最終話 選択
二〇四八年九月二〇日、新政権下で改めて『国家緊急事態』を宣言した井口総理ら一行は、最上級ダンジョンでの対応を行った。
後に『空白の八時間』と呼ばれるようになった時間に、一体何があったのか。
総理は、『特定秘密保護法の特定秘密に指定される内容』であり、一般向けには公表出来ないとした。その上で、緊急事態の対策は講じているとも説明した。
対策メンバーは、政治家から与野党の六党首と防衛大臣、外務大臣、内閣官房長官の九名。そして民間から、総理指名により必要に応じて山田太郎。
僅か一〇名という密室の集まりであったが、野党党首を全員入れる事で党利党略の批判にはあたらず、レベルとダンジョン攻略経験が最多の集団でリーダーを務める山田太郎氏を加える事で実務的にも机上の空論に成らないようにする。というのが政府の説明だ。
この集いは、国家安全保障会議の『四大臣会合』『九大臣会合』『緊急大臣会合』と並ぶ四形態目の会合として、『一〇人会合』と呼称された。この会合は事務局を国家安全保障局として、特攻隊の緊急育成や食料自給率の向上、緊急時の入国禁止措置や実力排除など様々な決定を行った。
外野が理解できたのは、日本政府がダンジョンに対する何かしらの確信的な情報を得て、それに基づいた行動を取っているという事だ。
それから暫くは、日本政府が輸入する物資に国外からの追随が起こり、市場に混乱が見られた。
そんな六党による協力体制は、翌年のケルンがゾンビ氾濫日と明言した翌年の二〇四九年一一月四日まで完全に維持された。
次郎と美也が大学三年生になり、綾香が北大に進学した二〇四九年。
この年は六月に参議院選挙、一〇月に衆議院選挙が行われ、旧労働党勢力が議席を大幅に減らして小林派にほぼ吸収された。
予定調和の選挙で次郎が着目したのは、井口和馬が選挙区を変えて衆議院議員に当選した事くらいだ。
元々は井口一族で地盤を引き継ぐ予定だったはずだが、井口総理が政界を引退できなくなった事、選挙協力をしている他党から対抗馬を擁立されない事、唯一の対立候補である旧労働党の元議員には圧勝する事から、余所で立候補して当選したのだ。
これは国民の投票結果であり、親が政治家だと子供は政治家に成れないという法も無いため、文句を付ける者は居なかった。
参議院でも長期政権の基盤を確立させた井口総理は、その後も瘴気消費体が地上に現われないように対策を続け、外部に知られざる成果を挙げた。
政治的には激動の年が過ぎつつあった頃、大学三年生の冬という就職活動の時期に差し掛かった次郎に、就職活動もしていないのに内定通知が届いた。
提示された職名は、内閣総理大臣秘書官。
ハローワークには確実に載っていないであろう、極めて特殊なお仕事である。
「本名でも、特別に山田太郎の戸籍を用意しての任官でも良い。秘書官の定数を増やして広瀬副総理の所でも良いが、どうだね」
「山田太郎の戸籍で、ですか?」
「さらに追加で、山田花子の戸籍を用意しても良い。ダンジョン法案でも閣議決定でも、君が同意するならばすぐに実施するつもりだ」
井口総理は強弁したが、次郎が顔や名前を隠した経緯や、山田太郎の有用性、現政権の政治権力を鑑みるに、簡単に押し通せる話である事は間違いない。
「総理とか副総理の秘書官って、滅茶苦茶偉い人なんじゃないですか?」
「省庁の課長級だが、君は例のアチラ側と交渉が出来る人材だ。他に流出など有り得ん」
「…………う゛っ」
思わず擬音を発した次郎だったが、この場合は総理の言い分が正しい。
ケルンと交渉できるのは、登録体オリジナルの次郎と美也、綾香の三人。そのうち誰を動かすにしても、もはや次郎を介さないわけにはいかない。
「君には、四年後の衆議院選挙で国会議員、綾香を秘書にしてダンジョン問題対応要員、いずれ担当大臣になってもらいたいと考えている。何しろ、君たちしか交渉できないのだから、他に選択の余地は無い。これは、一〇人会合のうち九人の合意を得ての話だ。君が合意すれば一〇人全員一致となり、正式決定する」
「…………少し考えさせてください」
井口総理にとっての既定路線を説明された次郎が考えたのは、自身のメリットとデメリットだった。
まずはメリットであるが、様々にコピペされる可能性がある次郎は、総理や副総理の秘書官になる事で得られる経験は貴重に思えた。また山田太郎としての戸籍や身分証明書が貰えるのであれば、貯め込んだ金銭も使い易い。
デメリットは、自由度が下がる事だ。
だが国内に置いて絶対的な政治権力の後ろ盾を得て将来的に大臣になるのであれば、自分を害せる存在は殆ど居なくなる。
次郎は美也と相談を重ねた上で、山田太郎としての戸籍を貰い、内閣総理大臣秘書官の一人となる事にした。
以降の大学生活は、その労苦の大半が就職先での勉強に費やされた。
また綾香は次郎の選択に合わせて、大学卒業後に司法修習生となり、弁護士になって次郎の秘書になる進路を選んだ。
それから一年ほどの時が過ぎ、大学を卒業した次郎は、山田太郎として内閣総理大臣秘書官の一員となった。
官報に山田太郎が載った事で世間は騒ぎになったが、完全魔素体として年齢をイメージで変えられる事を活かした次郎が一五年分ほど老け込んで見せ、髪型も変えたため、堂下次郎に結び付けられる事はなかった。
以降、濃厚な三年間が過ぎた二〇五三年一〇月。
