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右手の恋人  作者: 志摩鯵
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この年は、根の暗いニュースが満ち満ちていた。


南環列島戦争で戦勝したにも関わらず、りん国は、解体された。

かねての大国としての威信は、失墜した。


我が国は、戦わずにして同盟を結んでいた伊児いに国に負けたのだ。

盟主となった伊児に我が国は、歴史の主導権を譲ってしまったのである。


あくまで琳としては、戦わず、平和的に人命を損なわない道を希求したつもりだった。

だか彼の国が、我が国がそのまま国力を保ち続けることなど認めるはずがなかったものを…。


たった5年で灯の消えたような街は、窮して瀕死に陥っていた。


国中で犯罪が多発した。

遂に先日、5歳の男の子をも含む300人あまりが一挙死刑になった。

刑を待たず牢屋では、目を着けた囚人を他の囚人たちが私刑リンチにかけて殺している。


一方で400万人が未開発の荒れ地に送られた。

新天地だという目出度い話だが皆、貧農の次男、三男だった。


伊児は、不平等な関税をかけ、一方で綿花をはじめ色んな材料・資源を買い占めていったから物も不足していた。


とにかく食えれば倖せという時代になっていた。




その日、俺は近所の餓死した一家を見に行くことになった。

自治会の命令だが、酷い話もあったものだ。


一家の父親が近所の若い娘をレイプしたのだ。

集落の夜道で事件は起こった。

もう、気狂いとしか言えない事件だった。


父親がいなくなり、近所からの酷いいじめにあった母親も自殺。

祖父母もなく5人の子供たちが餓死するまで、この家のなかに住んでいたのだ。

まさに地獄だ。


俺だって行きたくなかった。

だが、誰かが死んでいるのを確認して来いというのだ。


「ひっ。」


嫌な臭いに俺は、身をすくめた。

すっかり敷地内に死の瘴気が充満している。


まず外から、ちらっと見ても物が持ち去られた形跡が、そこ、ここにあった。

箪笥だとか家具類は、めっきり無くなっている。

てっきり散らかって酷い有り様になっていると考えていたのに物は何も残ってやしなかった。


恐ろしいことだ。


外から様子を見るだけでは仕事を終えたことにはならない。

俺は、ぶるるっと震えながら家に土足で上がり込んだ。


次に畳一枚もない部屋で一人目の死体を見つけた。


先客がいたのか。

きっと犬の仕業だろう。

すっかり可哀そうな姿になっている。


「うっ。

 …なんてこった。」


こうなるまで放置しておいて今更、偽善に過ぎないのだが俺は、手を合わせた。


しかし子供は、5人いたのだ。

この家から逃げたにせよ、中を探して回ることにした。


やがて一人、また一人と死体を俺は数えた。

そして5人の死体を確認し終えると俺は、役人に連絡するために家を出ようとした。


その時だ。

俺は、自分の目を疑った。


丁度、白くて長い何かが床の上を這い回っているのを目撃してしまった。

きっとどうかしていたんだろう。

俺は、恐怖と共に、そいつに飛びついた。


何故、そうしたのか。

きっと逃がすと物陰から襲われるとでも感じたんだろう。

ほとんど何も考えずに、そいつを捕まえることができた。


掴むと、そいつが何なのかは、すぐにわかった。


腕だ。

5本の指があって肘までない、人間の前腕だった。

細くて白い肌で、毛がない、その艶やかな様子から、きっと女の手だろう。


「なんだあ、こりゃあ…。」


訊ねてみても相手から返事はない。

相手は、死んだふりでもしているんだろうか。

ピクリともしない。


だが、はっきりと温かな血の通った、ぬくもりを感じる。

それにさっき俺の前を、こいつは這い回っていたじゃないか。


「おい。」


俺は、その手を軽く数回、はたいてみた。

返事はない。


まあ、いいや。

この時の俺は、すっかりおかしくなっていたんだろう。

だが、面白い物を見つけたと思い、そいつを箱に詰めて持ち帰った。




例の一家の死体が死体安置所の役人たちによって運び出されると俺の仕事も済んだ。

俺は、子供のように今日の戦利品を確かめた。


箱を開けるなり、そいつは逃げ出そうと一息に飛び出した。

しかし部屋は、完全に封鎖されている。


「ははっ。

 なんだ、やっぱり生きてるじゃないか。」




ゾッとする話だが、その日から俺は、この女の手を飼っている。

不思議なことに、こいつは何かを飲んだり食ったりしている訳ではない。

しかし今日まで弱ったり病気になるようなこともなく元気に生き続けている。


有り体にいえば妖怪かも知れなかった。


それにしても、どうせ女の一部を拾うなら、乳房や腰から下の方が面白かった。

だが今は、こいつとの生活にも満足している。

確かに他人を絶対的に支配しているという征服感が俺を熱狂させていた。


はじめは逃げ出そうとした、こいつもすっかり俺に服従している様子だ。

こいつを使って助平な遊びをしたり、夜中に散歩させてやるのが俺の楽しみになった。

一緒に人を驚かしてやったり、悪戯するのも、こんな暗い時代では数少ない趣味になった。


「なあ、お前。

 何か食いたい物とかないのか?」


俺は、何度も同じような質問をした。

だが彼女は、何も食べなくても平気だという。


「お前、本当に何かの妖怪かもな。」


俺は、彼女を抱き上げると布団に入った。

彼女に布団をかけ、隣に添い寝させると俺は寝入った。


翌朝。

俺は、彼女を部屋に残していつも通り仕事に出た。


その日も相変わらずの不景気のお陰で、ごたごたと問題が起こったが俺は、家で待っている物言わぬ片手の愛人のことを思うと苦にはならなかった。


彼女は、取り敢えず文句も言わなければ喧嘩もしないし、言う事は従順に従う。

しかし、とはいえ、片手とこのまま結婚することはできない。

何時かは、彼女を捨てなければ…。


いや、何とか隠し通す方法はないだろうか。

妙な話だが、彼女とは気が合うのだ。

何より他に居ない、個性的な彼女である。


そして、いつものように彼女を風呂に入れ、一緒に布団に入る。

出すものも出して、眠りに入ろうとすると彼女が布団から抜け出した。


別にこれまでもあったことなので俺は、気にしていなかった。

だが、その夜は、なんとなく寝付けず、彼女が思ったより長い時間、戻って来ていないことを知ってしまった。


「あらあ?

 あいつ、随分と布団に帰ってきてないんだなあ。」


俺は、この時は、手なのでやはり眠らないのだろうと納得していた。

しかし段々と気になってしまう。


「まさか俺に隠し事があるのか?」


これまで従順な片手の恋人と思っていた彼女が、隠し事をしていると知って俺は、ゾッとした。


何といっても相手は、普通人ではない。

もし、死神みたいな不幸を運ぶ不吉な怪物なら、うかうかしていられない。

だが、相談しようにも、そんな話が出来る相手もいない。


この時、心配する俺の顔は、両親や兄弟が気にかけるほど、青くなっていた。

俺は、なんとか取り繕って、その場を引き上げた。


調べよう。

彼女の後を着けてやれ。




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