大変だった。1万とか2万冊ぐらいはあるんじゃない?」


 東台は昔の事を思い出して僅かに眉を歪めて嫌そうな顔を浮かべて見せる。

 所感ではあるが、端にあるはずの壁が見えない辺り、彼女の言う数で埋めきることが出来るのか怪しい。市がやっているような大きな図書館の一つや2つ程度の本でもこの棚全てを埋めきることはできないだろう。


 これほどの規模を見れば興奮の一つをしたいところだが、それだけの数を再び探らなければならないので、決して嬉しくはない。当時の表情の再現劇を3人やる羽目になるだろうが、東台の手もぜひ借りたい。

 いや、そんなことをしなくとも、もしかしたら、彼女は本の場所を知っているのかもしれない。そうであってほしい。


「ある場所は分かるのか?」


「ネコタチだよね。うーん……ごめんね、見たことは覚えてるんだけど、どこにあるかまでは忘れちゃった」

 

 残念ながら知らなかったようである。鍵を開けてくれるだけでありがたいが、東台の申し訳なさそうな顔を見ても、一時間程度では終わりそうにない作業が現実のものになってしまうと思う嫌気が差してくる。

 横から「えーっ、うそでしょ」と月見里が気怠そうに呟く声があがったのを見るに、彼女も期待していたのだろう。


「当時、どれぐらい従業員いたか覚えているか?」


「うーん、数えてないから分からないけど10人から12人ぐらい?いやぁ、20人ぐらいだったかな?」


 東台はそう言うが、自分自身の言ったことなのに首を傾げている辺りあまり信用の出来ない数字である。それでも、3人で回せるような作業ではないようだ。


「仕方ない。とりあえず、まずは店の中に入るぞ」

 

 待っていても本が一人でに出てくるわけもないので、早速店の中へと入る。壁で閉ざされていない開放感のある空間でも、奥の方は本棚のシルエットが見えるかどうかの暗さであった。


 荷物から懐中電灯を取り出して何度かスイッチのオンオフを切り替えて明かりがつくのを確認して、ホルスターから銃を抜き取った。

 

「離れるなよ」


 こちらは懐中電灯の上に銃を添えるようにして前方に構えた。LEDの白い光が本棚にある本に煌々と反射するが、何の反応もない。


 早く本を探したいところだが、『あれ』が潜んでいる危険性はあるのでまずは探索から始めないといけない。

 いっそのこと銃声一つあげれば、いるかいないかハッキリすることだろうが、息遣いさえ聞こえる密閉空間の中で、引き金を引いてしまえばどうなるかは想像に容易くない。

 銃ではなくナイフを握りたいところだが、懐中電灯で左手が潰れて右手しか自由に出来なければ、襲い掛かられた時に対応が難しくなる。撃退しようがしまいがそうなったときは八方ふさがりになるが、もうそれは覚悟しなければならない。


 まずは入り口付近を調べた。カラフルなテロップが本の隙間から飛び出しているのが見える。丸っこい文字なので女の子が書いたものだろう。字は同じに見えるのでおそらく担当したのは一人だ。


「これお前が書いたのか?」


「ううん、それは別の人。名前は――なんだったけな?」


「いや、いい。分かった。それだけ分かれば十分だ」


 それがいつ頃書かれたかは定かではないが、まだその一人が残っている可能性がある。


 グリップを握りなおし、引き金に指を置いた。そして、近くにある本棚に移動して、本棚と本棚の間に作られている通り道に光を照らした。


 しかし、入り口と同じような所狭しと並べられている本のみが白く反射するだけで、光が届かないところは静かな暗闇が横たわる。

 近くにある本棚から順番に光を差し込んでいくが、返ってくる反応は変わらない。試しに、光を点滅させてみたり、レーザーポインターのように振り回したりしてみたが、固着しているかのように同じ無反応が返ってくる。