二五歳の次郎は、当初の約束通りに共和党から『前職が内閣総理大臣秘書官である山田太郎候補』として、衆議院議員選挙に出馬した。
山田候補への応援演説には、一〇人会合のメンバーである与野党の六党首や外務大臣、官房長官などが続々と駆け付けた。
対立候補には、労働党の旧勢力で当選七回を誇った大物の元衆議院議員が居た。
だが次郎が対立候補として出馬した時点で、相手はダンジョン問題を隠蔽するために口封じしようとした犯人側になる。一方で次郎は、特攻隊を育てて魔物氾濫を防いだ国家の功労者だ。
マスコミが煽りまくった結果、山田太郎の圧勝となった。
両手を振り上げて、振り下ろして、振り上げて、振り下ろして。
万歳三唱を五セットくらい繰り返した次郎は、25歳の最年少議員となった。
そんな彼には広告塔として様々な肩書が与えられたが、その中でも一番大きな肩書は『防衛大臣政務官 兼 内閣府大臣政務官』だろう。
当初の予想では、内閣総理大臣秘書官と大臣政務官の間にあたる『大臣補佐官』辺りだろうと高をくくっていたが、実際には二階級昇進だった。
もっとも次郎は、思ったよりも他の議員から反発されなかった。
それは現与党の共和党が、野党時代に広瀬議員と情報提供者の山田太郎とで大躍進したからだ。共和党にとって山田太郎は、最大の功労者の一人なのだ。
それに周囲には弁護士・医師・元大学教授などの専門家が揃い踏みだが、流石にダンジョンの専門家は居ない。
ことダンジョン問題に限っては、山田太郎には他に代替の効かない唯一無二の価値があった。
かくして、祖先に七村町の初代町長までしか政治経験を持たなかった堂下家は、衆議院議員と同時に、二つの大臣政務官を兼任する事となったのだ。
それから年が明けた二〇五四年。
美也は研修医を終えて北大病院の勤務医になり、山田花子としては国立魔法医学研究所の非常勤研究員となった。
また綾香も弁護士となって、次郎の議員秘書になっていた。
この頃、新たに『外務大臣政務官』を兼任するようになった次郎は、一〇人会合の決定により密命を帯びて、最重要任務を果たしていた。
「ねぇジロン。魔石でエネルギー問題は解決するはずなのに、どうして日本政府は外交圧力に弱腰なの?」
次郎を奇怪なあだ名で呼んでいるのは、補助者にケルンと名付けた此方の調整者である。
日本の記録では、二〇二五年四月四日生まれで、二〇三九年一一月四日死亡。
二〇二八年五月四日生まれの次郎とは、三才差となる。
中学二年生だった一四歳で死亡扱いになったため、最終学歴は小学校卒。
人間だった頃の氏名は、橋場成美で、当時のあだ名は『なるみん』。その繋がりで次郎は「ジロン」と呼ばれている。
「弱腰ってわけでもないですけど、全てのエネルギーを代替できるところまで技術は追いついていないんですよ」
「中級ダンジョンを一般解放したら、魔石一個単位から得られるエネルギー量も大きくなるよ」
「中級ダンジョンの一般開放案は、なるみんの日本頑張れっていう応援ですか。それとも調整者としての希望ですか」
「ジロン、政治家っぽい」
「おかげさまで」
一〇人会合で次郎に与えられた使命は、『地上に瘴気消費体を発生させない事』だ。
『地球人の九割九分がゾンビになり続ける結末』を回避するために必要な事ならば、基本的に何をしても良い事になっている。
外交上の問題で瘴気消費体の出現を回避できなくなりそうな場合には、同盟国との同盟破棄や、障害となる国家との交戦すらも可能だ。その際には、調整者である橋場成美や、宇宙外生命体であるケルンの存在が公表される事になる。
もっとも、極力そうならないようにするのが次郎の仕事である。
そのために橋場成美をおだてたり、宥めすかしたりしている。
端から見れば、大企業の担当者に頭を下げる営業職のサラリーマンと何ら変わらない。次郎も立派な大人になったと言えるだろうか。
「外交圧力で困っているなら、相手の地下資源を日本の地下に移しても良いよ。ちょっとしたお願いはするけど」
「お願って何ですか」
「何十パターンかの実験を手伝ってもらいたいから、転移能力を持っていない特攻隊の完全魔素体を作って欲しいかな」
「とりあえず保留で」
政治家らしく問題を先送りした次郎は、一人溜息を吐いた。
かくして次郎は、ダンジョンが現われた日本で、管理者との交渉役を担う事になった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
今作は、これにて完結です。
実は本編の他に、58話の分岐点からゾンビルートに入る話も作っていました。
ですがそれは、創造主が数多作り出した世界の一つでしかないので、止めました。
私はゾンビ物が大好きですので、機会があれば別作で書きたいなぁとは思います。
次に中継ぎで書いているのは、ゾンビではなく1700年後の未来が舞台のSFです。
経済支配や独立戦争、地球への天体突入等やりたい放題ですが、タイトルは……
『乙女ゲームのハードモードで生きています』
https://ncode.syosetu.com/n6685ep/
はい、気分転換ですね。
では、またどこかで巡り会える機会がございましたら、次作以降でもよろしくお願い致します。
最後になりますが、今作の総合評価をお願い致します↓
ありがとうございました。
