 そうなれば痺れを切らして、暗闇が濃くなっている奥へ奥へと進むが何もない。

 どうしてだか歩いている間もいつものような緊張感を覚えることはなく、ぞわりとしたものを感じることが無かった。


 こんなにも本に埋め尽くされているのに、どうしてがらんどうという言葉が浮かんでくるのだろう。

 全て調べ終わった時には、肩透かしというべきか、なんとも言えない疲労感が湧いていた。これはいつか、白線を踏み外してコンクリートで出来たマグマに足を入れた時のあの空虚さにも似ている。


「ひとまず問題はない……とりあえず、店前の本棚から探してみるぞ」


 そう言って、後ろの彼女たちを見ると、どこか緊張感の抜けた顔になっていた。少しばかり文句を言いたくなったが、これだけ何もなければ仕方ないことだろう。


 ともなれば、後は当初からの目的である本を探すのみだ。

 あの老紳士の話によれば、ネコタチが出版された日がちょうど『あれ』が発生した日に当たるらしいので、新刊の本が良く並びがちな店前に置かれているかもしれない。


 そこまで戻っていけば、行きで感じた距離感よりもずっと近くて驚いてしまう。念のため、もう一度外の様子を見てみるが、店の中に入った時と変わっていない。

 そこでやっと安全であることを実感すると、1万か2万ぐらいの数の本があるという先ほどの言葉を思い出して、いざ目の前にある大量の本を視界に入れると倦怠感に襲われて思わずため息をこぼしてしまう。

 思わず店員を探してどこにあるかと尋ねたいものだが、元アルバイト店員の東台も困った顔をしているのでもはや一抹の望みも無い。


「くそ、どうしようもないか……月見里。左の方から探してくれ、俺は右から探してみる」


「じゃあ、私は真ん中だね」


「あ、ああ、頼む」


 内心では東台が手伝ってくれることを願っていたが、有無を言わさず本を漁る姿を見ると少しばかり驚いてしまった。

 心の中で彼女に礼を言って、自分の持ち場である場所を漁ってみる。

 経験上、左から右に見るのではなくNを描くように見ていった方が早かったりするが、体感なので本当のところはどうなのか分からない 

 いろいろな謳い文句と共に様々なジャンルの本が理路整然と並べられている。これを並べた人間の期待がどれほどのものかと考えてしまい関係も無いのに感傷めいたものに浸ってしまう。一体どれくらいの人間が手に取って読んだのだろうか。


 しかしながら、その本の中にネコタチがない事が分かると、うってかわって無駄に時間を使ったと思って舌を打って苛立ってしまうのだから嫌なものだ。

 

「悪い。こっちにはなかった」


「こっちもなかった」


 そう言えば、月見里から返事が返って来た。東台の方を見てみれば本を指差したり念入り確認していたが、それが終わるとこちらに手を広げて苦笑いを浮かべていた。


 物資を投げうってでも欲しいと言われていたネコタチだというのに、それほどメジャーなものではないのだろうか。


「分かった。じゃあ、次は児童本があるところを探してみるぞ」


 留まる時間が長ければそれだけ『あれ』に出くわす可能性が高くなる。少しばかり焦りはあるが、本屋を見回った時に児童本が置いてある場所を見つけたのである程度の目途はついていた。

 

 散らばらせていた本を元の場所に戻して、その場所へと向かうことにした。

 先ほど歩いた道を通るので、良くも悪くもその足取りは軽い。どうやら、通っていた道は週刊誌や漫画雑誌などが置かれていた棚だったらしい。

 そういうものを週ごとに買っているような人間ではなかったが、おそらく学校でも人気だったのだろうキラキラした美少女の写真の上に当時の月が印字されているのを見つけるとなんとなく気が塞いでしまう。

 

 瞼を閉じる代わりに目を逸らして、進んでいくと、児童書コーナとフリガナ付きで書かれた看板が白い光の中に差し込まれた。

 

 本棚の方に光を移せば、色の三原色よろしくのカラフルな色が視界に飛び込んできて何だか目の奥が痛い。

 そんなものが両脇にまるで天井の開いたトンネルを作っているかのように広がり続ける。嗚呼、一体どれほどの数になるのだろうか。


「クソ、馬鹿みたいに多いな」


「だね」


 そう気怠いぼやきをあげると、月見里から一言返事が返ってくるのみだった。だが、心なしか彼女の声が自分のものよりかは明るいように思えた。


「あ、懐かしい。これ見て」


 と思えば、今度は東台が自分たちよりもずっと明るい声をあげた。彼女が両手に取ってこちら側に何かを見せつけてきたと思えば、昔見たことがあるキャラクターが目に飛び込んできた。

 何か言うべき言葉があるかもしれないが、あっけらかんと笑う東台を見ているとそんな気は起こらず、むしろ、その見覚えのあり過ぎるキャラクターを見ていると奥深くにある子供心が呼び起こされて懐かしいと思わず声をあげそうになってしまう。

 しかし、その前に月見里が眉をあげて声をあげる。


「そのキャラなに?」


「ん?ほら、ママといっしょに出てくるキャラクターだよ?見たことない?」


「それは見たことあるけど、そんなキャラいたっけ?」


「あっ、そっかぁ。ゆいちゃんの時にはもういなくなっちゃたんだね」


  そう言って肩を落とすと、東台は寂しそうな表情をして、その本を片した。月見里は未だに眉をあげたままで置いてけぼり感があっておそらく本当に知らなさそうだ。歳が10ぐらい違えば新陳代謝の早いテレビ業界ならさもありなんだろう。

 そう自分の中で納得させてみるも、まさか自分が年下の子に知らないと言われて驚くような歳になったことにショックを隠せない。無駄に年を取ってしまった事を自覚した瞬間である。 

 

「まぁ……そろそろ始めるか。奥の方は月見里に任せる。真ん中は東台で手前は俺がやる」


 そう調子を取り戻すかのように咳ばらいをしていうと、月見里も東台も元の表情を取り戻してこちらが言った配置についた。

 3人がかりでも1時間か2時間はかかるかもしれないが、まだ並べられている本のジャンルがバラバラになっていないだけマシではある。

 壁側で『あれ』に襲われにくいところを月見里に調べさせて、比較的襲われやすい入り口側に自分を置いて、その真ん中に東台を置けば、何かあった時にある程度対応できるだろう。


 ライトで本を照らして確認していくと、再び昔懐かしい本が浮かび上がってくる。これも自分が子供だった頃の作品なので月見里に見せてもまた困惑した表情を浮かべることだろう。

 

 そういえば、昔、月見里が読んでいたのはなんだっただろうか。

 今では女子小学生が読んでそうな雑誌や青少年向けの漫画を読んでたり、たまに学校の教科書のようなものを隠れて読んでいたりしているが、昔はこんな感じの絵本を2人で読んでいたような記憶があった。もっぱらその時の自分は、彼女の読みなかった漢字を読み上げるような役割だったが。


 絵本であることは覚えているが、どういう話の本を読んでいたのかはもはや朧げの一つもないほどに忘却してしまっている。辛うじて覚えているのは小さな彼女の後頭部と、鹿の角が生えたウサギの絵ぐらいだ。それが何だったのか忘れてしまったが、その後に続く「ウサギさんかわいそう」という悲痛めいた月見里の言葉は覚えている。

 確かに、普段ジャンプをして移動しているような兎の頭の上にあんなデカい角がついてたら邪魔なことこの上ないだろう。


 もし今、彼女がそれを見たら、どんな感想が返ってくるのだろうか。しかし、こちらの本棚にはそれらしき本は無い。


 もしかしたら、月見里か東台のところにあるかもしれない――いや、今探しているのはそれではない。


 いつの間にか自分の視線は月見里の方に向けていたらしい。彼女はこちらの視線に気づいたらしく先ほどのように眉をあげたので、視線を逸らして再び元の作業に戻った。

 

 時間がかかるかと思っていたが、結局は光を照らして本のタイトルを見るだけで手慣れてきたこともありわずか1時間もかからないうちに作業が終わってしまった。


 しかしながら、残ったのは表紙が崩れた本と虚しさだった。


 東台と月見里の表情を見ると、合わせて3時間近くをどぶに捨ててしまったようである。

 それも嘆くところだが、これで全て探すべきところを探したことを考えるともはや途方に暮れるしかなかった。他のジャンルのところを探してみるかと一瞬考えたが、一ジャンルで3時間かかるぐらい広大な店内を何の当てもなく探し回るほどの気力が出てきそうになかった。


「これからどうするの?」


 そう項垂れていると月見里の不安げな声がすぐ隣から聞こえてきた。そちらを振り向けば、いつの間にか月見里が隣に来たようで、空いた両手をこちらに見せていた。

 眉を下げる彼女に何か答えるべきだが、残念ながらこちらも本もクソもないすっからかんの手を見せるしかない。


 東台の方を見れば、彼女はこちらに手を広げることはなく、脇に隠して腕汲みのポーズを取っており、難しい顔であるような困った顔をしているのか判断の付かない表情で天井を仰いでいた。

 しかし、天井を見上げるのをやめるとこちらに向けやった。どうやら浮かべていたのは嫌そうな顔だったらしい。

 彼女は早速とばかりにポケットから鍵を取り出し、こちらに見せた。


「かなり大変だと思うけど……倉庫の方に行く?」


「倉庫?……ああ、そうか、ここにも倉庫はあるよな」


 隣から月見里のため息が聞こえてくる。倉庫という選択肢が増えた分、多少嬉しくもあるが、それよりも面倒くささが勝ってしまう。


「そっか、八雲たちも知ってても不思議じゃないよね。ここの本屋の倉庫はね――今並べられてるやつよりも多いよ」


「まさか、ネコタチがある場所は――悪い。児童本があるところを知ってるわけないよな?」


「ごめんね。これっぽっちもわかんない」

 

 直前、ネコタチのある場所を知らないと言っていたのを思い出して、代替案として児童本があるところと行ってみるが、東台から返って来たのは苦々しい笑みのみだった。


 今並べられているやつが周りにある本のことではなく、並べられている全ての本の総数であることは推して知るべし。

「ええ、うそでしょ」と月見里の絶望めいた声があがった。こちらも出来ることなら声をあげてストレス発散したいが、それほどの気力はない。


「ま、まぁ、でも、ラベルとかはついてるから見つけやすいとは思うよ。それに、探し当てた時の喜びはその分大きいと思うから。ね?」


と肩を落とすこちらを励ますが、その言葉ではあまり元気づけられない。月見里も同意するかのように小さく溜め息を吐いた。


「倉庫はレジ前のドアだから」


 追い打ちをかけるようにそう言って、そちらの方へと指を指しむけた。見れば確かにドアらしきものはあった。その距離感から見て、彼女はきっとすぐ近くだと励ましたいのだろう。

 

「分かった。立ち止まってて、良いことは無いからな」


 そう自分に言い聞かせて、その場で腕を伸ばしたり足を伸ばしたりして柔軟体操をしてみる。体を動かすと少しばかり気分はマシになったりする。

 結局、自分自身のストレスは自分自身でどうにかするしかない。座り込んでずっと作業していたためか、体が強張っているようだった。


 月見里もこちらを真似て、柔軟体操。2度あることは3度あるように、東台も続いた。まるでラジオ体操のようだが、真っ暗闇の無音の中でやるそれはなかなかにシュールだ。3人神妙な顔つきで最後の深呼吸を行えば、東台が口を開いた。


「じゃあ、行こっか」


 東台の号令と共に、わずかに和らいだストレスを引きずってレジ前へと移動した。カチャリカチャリと鍵が擦れる鈍い音が終われば静かにドアは開き、今いる場所よりもずっと濃い暗闇が広がる。


 月見里の息を呑む音が微かに聞こえた。しかし、こちらが彼女の方を見た時には、既にランタンの光を強くして余裕綽綽とガムを頬張る彼女の姿が映った。


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